家の中でため息ついていませんか?

(写真:shutterstock)

 生きていくために。

 「そう、生きていくために一番必要なものは?」と、問われたならば、私たちはなんと答えるのだろう。すぐさま頭に思い浮かぶのは、きっとこれ、「お金」だろうか。そうか、今なら「ケータイ」と言う人の方が圧倒的かもしれない。

 でも、このどちらも質問に正しく答えてはいない。もしも、「失くして一番困るものは?」と言う問いであれば、そうであるに違いないけれど。つまり、ケータイを失くしたら、お財布を失くした以上に焦って探し回ることになるのは必定ですね。

 さて、冒頭の質問を再び考えてみようか。生きていくために一番必要なものは?

 お金、それとも愛。

 地位、それとも仲間。

 豊富な知識、それとも勇気ある行動。

 そうですね、答えはそれこそ様々で。なぜなら、自分の人生、それぞれ何に価値を置くかが違うのは当然のことだから。けれど、「生きていくこと」を「人生」として捉えるのではなく、「命そのもの」として考えるならば、答えはこの一つしかないはずですね。

 「呼吸」

 私たちは息を吐いて大きな声で泣きながらこの世に誕生し、私たちは息を引き取ってこの世を去っていく。だから、自分の「肉体的な呼吸」がどんなものか、また、日常の生活での「息づかい」がどんな有様なのか、それにもっと焦点を合わせていく必要があるのです。

 だから、私の断捨離の当初からの問いかけは、いつもこれから始まっている。

 「家の中でため息をついていませんか?」

 これは、「断捨離」が、私ひとりの自分のためだけの生活哲学だった頃から、日本のみならず、多くの国々の大勢の人々が取り組む「断捨離」となった今でも変わらないこと。

 ところが、私の元を訪れる人びとのほとんどは、モノの溢れた生活空間で、モノに塗れた閉塞空間で「ため息」をついている。いいえ、ため息ならば、まだマシ。なぜなら、多くの人が私にこう訴えるのだから。

 「家にいると息苦しいのです」

 「家にいると息が詰まるのです」

 しかも、その自分の心と体の呼吸不全が、自分が家に留め置いている多くのモノたちに原因があることに気づいてもいない。

 必要のなくなったモノたちをじっと抱え込んで、住空間をモノとそれを納める収納家具で圧迫し、「閉塞空間」どころか「窒息空間」にまで追いやっている現状。そして、その空間を共にする家族、夫や妻とも「息苦しい関係」「息がつまる関係」で苦しんでいる状態。

 必要がなくなったモノ、使われることもなくなったモノ、まさに、それら不活性のモノたちが漂わすネガティブなエネルギーを毎日吸い込みながら、自分の命を萎えさせ、結果的に家族関係までにマイナスの負荷を強いている。

 住空間の呼吸不全と機能不全。

 自分自身の呼吸不全と家族関係の機能不全。

 そんな実態を、以前にも増して目の当たりにし、以前にも増して重篤化していることに愕然とするこの頃。どうやら、私やましたひでこが提唱する断捨離の役目は、終わるどころか、まだまだ果たしきれていないということですね。

 断捨離は、呼吸空間のクリエイト、そう、そのためにあるのです。

*「断捨離(R)」は、やましたひでこ個人の登録商標です。