「やるべきこと」をやらず「やらなくてもいいこと」をやった結果の「三つの損」

(写真:shutterstock)

 面白いことに、私たちにはこんな癖がある。

 「考えるべきことを考えず、考えなくてもいいことを考える」

 そんな思考の癖。

 おかしなことに、私たちにはこんな癖がある。

 「やるべきことをやらず、やらなくてもいいことをやる」

 そんな行動の癖。

 そうか、「私たち」と書いたけれど、これは私のとても個人的な傾向であるのかもしれない。けれど、あながちそうとも言い切れない。なぜなら、私の元に寄せられる悩み相談には、そんな思考と行動の癖による、まるで自作自演の「悩み創出」劇のような例がいっぱい見受けられるから。

 ならば遠慮なく、この癖を誰もが持っているものと仮定して、もちろん程度の差はあるとしても、知らず知らずのうちに自分や周囲の人々を損なうこの事実を、一つ一つ数え上げてみるのも一興かもしれない。

 例えば、感謝すべきことに「ありがとう」と言わずに、どうにもならない天気に文句ばかりをつけるとか。そういえば、例年になく厳しい寒さのこの冬、私は、どれだけ「寒い、寒い」と部屋の中で嘆いたかしれない。寒風の中、懸命にライフラインを維持管理する仕事に従事している人のことを考えるのも忘れて。

 例えば、謝罪すべきことに「ごめんなさい」と言わずに、すぐに墓穴を掘るような言い訳づくりに走るとか。そういえば、素直に自分の怠慢を認めて、原稿の締め切り遅れを「申し訳ありません」と言えばいいことなのに、なんだかんだと体調不良や多忙の理由を持ち出すことを考えるお粗末な私がいる。

 まあ、恥ずかしい限りであるけれど、だからこそ「考えるべきことを考えず、考えなくてもいいことを考える」「やるべきことをやらず、やらなくてもいいことをやる」と、どんな事態を招き引き起こすのかを押さえておく必要がある。

 一つは、時間の損。

 なぜなら、やるべきことをやらずに、やらなくてもいいことに時間を費やしているのだから、こんな当たり前のことはないのだけれど、なぜだか私たちはこれにハマる。これは、片づかない悩みを抱えている主婦によくあるパターンで、すでに不要物と化したモノを懸命に収納しようとし<無駄な行動>、余計な時間を使う。ここでやるべきことは、何が不要なモノなのかを考えて<必要な思考>、それを取り除いていく<必要な行動>こと。

 一つは、空間の損。

 なぜなら、考えるべきことをやらず、考えなくもいいこと考えて、空間をモノに明け渡しているのだから、こんな当たり前のことはないのだけれど。つまり、モノの要・不要を問い考えることなく、それらをどうやって納めようかと収納グッズを増やす算段ばかりを考えた結果、収納棚や収納家具に居住スペースを占領させているとしたら、これはもう「損」を通り越して、生活と人生に閉塞をもたらす害とみなすべき。

 一つは、エネルギーの損。

 なぜなら、やるべきことをやらず、やらなくてもいいことに、そして、考えるべきことを考えず、考えなくてもいいことを考えているとしたら、私たちのエネルギーは、それこそ、解決しない、つまり出口のないトンネルを歩くことに費やされているのも同じ。そこには消耗しかない。すでに必要性がなくなったモノを、「いつかそのうち使うかもしれない」と、限りなくゼロに近い「未来」の使用の可能性を思考することも、それをなんとかして取っておこうとする行動も、無用な負荷を自分に課していることには他ならない。これでは疲れない訳がない。

 以上、ざっくりとした結論付けで恐縮ではあるのだけれど、「時間の損」「空間の損」「エネルギーの損」、この三つの損を、解明して解消していくのが断捨離の基礎となる課題であるので。

 そうですね、もしもあなたが、日々「忙しい」と嘆き、毎日「狭い」と不満を募らせ、いつも「疲れた」と感じているならば、それは、

 考えるべきことを考えず、考えなくてもいいことを考え、やるべきことをやらず、やらなくてもいいことをやっている可能性がとても大きい証拠。

 だとしたら、そんな思考と行動パターンから抜け出していく手立てを、それこそ思考して行動する必要があるのです。そう、もちろん、断捨離で!

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*「断捨離(R)」は、やましたひでこ個人の登録商標です。