身体・夫婦・住まいの手当て ~緊急ボタンを押す前にしておくべきこと~

(写真:shutterstock)

 正月早々、とある著名な評論家氏が妻に対する暴力行為を理由に逮捕、というニュースがひとしきり流れた。

 いわゆるDV、傷害事件としての扱い。

 結局のところ、度を越した(?)夫婦喧嘩だったということで釈放となったらしいが、夫婦喧嘩も警察沙汰になる時代だと解釈すべきなのか、それとも、警察を頼らなくてはならないほどの暴力行為が家庭内で起きる時代になったということなのか、どう解釈すべきか訝しい、というのが私の感想。

 そう、慢性的で、しかも重度の「家が片づかない悩み」を抱えている女性が私のクライアントさんのほとんどで。そして、その悩みの持ち主である彼女たちは、必ずと言っていいほど「片づかない夫婦問題」を抱えているもの。夫婦間の感覚のズレが激しければ激しいほど、重大な片づけ問題となるし、また、ズレの期間が長くなればなるほど、慢性化した片づけ問題となる。

 この評論家氏の自宅がどんな有様なのか、私は知る由もない。けれど、つい想像を巡らせてしまった。片づけの苦手な妻(あるいは夫)と、常に片づいた状態を望んでいる夫(あるいは妻)の間の葛藤は凄まじいもので、時に暴力的な「否定」が飛び交う、侮れない問題として夫婦の間に横たわるものであることを、おそらく誰よりも多くこの目で見て知っているから。

 夫婦というものは、もともとストレスフルな関係。家庭という密閉された場で、高い密度で空間と時間が重なり合うという状況にさらされる日常生活が続くのであるならば、どんなに惚れた腫れたで結婚したとしても、ぶつかり合いが起きるのは当然といえば当然なこと。だからと言って暴力が許されるわけもないけれど、私の訝りは、個人的な事に関心があってのことではなく、この実態のほう。

 つまり、ほんの軽度な病気で救急車を呼ぶとか、あるいは、近所の診療所を飛び越えていきなり大学病院に飛び込むとか、そんな事例が頻発して、医療機関、診療体制に混乱と疲弊を招いている現状があるように、夫婦のトラブルにも同じようなことが起きているのではないか、ということ。

 実際、私の亡くなった母親も、生前は一人暮らしで、深夜のほんの些細な身体の不調でも不安となり、自分で救急車を呼ぶという騒動を幾度となく起こしている(因みに、彼女は軽度のパニック障害を抱えていた)。私はそれを事後報告として聞くたびに、胸が詰まるような思いになったものだ。一人暮らしをさせている申し訳のなさと、もう少しの辛抱、朝まで待つことはできないものかという、少しばかりの怒りとともに。

 言うなれば、信頼できる相談相手が身近にいないという状況。安心して相談できる専門的な存在が、誰にとっても必要なのではないかということ。

 急な体調不良が起きた時に、すぐさま連絡を取れる専属のカウンセラー。

 突発的な夫婦喧嘩の勃発に、すぐさま助言を仰げる専属のカウンセラー。

 私たちは、孤独であればあるほど、一人きりだと感じれば感じるほど、心の不安はモンスターと化していくもの。その肥大した不安はたちまち恐怖となって、私たちをこんな行動に追いやる。そう、携帯の緊急コールに飛びつかせてしまうのだ。

 繰り返しておこう。

 私たちは、慢性的な不健康の中にいる。

 私たちは、未病の段階(いつ発症してもおかしくない)にいる。

 私たちは、すでに健康を大きく損なっている。

 それは、身体も、夫婦関係も、住まいの有様も、すべて。

 だとしたら、119番騒動が起きる前に、110番騒動を起こす前に、しておかなくてはならない手当てがあることをもっともっと意識しておくことが、賢明な選択であるに違いないのです。