「過去を振り切る」という思考の断捨離

(写真:shutterstock)

 過去を振り切る。

 私たちは誰しも、振り切りたい過去を持っているものだ。人生には悔いがつきものであるし、悔いのない人生などということ自体、そもそも絵空事に過ぎないとみなした方が賢明だろう。

 つまり、悔いのない人生を送ろうと思った途端、私たちは行動を起こすことを回避する。なぜなら、その行動を起こした結果を想定すれば、見えてくる未来の有様のほとんどは「うまく行ってはいない」状態。私たちの思考の習い性、思考パターンは、自動的に未来を不安で思い描くようになっているから。そう、よほどの楽天思考の持ち主でない限り。

 ならば、「うまく行かない」結果を未来に招かずに済むには、その行動を起こさなければいい。現状さえ維持しておけばいい。が、そうやってやり過ごして行った結果、何も行動を起こさなかった自分の過去を、ああすればよかった、こうすればよかったと、結局は悔いることになるのだ。

 過去は過去にまかせて。

 未来は未来にまかせて。

 今を生きる。

 確かに、これが理想だろう。巷にあふれる成功法則、自己啓発メソッドが説くのは、総じて「今を生きる」こと。でも、残念ながらこれも、言葉で言うのは簡単という批判を免れはしないはず。実際にそうあれることは稀で、過去と未来をせわしなく往来する私たちの思考を現在に引き戻すには、不断の努力が必要であることは確か。

 けれど、その「不断の努力」以前の大きな問題が横たわっていることも踏まえておかなくてはならない。そもそも自分の思考が現在になく、過去をさまよっていること、未来に迷い込んでいることに気づいていないのが私たちの実態であるから。

 だから、断捨離は、今、目の前にあるモノに焦点を合わせる。

モノは、現在、目の前にある。

 目の前の「そのモノ」によくよく向かい合ってみると、「過去」の一時期、何らかの価値<必要性>を感じて自分の手元に招き入れたモノだという事実に気づく。ならば、その価値観<思考>は、自分が「現在」もやはり同様に感じているものなのかどうかを検証していく。

 目の前の「このモノ」によくよく向かい合ってみると、「未来」の一時期、何らかの価値<必要性>が生じる可能性を感じて手元の置いてあるモノだという事実に気づく。ならば、その価値観<思考>は、自分が「現在」もやはり同様に感じているものなのかどうかを検証していく。

 つまり、断捨離とは、目の前のモノを通して、自分自身の「現在」に果敢に切り込んでいく行動。自分の「今」を取り戻そう、味わい尽くそうとする行為。

 これまでは、これまで。

 これからは、これから。

 今は、今。

 その気づきと行動を促すトレーニングであるのですね。

 さてさて、ここまで書いて改めて思うこと。

 「過去を振り切る」とは、すなわち、振り切りたい過去がいっぱいあると思っている、今現在の思考に他ならず。要するに、過去に囚われている自分が今ここにいるという証拠の思考。

 だとしたら、「過去を振り切る」という「思考」自体を断捨離することが、断捨離の目論見であるのです。

 過去は過去。

 未来は未来。

 現在は現在。

 ただ、それだけのこと。

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*「断捨離(R)」は、やましたひでこ個人の登録商標です。