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園バスにもシートベルトが必要だ - 園バスでも事故は起こっている

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

また「園バス」の事故が起こった!

 普通自動車では、乳幼児が乗車する場合、チャイルドシートの使用が義務付けられている。園バス(いわゆる「通園用バス」。その他「幼児専用車」、「幼児用バス」等の名称が用いられているが、本記事では、出典元の表記以外はすべて「園バス」を使用する)も事故を起こす可能性があり、シートベルトで子どもの身体をバスに固定する必要がある。2013年3月に国土交通省から発表された「幼児専用車の車両安全性向上のためのガイドライン」には、園バスについて下記のように記載されている。

 道路運送車両の保安基準(昭和26年運輸省令第67号)において、専ら幼児の運送の用に供する自動車(以下「幼児専用車」という)については、幼児専用車であることを表示することで他の運転者に対し注意を喚起する一方、

・幼児自らベルトの着脱が難しいため、緊急時の脱出が困難であること

・幼児の体格は年齢によって様々であり、一定の座席ベルトの設定が困難であること

・同乗者(幼稚園教諭等)の着脱補助作業が発生すること

等の理由から、座席ベルトの装備義務を除外している。

 しかし、園バスだからといって衝突事故や脱輪事故等が起きないわけではなく、実際に毎年200~250件前後の事故が発生し、傷害を負う幼児は1999年~2008年の10年間で927人に上っている。(「幼児用バスに関する事故分析とユーザーアンケート調査」)

 2006年10月にバスの座席基準を強化する保安基準の改正(2012年7月施行)が行われたことや、2008年6月の道路交通法改正により乗用車の後席座席ベルト着用が義務付けられたこと、さらに当時から園バスのシートベルト着用義務付けを求める保護者の声があったことなどを受け、国交省のワーキングチームが立ち上がった段階では「現行で義務付けられていない座席のシートベルト設置を検討する方針を決めた」と報じられた(2012年8月18日 日本経済新聞)。園バスにもシートベルトを付ける必要性については、国交省も業界団体も認識しているが、法制化には至っていない。

 調べ得た限り、このガイドラインはわが国における園バスの安全対策に関して、現在もっとも影響力を持つ資料のひとつである。ただし国交省はこのガイドラインの趣旨について、「安全対策を義務付けるのではなく、使用者が安全対策を講じた車両も選択できるようにすることが目的」と述べており、実際のところ法整備には程遠い内容となっている。

ガイドラインで示されている内容

・幼児専用車に係る事故実態

 園バス(幼児専用車、幼児用バス)に関連した事故のデータが詳しく報告されている。2003年〜2008年における事故データを分析した結果、以下のような特徴が認められた。

①幼児専用車は通常のバスと比較して、事故発生数は半分程度、保有台数あたりの死傷者数は1/10程度であった。

②幼児専用車が関与する事故は低速時(40km/h以下)に発生する。

③受傷者のほとんどは軽傷(死亡0名、重傷4名、軽傷565名)であった。

④主に前方座席が加害部位となり、頭部、顔部、頚部を受傷することが多い。

・幼児専用車(新車)に備えるべき安全対策

 以上の分析結果を踏まえて、もっとも頻度の高かった「前面衝突時の前方座席による頭部、顔部、頚部外傷(軽傷)」に対して優先的に安全対策を講じることを検討対象とした。幼児ダミーを用いた衝突実験(独立行政法人 交通安全環境研究所)をもとに、以下の主な安全対策項目について検証された。

①シートバック後面に緩衝材を追加することで、被害を軽減させることが期待できる。

②①と併せてシートバックの高さを現状より100mm高くすることで、さらなる被害軽減が期待できる。

③座席ベルトは、衝突時の座席からの転落や車外放出を防止する効果がある。特に3点式ベルトでは、前方座席のシートバック後面への衝突を回避する効果が期待できる。しかしながら、幼児の体格差や車外脱出を要する緊急時、また誤着用による合併傷害(内臓損傷、頸動脈圧迫による傷害等)のおそれを考慮すると、「現状、幼児専用車に装備される幼児用座席に適した座席ベルトが存在しない」ことから義務化には至らず、「今後の開発に期待する」にとどまった。

ガイドラインの問題点

・「ほとんどが軽傷」という解釈

 園バスの事故発生数は少ない、死亡例や重傷例が非常に少ないという事実から、現状維持でいいという判断は不適切である。過去に死亡例がないことが今後も発生しないことの保証になるわけではなく、頻度が低くても、重傷を負う事故が1件でも発生している以上、対策を考える必要がある。

・極めて稀な事象を懸念として取り上げる

 「緊急時の脱出が困難」になることが座席ベルトを免除する理由のひとつとされている。緊急時として、本文中では「車両火災など」を想定しているが、この緊急事態の発生頻度はどの程度なのであろうか。

 一般社団法人 日本自動車研究所によって、園バスにおいて、幼児が自分自身でシートベルトを装着できるかどうかの調査や、シートベルトを着けた幼児が降車に要する時間の計測が行われた。(「幼児専用車への装備を想定したシートベルトの使用性調査) 

 その結果、調査した全員の子どもがシートベルトを自分で装着することができた。また、シートベルトを着けていてもいなくても、降車時間の差は5秒以内で、シートベルトの装着は降車時間に影響を与えないと報告された。この結果から、ガイドラインの「幼児自らベルトの着脱が難しいため、緊急時の脱出が困難」という問題は解決されたといってよい。

 園バスのシートベルトの話になると、「バスが火事になった時、シートベルトをしていると子どもが逃げ遅れる」という話がよく出る。園バスが火事になることと、衝突したり急ブレーキをかけることを比較すれば、後者が何十万倍も多いはずだ。また、園バスに乗っている時間と、緊急事態が発生して脱出しなければならない時間を比べれば、前者の方が圧倒的に長く、乗っている時に事故に遭遇する確率の方が圧倒的に高い。設置しようとする園バスのシートベルトによって「逃げ遅れ」が実際に発生するか否かは、実際に実証実験を行って降車時間を測定し、「火事の時に」という思い込みを否定する必要がある。

後付けできる園バス用シートベルトができた

 このような中、2021年7月、下記の記事を目にした。

 これは画期的な製品ができたと思っていたところ、開発した企業の方からSafe Kids Japanに連絡をいただいた。この保護ベルトについて、詳しく説明してくださるという。早速日程を調整し、Safe Kids Japanのメンバーや子どもの事故予防地方議員連盟の皆さんと共に説明を聞いた。 

 上記記事にもあるように、この企業が園バス用の保護ベルトを開発したきっかけは、2021年よりマイクロバスメーカーが「衝突被害軽減ブレーキ」を搭載した園バスを発売し始めたことだそうだ。衝突被害軽減ブレーキは安全性を高める先進技術であるが、状況によってはブレーキが自動でかかり、シートベルトのない園バスに乗っている園児が傷害を負う可能性があるのではないか、と考え、園バス用の保護ベルトが必要と考えた、と担当の方は話していた。

 この「保護ベルト」は、

・幼児でも着脱が簡単にできるので、保育者の手間がかからず、緊急時にも迅速に避難することができる

・ベルトの調節が可能で、さまざまな体格の子どもに対応できる

という、ガイドラインで課題とされていた項目をクリアしている。

 また、

・ランドセル型のユニークな形状で、ベルトによる傷害を予防することができる

・既存のバスに後付けができる

といった優れた要素を持つが、とりわけ「マグネット式の胸ベルト」により、幼児の肩と胸を「H」の形でしっかり支えることができる

という点も評価したい。

 実験映像も見せていただいたが、この保護ベルトを装着したダミー人形は、急ブレーキによる衝撃にも体が前のめりにならず、座席にしっかり固定されていた。

さらなる開発と普及を

 画期的な製品が開発されたので、この製品が広く普及することを望むが、この企業の担当の方が「これで終わりではなく、今後も開発を続ける」と言っておられるように、より安全で使いやすい、そして安価なベルトが次々と開発され、いずれはどの園バスにもこのようなベルトが装着されるようになってほしい。そのためにはやはり法制化、そして購入時の補助が必要だろう。

 まずは「子育て支援」に熱心な自治体が園バスへのベルト装着を条例で義務化し、同時に補助金の交付も行う、そして導入後の効果検証もきちんと行ってその情報を公開する、といった流れが望ましいのではないか。今後の展開に期待したい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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