9月に入り、朝夕は秋の気配を感じる季節になった。数日前、知人からシャインマスカットとピオーネが送られてきた。大粒のぶどうは、とてもおいしい。そして、1年前のことを思い出した。

 2020年9月8日の午前10時過ぎ、NHKの記者から電話があった。「前日に、八王子の幼稚園でぶどうによる窒息死が発生した」とのこと。午後1時過ぎに、クリニックに取材の人がやって来た。それから何件も取材依頼が続いた。答えることはいつも同じであった。

私:以前から、大粒のぶどうによる窒息死は知られています。内閣府から出ている「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」の中に、保育の場では「給食での使用を避ける食材」と明記してあります。同じ例は、日本小児科学会の傷害速報に出ています。手元に、パソコンがありますか?「日本小児科学会」と検索し、クリックしてください。最初のページの右側のバナーに「Injury Alert(傷害速報)」の欄がありますね。そこをクリックしてください。

記者:はい、開きました。

私:そのNo.49を見てください。

記者:はい、その記事が出ました。

私:その2例目が巨峰による窒息死例です。下の方にコメント欄があります。それがコメントとなります。大粒のぶどうの危険性は以前からよく知られています。ガイドラインに書かれていることが守られず、安全を最優先と言っている保育の場で窒息死が起こったことは問題だと思います。

 同じ窒息死が以前から起こっていることを、取材の記者に即座に示すことができた。傷害速報のコメントを読んでもらえば、何がポイントか、記者は理解することができる。同じ日に、こんなやり取りが4、5件続いた。メディアに対応しながら、まだ、こんな窒息死が起こっていることに愕然とした。そして、事例を傷害速報欄に載せることの重要性を再認識すると同時に、その事例を傷害速報に収載するまでの経緯を思い出した。

1枚の年賀状

 2014年1月、1枚の年賀状をいただいた。西日本にある病院の小児科医U先生からであった。先生とは学会で会った時に挨拶する程度で、特別懇意にしているわけではない。印刷された年賀状の片隅に、「昨年、ぶどうによる窒息を経験しました。こわいですね」と添え書きがしてあった。

U先生から送られてきた年賀状。筆者撮影。
U先生から送られてきた年賀状。筆者撮影。

 2014年2月4日、日本小児科学会の傷害速報欄に以下のメールとともに事例の投稿があった。

 「最近、ぶどうの誤嚥で搬送されたお子さんの事例があり(なんと通行人が異物除去のハイムリッヒをして救命した!)、当院の研修医たちに『ぶどうの粒は何歳ころから食べてもよいと思う?』と聞いたところ、誰も答えることができませんでした。米国の小児科レジデントは、みんな研修中に教わることなのに・・・。日本の小児科教育は病気中心、病院中心であるのに対し、米国はプライマリケア医を育てること、予防医学も含め成長と発達を見守ることができる医師をコミュニティの中で育てているから、この違いが生まれるのだろうと思いました。ですので、アメリカでは子ども達の代弁者となることを教育目標にあげている。小児科後期研修のカリキュラムに傷害予防教育を入れることができないかと考えています」

 傷害速報欄に載せる事例は、重症例が中心で、ニアミスのような事例は載せにくい。傷害を確認できるわけではなく、保護者の話だけではわからないことも多い。そこで、この投稿例をどうしようか考えていた。数日後、U先生の年賀状のことをふと思い出し、その事例について詳しく教えて欲しいとU先生に葉書を出した。

 数日後、U先生から電話があり、開口一番、「先生、何でそんなことを知っているんですか?」と質問された。私は「先生から来た年賀状に、ぶどうで窒息した例があり、『こわいですね』と書いてあったから連絡したんですよ」と言い返した。多分、私が傷害予防に取り組んでいるので、書いてくださったのだと思う。詳しく聞くと、死亡した例であった。受け持ちだった先生から遺族の方に連絡して、傷害速報欄への投稿を許可していただき、傷害速報No.49の事例2としてまとめ、ニアミスの例は事例1として掲載した。

 U先生が添え書きをしなかったら、私がU先生に葉書を出さなかったら、2020年9月に、この事例を引用することはできなかった。傷害速報の事例は、日本小児科学会雑誌に掲載するだけでなく、日本小児科学会のホームページにも収載するようにしたので、いつでも、誰でも、どこでも、何度でも引用できるようになった。さらに、似た事例を経験した場合は、類似例として登録できるようにした。このシステムであれば、何十例でも事例を登録することができる。同じ事故が、同じように起こり続けているエビデンスを社会に示すことができる。

 2020年9月の窒息死例のように、すぐに死亡した場合は、医療機関から警察に通報することが義務付けられているので、ニュースになって社会が知ることができる。しかし、生存している場合は警察に通報されることはなく、医療機関の診療録の中だけの記録となる。すなわち、社会に認知されることはなく、社会では「事故はなかった」ことになる。

 保育の場で窒息死が起こればニュースとして記録され、その情報はある程度の期間、インターネットで検索することができるが、一般家庭で起こった場合には記録として残らない。そのため、発生していることさえわからず、次の予防にはつながらない。死亡例や重症例は「誰でも検索できるシステムに記録として残す」ことが必要なのだ。

汝の名の天に記されたるをよろこべ(ルカ10章20節)

 この言葉は、私の義父母が埋葬されている共同墓地の墓銘碑に彫られている言葉である。これは「天国に受け入れられたので、安らかに眠ってください」という一般的な言葉であると思うが、傷害で死亡した子どもたちにも投げかけたい言葉である。

 傷害速報の記録は、

「事故で死亡した状況は、詳細に記録され、その情報は、いつでも、誰でも、どこでも、何度でも見られる状況にしてあります。残念ながら、あなたは亡くなりましたが、死亡した状況は正確に記録され、社会の安全のための貴重な資料として、いつまでも使用しますので、どうぞ安らかに眠ってください」

「死というかたちで、社会に警告を発してくださったことを、いつまでも決して忘れません」

「必ず、予防に結びつくように活動していきます」

というメッセージであると考えている。

 傷害速報の記録は、死んだ子どもたちの「同じ事故を起こさないで!」という声である。死亡した状況をきちんと記録し、いつでも、誰でも、クリック一つで資料が出てくる状態にしておくこと、これが傷害予防活動の基礎であると考えている。

傷害情報として必要なこと

 医師からの情報の多くは治療法についてであるが、傷害速報では、その部分は最小限とし、傷害が起こった時の情報を細かく記載するようにしている。一言で言えば、傷害が発生する直前から、傷害が発生してから5分後くらいまでの情報を重視している。

 傷害速報No.49の事例2(1歳6か月)では、父親は子どもの前にいて、種なしの巨峰の皮をむいて丸ごと1個を皿に置き、それを子どもが自分の手にとって口に入れたところ、見ている目の前で窒息したと書かれている。読み飛ばしてしまうかもしれないが、「父親の目の前で」と記載したのは、見ていても窒息は予防できないことを示すためである。窒息しやすい食べ物の袋に「お子さまがのどにつまらせないよう必ずそばで見守ってあげてください」などの記載があるが、それでは予防できないことを示すために記載した。

 傷害速報には記載していないが、後日、メディアの人から事例1(2歳6か月)の母親への取材依頼があり、担当医を通して保護者に面会して話を聞いたところ、「少し前までは、ぶどうは刻んであげていたが、数日前からそのまま食べることができるようになっていたので(数日はずっと見守っていた)、すっかり大丈夫だと思って少し目を離した時に窒息が起きた」とのことであった。 

 これらの状況を記載しておけば、「大粒のぶどうの危険性を知っていても、窒息は起こる」「目の前で見ていても、窒息を予防することはできない」ということがわかる。

 傷害速報の作成は、一部、個人的なつながりや努力によって行われているが、死亡例や重症度が高い傷害事例の情報は、漏れなく収集できるシステムを構築することが望ましい。