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大粒のぶどうによる窒息を予防する その11 ~シールが使用された!~

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
Safe Kids Japanが作成したシール

 2020年9月7日、東京都八王子市の私立幼稚園で、4歳男児が給食に出されたぶどうをのどに詰まらせて死亡した。ちょうど数日後に「ヨミドクター」に掲載する予定の記事で似た事例を紹介しようとしていたところだった。すなわち、これは今までによく知られていた窒息死であったと言える。「ヨミドクター」の記事の一部を引用しよう。

食物で気道が閉塞して死に至るかどうかは、その大きさ、形、硬度などによって決まります。丸い食べ物で、柔軟性があり、気道の形に合わせて変化しやすい「応形性」があるものはとくに危険です。このような食物を乳幼児に与えるときは、切ってからにしてください。

 「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故防止のための取組み】」では、重大事故が起こりやすい場面のひとつとして「食事中(誤嚥)」が挙げられ、その中でぶどうの危険性が指摘されている。「過去に、誤嚥、窒息などの事故が起きた食材は、誤嚥を引き起こす可能性について保護者に説明し、使用しないことが望ましい」とも明記されている。例として掲載されている浦安市作成のマニュアルには、「給食での使用を避けるべき食材」として「ぶどう」が挙げられている。大粒のぶどうは給食では提供しない、どうしても食べさせるときは4つに切って食べさせるということを、事故が起きた幼稚園の人は知らなかったのだろうか。

 この窒息死が起こった後、いろいろな人から「乳幼児には、ぶどうは切って与えるとは知らなかった」という話を聞いた。ぶどうの生産者も、青果の卸の人も、ぶどうを販売している人も、1歳と3歳の子どもがいる新聞記者も、育児雑誌の編集者も、高齢の小児科医も、地方議会議員も、皆、大粒のぶどうを切って与えるということを知らなかった。これまでにも、事故が起きるたびに報道され、行政機関からは通達や通知が出されていたが、「乳幼児には、ぶどうは切って与える」ということを、多くの人は知らず、同じ事故が起こり続けているのだ。従来とは違うアプローチが必要だ、ということを痛感した。

 「知らない」ことが問題なのだ。そこで、社会全体で知ってもらうことを目的に、NPO法人 Safe Kids Japanでシールを作った(参照「大粒のぶどうによる窒息を予防する その6 ~包装に貼るシールができた~」)。

 しかし作って提案しただけでは予防にはつながらない。ぶどうのパッケージに貼っていただくシールと、陳列時に活用していただくチラシを作成し、ウェブサイトから自由にダウンロードできるようにした。

全国展開を目指して

 まずは関係機関に対し、要望書を送ることにした。農林水産大臣をはじめ、食品流通大手の企業や生鮮食品の通販事業者、小売店等々に再発予防に向けた要望書を作成し、子どもの事故予防地方議員連盟と連名で送った「ぶどう」の包装袋に乳幼児の誤嚥に関する警告表示を配する事について(要望)【PDF】)。しかし2020年12月末現在、これらのところからの回答や対応はない。

メディアへのアプローチ

 広報の手段として、メディアに情報提供した。シールを公開すると、取材依頼や問い合わせが相次いだ。記事として、大粒のぶどうやミニトマトの危険性、切る必要性をわかりやすく伝えていただき、シールの写真も載せていただいた。

・ヨミドクター「ミニトマト・大粒ブドウ、「4才」までは「4つ」に切って…窒息事故防止へシール作成

・共同通信「子どもの事故死どう防ぐ? 専門家『環境整備、具体的に』

・毎日新聞「給食のブドウで4歳児が窒息死 子どもの誤飲事故はなぜ繰り返されるのか

・朝日新聞「ブドウ・ミニトマトは四つ割りに シールで子の窒息防げ

・よんななニュース「危険、子供の命を奪う意外な食べ物

・FNNプライムオンライン「ミニトマトやぶどう『4才までは4つに切って』! 子どもの窒息事故を防ぐシールに注目

ぶどう等の販売現場へのアプローチ

 Safe Kids Japanの理事や会員が、「大粒のぶどうやミニトマトの包装にシールを貼ってください」と小売り現場の人に直接訴える、ということも行った。例を紹介したい。

・Mさん:実家のある地域の農産物直売所に行き、この事業の重要性について説明した。その結果、その直売所ではシールを大量に印刷、10月半ばから実際に店頭で販売する大粒のぶどうとミニトマトのパッケージにシールが貼られ、チラシも設置された。

農産物直売所で活用されているシールとチラシ(筆者撮影)
農産物直売所で活用されているシールとチラシ(筆者撮影)

・Kさん:地元のスーパーにシール貼付とチラシ設置を依頼したところ、その経緯が京都新聞に掲載された。

2020年11月20日付で京都新聞に掲載された記事(筆者撮影)
2020年11月20日付で京都新聞に掲載された記事(筆者撮影)

 また、シールやチラシを活用したい、という問い合わせも全国各地から寄せられた。京都でフルーツ専門の通販事業を行っている「蝶結び」は、Yahoo!ニュース個人の記事(参照「大粒のブドウによる窒息を予防する~袋に警告の表示を!」)を見て、「自分にも何かできるはず」とSNSで発信、実際に出荷時に商品説明と同じ和紙に印刷したチラシを添えてくださっている。また、食品表示コンサルタントを行う企業は、取引先のスーパーにこのシールを貼るよう勧めたい、という電話をくださった。その他、詳しい経緯は不明だが、実際にシールを貼ってくださっている小売店がいくつかあり、それらの写真をSafe Kids Japanに送ってきてくださる方もいた。

「蝶結び」がぶどうの出荷時に添えているチラシ(筆者撮影)
「蝶結び」がぶどうの出荷時に添えているチラシ(筆者撮影)

 これら、ぶどう等へのシールの貼付はありがたい活動であるが、自発的、散発的なものにとどまっており、全国的、組織的な取り組みには至っていない。このままだと「知っている人は知っている」「切っている人は切っている」という、従来と同じ結果に終わってしまうのではないか。

おわりに

 大粒のぶどうやミニトマトによる窒息死は、以前から何件も発生している。これまでは、医学関係の症例報告、育児雑誌などで「乳幼児に与えるときには切って与える必要がある」という情報提供が行われていたが、それだけでは効果はなかった。

 この知識をすべての人に広めるために、大粒のぶどうやミニトマトの商品そのものに情報を貼付すれば、より伝わりやすいのではないかと考えた。そこで、大粒のぶどうやミニトマトの包装に貼るためのシールを作成した。購入時に、「4歳までは4つに切って」と包装に貼られたシールを見れば、消費者に伝わりやすいのではないか。小さな一歩ではあるが、ゆくゆくは日本全国に広げたいと考えている。

 これまでに亡くなった子どもたちと同じ死を繰り返さないために、どんなに小さなことであっても、一つ一つ、窒息死につながる芽を摘み、子どもの安全のための知恵を社会に広めていく所存である。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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