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大粒のぶどうによる窒息を予防する その9 〜実態は把握されていた!〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 2020年9月7日、東京都八王子市の私立幼稚園で、4歳男児が給食に出されたぶどうをのどに詰まらせて死亡した。

 「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン【事故防止のための取組み】」に「給食での使用を避ける食材」と明記されているにもかかわらず、ピオーネが出されて死亡した。この事実によって、ガイドラインは、教育・保育の現場には伝わっていないことが明らかになった。そこで、教育・保育の場の食事についての実態調査が必要だと指摘し、消費者安全調査委員会に調査の要望書を送った(参照「大粒のぶどうによる窒息を予防する その8 ~実態調査を!~」)。

 その後調べてみると、すでに調査は行われており、その結果が報告書として出されていることがわかった。2020年3月、株式会社 日本経済研究所から、「令和元年度子ども・子育て支援推進調査研究事業『保育所等における事故防止対策の実施状況等に関する調査研究 報告書』」が出ていたのである。

調査の目的は

 毎年、内閣府子ども・子育て本部から出されている「教育・保育施設等における事故報告集計」で、認可外保育施設等での死亡例が多いことから、同施設等における事故防止対策を強化するために実態調査が行われた。同時に、重大事故の防止・早期発見・改善を目的として、2017年度より導入された巡回支援指導員の配置状況等についての調査・分析も行われた。調査目的は、われわれが要望した実態調査の目的と同じであった。

調査の概要は

 2019年12月から2020年1月のあいだに、地方自治体向けと保育所等向けの2種類の調査が行われ、アンケートの回収数は、前者は260件、後者は7,019件であった。また、全国の都道府県、市町村に対して、巡回支援指導員についての実態調査も行われ、この回収数は1,155件であった。

食材による誤嚥、窒息に関する内容は

 約200ページもある報告書の中から、食べ物による誤嚥、窒息に関する部分をチェックしてみた。地方自治体向けの重大事故防止対策の実施状況、立ち入り検査の確認事項の調査項目には「誤えん事故防止に係る食材点検」がチェックリスト等にあったかどうかの調査があり、6〜23%の施設で行われていただけであった(下図参照)。また、「誤えん事故防止のための食材点検」を立ち入り検査の確認項目として位置づけているのは18〜43%であった。

「誤えん事故防止のための食材点検」に係るチェックリスト等の作成等対象施設(「保育所等における事故防止対策の実施状況等に関する調査研究 報告書」より抜粋)。筆者撮影。
「誤えん事故防止のための食材点検」に係るチェックリスト等の作成等対象施設(「保育所等における事故防止対策の実施状況等に関する調査研究 報告書」より抜粋)。筆者撮影。

 保育所等における「誤えん事故防止に係る食材の点検の実施状況」は80%だった。食材点検表を活用しているのは47%、活用していないのは50%であった。

 また、全国の都道府県や市町村で、巡回支援指導員を配置しているのは8%であった。事前通告をして巡回しているのは67%、巡回支援指導の結果を公表していないところが96%であった。巡回支援指導にチェックリストを活用しているのは59%であった。大阪市の巡回支援指導のチェックリストを見ると、下記のようなチェックシートとなっており、食事のところのチェック項目もきちんと列記されていた。

大阪市の「巡回支援指導チェックリスト(抜粋)」。筆者撮影。
大阪市の「巡回支援指導チェックリスト(抜粋)」。筆者撮影。

おわりに

 2020年3月に、教育・保育現場の事故防止対策の実態調査の報告書が出た。7000か所からの調査報告であり、同じような実態調査をする必要はないだろう。

 しかしこの報告書の結果を受けて、その後現場でどのような対応が行われたのかはわからない。事実、この報告書が出た半年後の2020年9月に、八王子市の幼稚園の給食で出されたぶどうによる窒息死が発生した。実態をまとめただけでは、予防はできないことがはからずも証明されてしまったのである。この実態調査をもとに、どうしたら死亡事故を防ぐことができるのかを検討し、それを現場に周知徹底する必要がある。

 その方策として、報告書の内容を「食う」「寝る」「水遊び」に分け、それぞれA4の1枚にまとめて、全国の自治体、保育所等に配布する、国は予算を確保して巡回支援指導を義務づける、立ち入り検査は事前通告なしで行う、検査結果は市町村等のホームページで公開するなどが挙げられる。保育の場で、予防できる死亡事故をなくすために、国は早急に具体的な対策をとる必要がある。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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