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ベビーラックのベルトによる窒息死 〜 腰ベルトの通し方のチェックを 〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
※この画像は本文とは関係ありません。(写真:アフロ)

 2019年2月、消費者庁の事故情報データバンク(2019年2月21日公表分)に以下の情報が載った。

発生年月日:2019年1月30日 

商品など名称:ベビーチェア、乳幼児用椅子(ゆりかご兼用)

事故の概要:当該ベビーチェアの背面にある輪っか状のひもにより首が絞まっている状態で発見され、救急搬送先の病院で死亡を確認

傷害内容:窒息

傷害の程度:死亡1名(1歳)

 この記載を読むと、1歳児が「死亡」となっている。死亡例は詳細に検討して対応しないと、また同じ事故死が発生する。そこで、どのような事故だったのか調べてみた。

窒息の発生状況を推測すると

 ベビーラックは、壁に向けて置かれていた。歩き始めた子どもがベビーラックの背もたれ部までやってきて、子どもがベビーラックを背にした姿勢になったとき、腰ベルトがループになっていた部分に子どもの首が入り込み、前に進もうと前傾したことで首に体重がかかり、発見までに時間がかかって窒息死したのではないかと考えられる。

腰ベルトによる窒息時の推測図:筆者作成
腰ベルトによる窒息時の推測図:筆者作成

 腰ベルトによってループができる状況を模式図で下に示した。ベビーラックの背もたれ部分の4個の穴全部を使ってベルトを通す場合、通常ループはできないが(上の図)、下の図のように、2個の穴だけを使った場合、ループができてしまう通し方になる。この場合、長い紐が背面に出てきて、何かの拍子にこれが引っ張られると簡単にループができてしまう状態になる。今回は、こうした状態だったために、子どもの首がひっかかって窒息したと推測される。

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ループができない安全なベルトの通し方(上)とループができる危険な通し方(下):筆者作成
ループができない安全なベルトの通し方(上)とループができる危険な通し方(下):筆者作成

ベビーラックとは

 新生児から4歳くらいまで使用できるベビー用品で、子どもを一時的に乗せておくベビーチェアの一種。背もたれを倒して寝かせたり、起こして椅子として使うこともできる。通常は、ベビーラック本体が薄いマットで覆われており、ベルトの穴の位置やベルトの通し方をチェックすることはできないが、背もたれの裏側でベルトの穴や通し方を確認することができる。

 説明書には、ループができる危険な通し方の具体的な記載はない。人からもらったもの、あるいはフリマ等で購入したものを使用している場合もあり、説明書がない場合もある。

窒息とは

 窒息とは、肺に酸素が取り込まれなくなる重大な事態を指す。窒息が起こる機序は、

1 鼻や口の閉塞

2 気道の圧迫閉塞(絞頸、縊頸)

3 気道内異物による閉塞

4 胸郭部の圧迫による呼吸運動障害

5 気密空間の酸素が呼吸によって次第に失われたり、一酸化炭素による酸素分圧の低下

といったことである。

 今回は、「2」の「絞頸、縊頸:首を絞められる場合」についてお話ししてみたい。

これまでに知られている事例

 紐やベルトは、結んでくっつけたり、保持する役割があり、われわれの身の回りにはたくさんある。人々の生活上、なくてはならないものであるが、時に危険な存在にもなる。これまでに報告されている事故例を挙げてみよう。

 滑り台などの遊具の突起に服の一部や紐が引っかかって首吊りとなる、ロープやハンモックでの首吊り、ベッドの上に置かれた携帯電話の充電器のコードが乳児の首に巻き付く、自転車用ヘルメットをかぶったまま雲梯の上を歩いていて、雲梯の鉄棒のあいだに転落し、ヘルメットの顎紐で首を吊るなどがよく知られている。年長児では、長いマフラーが自転車の車輪やエスカレーターに挟み込まれて首を絞めることもある。

● 3歳児:新潟県の幼稚園で、2002年1月、園内の遊戯室で、知育の円筒形の缶にビニール紐を取り付け、竹馬のようにして遊ぶ「缶ぽっくり」を使っていたところ、紐が首に絡まり、約4時間後に死亡した。

● 3歳児:広島県の幼稚園で、2008年11月、滑り台の手すりに上着がひっかかり、首が絞まって死亡した。

● 2歳3か月児:ロック機構付きの自動車の後部座席のシートベルトが首にからまり窒息した。(日本小児科学会 Injury Alert No.22)

● 4歳9か月児:フード付きパーカーが玄関扉のドアノブに引っかかって首吊りとなる。(同 Injury Alert No.31

● 1歳1か月児:歩き始めの児。カーテンの留め紐が首にかかって首吊りとなる。(同 Injury Alert No.36

● 6か月児:大人用ベッドで寝ていた。ベッドの高さは40cmで、窓の脇に設置されていた。窓にはブラインドがあり、そのコードがベッド脇に垂れ下がっていた。ブラインドのコードは 2 つあり、一つは床についていた。もう一つのコードは床から22cm 離れたところまで垂れ下がっていた。児が寝返りをしてベッドから落ちた時に、ベッド脇にあったブラインドのコードが児の首に食い込み、床上で心肺停止で発見された。(同 Injury Alert No.36 類似事例1

● 1歳6か月児:ブラインドのコードが首にかかっていた。(同 Injury Alert No.36 類似事例2

● 1歳児:兵庫県伊丹市で、部屋のクローゼットの取っ手部分にかけられていたスマートフォンのストラップに首が絡まって意識不明の重体。

● 11か月児:在宅で人工呼吸管理をしている児の首に、人工呼吸器から児の鼻まで送気する経鼻カニューラが巻き付いていた。(同 Injury Alert No.81

 

 この他、医療の場では、無呼吸モニターなどのリードや、輸液ラインによる頸部の絞扼も知られている。

紐等で首が締め付けられる条件としては

● ベルトや紐が存在している

● ベルトや紐は、子どもの頭が入るループを作ることができる長さが必要である

● 子どもの頸部の半周以上にベルトや紐が接する

● 子どもが移動可能(寝返る、つかまり移動する、歩くなど)な状態である

● ベルトや紐にひっかかった首に、5〜10分以上、体重がかかった状態が継続する

対策としては

 上記の条件のどれか一つを排除すれば、それが予防策となる。

1 環境の整備

・ ループの下端は、床から80cm以上の位置になるようにする

・ ソファやベッド等をブラインドのそばに置かないなど、家具の配置を考える

 (ループが80cm以上でも、家具の配置によっては到達できる場合がある)

・ 自転車用ヘルメットは自転車を降りたらすぐに脱ぎ、かぶったまま遊ばない

2 安全性の高い商品の選択

・ 紐部分がある商品は、子どもの手の届かない位置に紐をまとめるクリップや、重さがかかると紐が分離する機能(セーフティジョイント)のものを使う

・ カーテンのタッセルは、重さがかかると外れるタイプのものを使用する

例:チャイルドセーフティタッセル・房掛(2014年度キッズデザイン賞受賞)

・ ブラインドは、操作コードが内部に収納されているものを使用する

例:コードレスブラインド(2016年度キッズデザイン賞受賞)

ロールスクリーン「ソフィ」スマートコード式(2016年度キッズデザイン賞受賞)

・ 外れるジッパー

例:Quick Free(2018年度キッズデザイン大賞受賞)

・ 2015年に「JIS L4129」が制定され、子ども服についた紐に関しては安全性が高まった。

・ ブラインド等のコードや紐による子どもの窒息事故について、2013年度に東京都商品等安全対策協議会で安全対策が検討され、2017年12月に家庭用室内ブラインド等のコードや紐に関するJIS規格が制定された。そこでは、

・ 子供(6歳未満)が背伸びして手が届く範囲に紐がないこと

・ 紐等によって形成されるループが子供の顎の高さまでないこと

・ 子供の頭部が挿入可能なループがないこと

・ 一定の荷重によって、紐が分離する機能をもつこと 

が定められた。

縄で首吊り(78で首吊り)

 ベルトや紐で窒息するのは3歳までに多くみられる。乳幼児が着地している場から80cm以下の空間に、ループの存在、またはループができる状況があり、そのループが外れないことが窒息を引き起こす。この数値は、「床面からの高さが78(なわ)cm以下の場所にループがあると、首吊りに」(縄で首吊り)と語呂合わせで覚えておくとよい。

身近なところにある危険

 今日の外来に、1歳9か月の女の子が湿疹のために受診してきた。診察時に、首に細い紐がまきつけられ、それに小さなひょうたんがついていることに気づいた。母親に「これは何ですか?」と聞くと、水天宮のひょうたんのお守りで、ご主人の実家の地域では、皆、つけているとのことであった。紐を引っ張ると、簡単には切れそうではなく、首に食い込む。このお守りは、子どもを水の事故から守るためのものとのことだが、窒息の危険性があるので、「3歳までは、首には巻かず、手に巻いたほうがいいですよ」と指摘しておいた。

 今回検討した事例では、製品につけられたベルトによってループができることを想定することはなかなかむずかしい。

 今回の事例と同じ型式のベビーラックは、全国で数百万台出回っているようだ。最近、Safe Kids Japan理事の西田 佳史さんがたまたま訪れた保育所に置かれていたベビーラックをチェックしたところ、ベルトは危険な通し方がされていた。すぐに指摘して改善してもらったとのことである。メーカーによれば、危険な使い方ができないような製品の開発が進められているそうであるが、既に出回っているものについては今すぐできる対策をとる必要がある。一般家庭や保育所等にベビーラックがあるか否かをチェックし、ベビーラックがある場合には腰ベルトの通し方をよく見て、ループができない通し方になっていることを確認していただきたい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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