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「アセスメント販売(R)」とは 〜傷害情報を製品改善につなげる新しい販売活動〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2019年1月、NPO法人Safe Kids Japanの第4回子どもの傷害予防リーダー養成講座で(株)ふたごじてんしゃ代表の中原 美智子さんの話を聞く機会があった。双子のお子さんを自転車に乗せて街を走りたいという強い思いから「ふたごじてんしゃ(R)」を開発されたお話をうかがった。 

 その時、「自転車のデザインを変えたこと」と、「モノの売り方を変えたこと」を話された。これまで「売り方」について話を聞いたことはなく、関心を持って聞いた。商品を購入する前に、購入希望の人にアセスメントをしてもらい、アセスメントを修了した人だけに販売すること、そして購入後にはフォローアップを行って、そのデータを製品の改善につなげるという新しい売り方で、「アセスメント販売(R)」という言葉で提案されている。傷害予防の面から、今後、商品を販売する一形態として定着していく必要があると私は思っている。

 中原さんにお願いして、アセスメント販売(R)についての紹介文をいただいたので以下に紹介する。

報告をする中原 美智子さん(筆者撮影)
報告をする中原 美智子さん(筆者撮影)

◆アセスメント販売(R)を導入するまでの経緯

 ふたごじてんしゃ(R)(以降、「ふたごじてんしゃ」)の製品化を目指し始めたころから、アセスメント販売(R)(以降、「アセスメント販売」)という漠然としたイメージを持っていました。私は、ふたごじてんしゃという一つの乗り物によって、子どもたちとのお出かけができるようになり、幸福感や自己肯定感が増し、QOLが向上したと実感しました。そこから、ふたごじてんしゃを必要としてくれる人がきっといるはずだと思い立ち、ここまで進んできました。しかしながら、このふたごじてんしゃが万能な乗り物ではないということもわかっていました。

 SNSで活動の発信や試乗会を開催することで、購入希望者との接点を多く持ってきました。SNSのメッセージや試乗会での会話で、「私のところも双子だから、ふたごじてんしゃが欲しい」、「後ろが3輪だから絶対こけないから安全」という声を多くいただきます。正直、とても危険なキーワードだと思います。「絶対に転倒しない自転車」はこの世に存在しないし、双子という接点だけで必ずしもその人に最適な乗り物とはいえないからです。

◆アセスメント販売として取り組んでいること

1 動画による取扱説明および「願い(理念)」の共有

2 アセスメントによる購入(希望)者とのコミュニケーション

3 「購入しない」という選択肢があることを伝える

1 動画による取扱説明および「願い(理念)」の共有⇒購入(希望)者もチームの一員に

 製品を正しく伝えるための適切な手段として取扱説明書を思いつきました。ただ、製品の特徴や使用上の注意といった従来の要素だけではなく、より利用者目線の何かが必要だと感じました。そこで、利用シーンを想定した動画を作成し、製品の特徴+利用シーンを組み合わせ、注意すべき点をより具体的に伝えられるように工夫しました。

 さらに、「なぜこの自転車が生まれたか」という原点を理解してもらうべく、“ふたごじてんしゃの願い”という動画も公開し、製品の完成に至るまでの経緯も伝え、購入(希望)者もはじめからこのプロジェクトに参加しているように思ってもらい、チームの一員として製品フィードバックが言いやすい環境を作り、必要とする人にとっての製品改善につなげたいという狙いがあります。

2 アセスメントによる購入(希望)者とのコミュニケーション⇒製品理解の確認

 取扱説明(紙/動画)において、特に伝えるべきポイントは、購入前に必ず理解してもらわなければならないと考え、メーカーや販売店舗の協力も得て、アセスメントを修了した方のみが購入できる仕組みを構築しました。

 下記のような項目を購入希望者にヒアリングし、回答内容に応じたアセスメント結果(全11ページ)およびアセスメント修了証の発行を行っています。購入希望者は、修了証に記載されたアセスメント修了証No.を販売店舗に持って行って、はじめて購入申込みができます。

【購入前のヒアリング項目】

1 購入希望者の思い描く期待やイメージ(利用シーン・活用による幸福感)を自由記述

2 使用環境(歩道/車道/坂道など、駐輪環境)の該当項目を選択

3 交通ルール(道路交通法)の理解と確認

【購入後のヒアリング項目】(いずれも自由記述で回答)

1 購入前と購入後でイメージのギャップはあったか

2 嬉しかったことはなにか

3 製品に不満はあるか

4 自転車移動以外で困ったことはあるか

3 「購入しない」という選択肢があることを伝える⇒たくさんの笑顔を作る

 アセスメントの結果、ふたごじてんしゃをおすすめしない方もいます。その場合は、「購入しない」という選択肢があることをしっかりと伝えます。伝えた上で、代替手段をできる限り一緒に考えます。大切なことは、ふたごじてんしゃの販売台数・売上金額が伸びることではなく、購入者の笑顔が増えることです。「購入した」という選択を後悔してほしくない、だからこそ真正面から購入希望者と向き合い、リスクを伝えることも重要なことだと信じています。

◆モノの売り方を変えていくため、アセスメント販売を広げていきたい

 将来的には、より多くの企業や製品で、このアセスメント販売という手法が採用されるようにしたいです。まだうまくまとめられませんが、「チャレンジしやすい環境」、「モノや想いを消費しない」、「無責任でいない」、「批判ではなく、みんなの愛で育てるモノ」という言葉が頭の中にあります。

 今後、想いをこめた新しいモノを大切に売り・育てたいと願っている個人や企業へ、アセスメント販売をデザインするお手伝いがしたいと考えています。アセスメント販売を導入すると、「使う人を思いやる優しい気持ち」を伝えながらモノを売ることができます。また、その気持ちを正しく受け取り、モノへの愛着も醸成できます。その良い関係性が、社会全体で良い循環を作りだし、持続可能な社会の実現に結びつくと思います。

(以上)

ふたごじてんしゃ (筆者撮影)
ふたごじてんしゃ (筆者撮影)

安全な製品の始まりから終わりまで

 私の経験を紹介しよう。安全な製品を開発してもらいたいと常々考えていた。2006年5月、キッズデザイン協議会の設立シンポジウムが開かれ、私も講演した。その後の懇親会で企業の人と話をする機会があった。炊飯器の蒸気孔からの蒸気に触れてやけどをする乳幼児が多いと話したところ、電気炊飯器を作っているその会社の人はそれをまったく知らなかった。私は「毎日、日本中で数百件発生している。やけどをしない炊飯器を作ってほしい」とお願いした。

 2006年9月、企業に対して「炊飯器による乳幼児のやけど予防プロジェクト」を提案した。基本的な考え方は、「警告や注意書きを書かなくてもよい製品を作ること」で、炊飯器の場合は、炊飯器から出る蒸気の温度を下げれば確実に効果がある。また、「乳幼児だけでなく、高齢者や成人にとっても安全な製品となる。炊飯器はほとんどの家庭で使用されているので、改良された製品は社会から高く評価される」と訴えた。

 以後、42例の炊飯器によるやけどのデータを送り、蒸気孔からの蒸気の最高温度を何度にすればよいかについて医学雑誌を調べた。最終的に、蒸気の最高温度が50℃の炊飯器が2009年6月に発売された。

 一社員がいい製品を作りたいと思っても、それを実現するのはそう簡単なことではない。自分の上司に訴え、そこから担当部署につないでもらい、そこから研究所に話を持っていき、研究所で技術的な可能性を検討し、私のところに来て皮膚にやけどを起こす温度を調べ、技術的な問題が解決されると生産数や販売数を予測し、これらのデータがすべてそろうと会社の上層部で検討され、そこでOKが出てはじめて生産と販売が始まる。これらのステップを経て、約3年で製品が販売されることになった。出来上がった製品を見て、一個人のお願いが実現してとてもうれしかった。

 その製品の広告を見せてもらったが、主目的であった「やけどしない」とはどこにも書いてなかった。そこで企業の人に聞くと、PL法があって、企業は「安全である」と宣伝することはできないのだそうだ。十分に安全性を知らせることができず、また値段もやや高価であったためか売れなくなり、5〜6年後に製造・販売が中止となった。ほぼ同時期に、他社からは蒸気が出ない炊飯器が発売されたが、現在、この炊飯器も売れ行きがよくないと聞いている。

 上記は、せっかく確保した「安全」がなくなってしまった私の哀しいストーリーであるが、技術は残っているので、何とか活用してもらいたいと今でも考えている。

企業に安全な製品や環境を作ってもらうために

 安全な製品であるのに、価格の問題などで淘汰されて市場から消えていくのは由々しきことである。製品は、売れて、利潤が出なければ社会から消えてしまう。安全な製品が継続して売られ続ける社会システムを考えねばならない。

 ある製品によって重症度が高い事故が多発していれば、それに対しては規格化・法制化によって安全を確保する必要がある。そのためには、医療機関からは重症度が高い事故が起こっている状況を報告し続ける。消費者団体は、「安全性が高い製品が存在しているのに、重症度が高い事故が起こり続けている問題」として行政や政治家に働きかけて製品の法制化を要望する。メディアには、安全性が高い製品が存在していることを繰り返し広報してもらう。

 それほど重症度が高くない事故については、人々が安全な製品を購入しやすくする仕掛けが必要である。一つは、製品の「安全性」について、消費者が理解しやすい情報を提供する。安全性に関して、現在のPL法に抵触する宣伝とはどのようなものなのか、抵触しないようにするにはどうしたらよいのかを明確にする必要がある。例えば「やけどしない」とは書けないが、「やけどの頻度や重症度が軽減する」と宣伝に書くのは科学的な事実であるのでいいのではないかと私は思っている。

 最近では、賛同する不特定多数の人からインターネットを通じて開発資金を集めて製品化する「クラウドファンディング」というシステムもある。今回紹介したアセスメント販売というシステムも、アセスメントをしてから販売し、販売後は事故例を収集して、それを製品の改善に活かすというユーザ参加型の新しい売り方・開発方法であり、この動きが広がっていくことを期待したい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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