保育事故の検証報告書を読む その1 ~神奈川県葉山町のケース~

(ペイレスイメージズ/アフロ)

◆はじめに

 近年、教育・保育施設等における事故が社会的な問題となり、2014年6月に開催された第16回子ども・子育て会議において、「行政による事故の再発防止に関する取り組みのあり方等について検討すべき」と指摘された。これを受け、2014年9月に、内閣府、文部科学省、厚生労働省により「特定教育・保育施設等における重大事故の再発防止策に関する検討会」が設置された。私も委員の一人としてこの会議に参加した。

 2015年12月に上記の検討会の最終とりまとめが出され、2016年3月、「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」が公表された。同時に、2016年3月31日付で「教育・保育施設等における重大事故の再発防止のための事後的な検証について」という通知が国から出され、保育現場等で死亡事故が起こった場合には検証委員会を設置して検討し、その報告書を国に提出するよう求めている。それ以前は、死亡事故の検証は義務付けられておらず、遺族が署名を集めて陳情したりしなければ検証は行われなかった。2016年4月以降は、ほぼ自動的に検証委員会が設置されることになり、検証委員会から提出された報告書は公表され、自治体のホームページで誰でも見ることができるようになった。

 また、30日以上の医療機関受診を必要とした事故についても報告することが義務付けられ、保育事故情報データベースとして公開されている。2018年3月末までに2016例が登録されている。

 これまでに公表された検証報告書を読んで、「予防につなげる」という観点から問題点を指摘したい。

◆事故の概要

 保育中に転倒した6歳男児が帰宅後に死亡した事故が発生した。2016年12月13日午後4時ころ、神奈川県葉山町の公立保育園の園庭で追いかけっこをしていて、園庭と保育室のあいだにあるデッキの通路上を走っていたところ、デッキに置いてあったサッカーゴールの網に足を取られ転倒した。保育士が駆け寄り、全身状態を確認したところ意識は清明であった。以後、室内で安静にし、午後6時過ぎに祖母に引き渡されて帰宅した。午後7時過ぎに容態が悪くなり、自宅から救急搬送されたが、翌14日午前5時過ぎに搬送先の病院で死亡が確認された。

◆事故の発生状況を推測すると

 報告書の4ページには、死因として「腹部打撲による臓器損傷による出血性ショック」と記されている。推測ではあるが、この事例の場合、おなかを打ってから比較的短時間で死亡しているので、肝臓か脾臓からの大量出血によって死亡したと思われる。尖ったものが腹部に当たれば何らかの傷が皮膚についているはずであるが、子どものおなかの皮膚には傷は認められていない。そこで、おなかにぶつかったものは、直径が3cmくらいの棒(クッキー作りやパン作りなどに使う麺棒)状のものの先端部分ではないかと推測される。走って転んだとき、その麺棒の先端部がおなかにぶつかり、皮膚直下の肝臓か脾臓に当たった。麺棒の先と背骨のあいだに臓器が挟まれ、臓器が裂けたのではないかと推測される。

 すなわち、子どもが転倒した現場の写真、とりわけおなかがぶつかったと思われる場所の写真や、麺棒のようなものの写真やその計測値(直径や長さ)を知ることが死因を考える上で不可欠である。この報告書には、写真は何も収載されていない。現場の見取り図、たとえばサッカーゴールの絵と、転んだと思われる場所の見取り図、おなかがぶつかったと思われるものの絵があれば理解しやすい。

 子どもの症状、状態を十分把握していたかどうかが検討され、おなかを打った後、保育士が子どもに「大丈夫?」と聞き、「うん」とうなずいたと記載されている。子どもは、保育士の問いに答えることができており、以後も保育園にいるあいだは症状に大きな変化はみられなかった。これらから、受傷した時点から祖母に引き渡すまでのあいだに、保育士が重篤な臓器損傷を疑うことはできなかったと思われる。  

◆この報告書の問題点

1 死因の情報がない

 この報告書の最大の問題点は、死因に関する情報がほとんどない点である。報告書の4ページの死因の項には、「後日、遺族からのヒアリングで死因が腹部打撲による『臓器損傷による出血性ショック』ということを知った」と2行にわたって書かれているだけである。しかも、遺族から聞いた情報だけで、医療機関や司法解剖の情報ではない。

 どこの臓器が、どのように裂けていて、どれくらい出血していたかなど、医療機関や解剖の情報がなければ死因を検討することはできない。また、腹部がぶつかった何らかの麺棒状の構造物の写真と計測値を記録しておかなければ予防にはつながらない。これらの情報が全く記載されていないので、なぜ臓器が損傷したのかまったくわからない。

2 検証委員メンバーの問題

 検証委員会の委員として、保育関係者や弁護士などが委員になっているが、事故が発生する直前から事故が発生して15分くらいまでのあいだの子どもの身体の変化については、これらの人が検討できることはほとんどない。死亡のメカニズムについては医師、あるいは生体工学の専門家しか検討することはできない。さらに、医師であれば誰でもいいわけではなく、今回の場合は救急医か、腹部外傷の専門医が委員として適切である。内科医、あるいは公衆衛生関係の医師では十分検討することができない。

3 医療体制の問題

 自宅から救急車を依頼したのは午後7時35分であった。最初に搬送された病院に午後8時13分に到着したが、そこでは治療ができないので、2時間後に2番目の病院に転送され、そこで6時間半後の翌日の午前5時12分に死亡している。午後8時過ぎから午前5時の時間帯は、医療機関は通常の診療体制ではなく、少ない医療スタッフで検査も十分にできなかった可能性がある。この診療体制に制約があった点も予後に大きく関与していると思われるが、この点についても一切触れられていない。

◆今後の課題

 この報告書を読めばわかるが、保育の場に関連した死亡事故が起こると大変な事態になる。検証委員会の設置、委員の選出、遺族への対応、保育園への聞き取り、検証委員会の会議、報告書の作成など、膨大な時間、人員、経費がかかることになる。これだけの労力をかけた以上、実効性のある予防策を提示することが強く求められる。

 国からの通知には具体的な検証の進め方が細かく記載され、どのような情報を収集したらよいかの項目については下記のように挙げられている。

1 子どもの事故当日の健康状態など、体調に関すること等(事例によっては、家族の健康状態、事故発生の数日前の健康状態、施設や事業の利用開始時の健康状態の情報等)

2 死亡事故等の重大事故に至った経緯

3 都道府県又は市町村の指導監査の状況等

4 事故予防指針の整備、研修の実施、職員配置等に関すること(ソフト面)

5 設備、遊具の状況などに関すること(ハード面)

6 教育・保育等が行われていた状況に関すること(環境面)

7 担当保育教諭・幼稚園教諭・保育士等の状況に関すること(人的面)

8 事故発生後の対応(各施設・事業者等及び行政の対応)

9 事故が発生した場所の見取り図、写真、ビデオ等

 これらの項目をすべて網羅するにはたいへんな作業量が必要となる。報告書を読むと、ほぼ全ての項目について記載されているが、何が予防につながるポイントなのかがわかりにくい。今回のケースでは、「健康な子どもが転んでおなかを打ち、約半日後に死亡した」ので、2と5と9について詳しく調査して、そこを中心にした記録とすべきである。

 2016年3月に国から出された通知には、都道府県と市町村の連携の必要性や、あらかじめ検証組織の委員候補者をリストアップしておくことなどが記載されているが、めったに起こらない死亡事故に対して、事前にこれらの準備をしている自治体はほとんどないと思われる。事実、今回の検証委員会の報告でも、市町村ではなく都道府県が検証すべきと提言している。また、診療に当たった医師や警察官が検証委員会に参加する必要があるとも述べている。

 国は、実際に検証委員会を設置して検討した自治体からの意見をよく聞いて、「実行可能であり、予防につながる検証」の仕組みを構築する必要がある。