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幼児のプール事故、目で防ぐ?手で防ぐ?

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 立秋を過ぎても厳しい暑さが続いており、プールや海、川での溺水事故が頻繁に報道されている。7月の下旬に、あるテレビ局から「プール事故を防ぐ」ことについて取材があり、おもしろいことを経験した。

記事を見ると

 テレビで私のコメントが紹介され、それがインターネット記事にもなっていた。そのタイトルを見てびっくりした!その記事のタイトルが「子どもは『目が届く範囲に』!プール事故防ぐために」となっているではないか。

 私は「目が届く範囲」などと言った覚えはなく、「手が届く範囲」と言ったはずだ。そこで記事を読んでみると、「水遊びをするわが子を、もしもの事故から守る備えについて、NPO法人 Safe Kids Japan 山中 龍宏理事長は『小さい子どもであれば、自分の手が届く範囲内で泳がせておく』、『ともかく帽子の色をほかの子と違うとか、目立つ色にして、常に監視する』などと話す」となっていた。確かに私は「手が届く範囲」と言っていたのに、どうしてタイトルが変わったのか?「手」と「目」、そう簡単に言い間違えたり書き間違えたりすることはないはずだ。編集の仕事をしている人は、文章をまとめ、そのエッセンスをタイトルにするのが仕事であり、一般の人よりも文章に対する理解度、感度が優れており、言葉遣いについても注意深いはずである。その編集者が、タイトルとして堂々と「目が届く範囲」と書いたのは、それが社会の常識、通念、慣用句として定着しているからであろう。すぐにネット記事の編集部に連絡をして訂正してもらったが、安全に対する社会の意識はそう簡単には変えられないことを痛感した。

実際のプールでは

 8月6日、Safe Kids Japan理事の北村 光司さんから下記の情報提供があった。

 「週末に子どもを連れて昭和記念公園のプールに行ってきましたが、度々、『小さなお子様をお連れのお客様は、手が届く範囲で遊ばせて下さい。目が届く範囲ではありません。手が届く範囲です』という放送が流れていました。また、小さい子どもが一人で遊んでいる場合は、プールから出てもらい、監視員がいるテントに連れて行きます、という放送もありました。

 もともと監視体制が良いプールでしたが、これらの放送は今年初めて聞きました。その他にも、監視台から監視する監視員だけでなく、プールサイドを移動しながら監視する監視員、プールの中に入って監視している監視員も見かけました。監視員の交代も結構頻繁に行っているようでした。

 監視員も、溺れだけを見ているのではなく、浮き輪の上に座っている場合や浮き輪に複数人でつかまっている場合にも注意したり、プールの種類によって使って良い浮き輪の種類が決まっており、使えないものを持って入ろうとする人には声を掛けて注意していました。どこをどう監視するか、何を注意するかなどの教育をかなり受けているように見えました」

「目を離さないで」は使わない

 北村さんからの情報はうれしかった。実際のプールの現場で、「手が届く範囲で遊ばせて下さい」という放送が流れているのはすばらしい。

 昔、育児雑誌の取材を受けた時、「目を離さないで」や「注意しましょう」だけでは事故は予防できないと力説し、編集者は「先生のおっしゃりたいことはよくわかりました」と言って帰ったにもかかわらず、原稿となったものが戻ってくると、「注意しましょう」、「決して目を離さないでください」という指摘ばかりとなっていて、原稿の直しようがなくて困ったことが何度もある。育児指導をする保健師たちは、「手は離して、目は離さないで」という標語を盛んに言い続けてもいた。手をつなぐことは、「子どもを拘束してしまう」という悪いイメージがあったのかもしれない。

 子どもの事故の予防について話したり、書いたりする場合、つい、「注意しましょう」と言ったり、書いてしまうことがあった。そこで私は、事故予防の原稿が出来上がったとき、ワープロの検索機能を使って、「注意」、「目」などの言葉を抽出し、その部分を書き直し、決して「目を離さない」や「注意する」という言葉を使わないようにしていた。このような意識的な作業をしないと、社会の常識は変えられないのかもしれない。

 実は、私も20年前には「注意しましょう」、「気をつけましょう」としか言えなかった。その後、工学系の研究者と知り合い、「変えられるものを見つけ、変えられるものを変えることが予防」と認識できるようになり、それらの言葉を封印することができた。

 幼児のプールでの事故を予防するためには、「目は離して、手は離さない」のが有効であろう。一人の子どもからずっと「目を離さない」ことができるなら、それも有効であると思われるが、30分以上見続けるのはむずかしいのではないか。今回、「手が届く範囲で遊ばせて下さい」というメッセージがプールの現場で流されていることを知った。この動きが全国に広まることを期待したい。

【情報提供】

水遊びを楽しく安全にSafe Kids Japan

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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