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お子さんの園バスは安全ですか?~アメリカのスクールバスに見る「3つのE」~

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

園バスに乗れない子

 ある日、私のクリニックに5歳の女の子がおかあさんといっしょに受診してきた。「園バスに乗れなくて困っている」とのこと。話を聞くと、3週間前の夕方、乗っていたバスが横転し、シートベルトをしていたため宙づりになり、1時間後に救出されたという。幸い大きなけがはなく、身体に問題はないが、夕方になると不安になる、母親から離れられない、ちょっとした物音でも気にする、「どうして園バスにはシートベルトがないの?」と訴えて園バスに乗れず、困っているとのこと。これは、典型的なPost Traumatic Stress Disorder(PTSD:心的外傷後ストレス障害)である。「大きな事故に遭ったときは、小さな子どもでもPTSDになります。無理にバスに乗せないで、本人が怖がったり嫌がることは避けてください。落ち着くまでに数年はかかります」とお話して経過を見ることにした。事故から半年以上経っても時々フラッシュバックを起こし、朝のバスには乗れるようになったが、夕方のバスには乗れない状況が続いている。

保護者からの質問

 新年度が始まって一段落すると、多くの幼稚園や保育所では新入園児を歓迎する「親子遠足」が行われる。保護者も一緒に近くの公園に行く、あるいは通園用のいわゆる「園バス」に親子ともども乗り込んで、少し離れたところにある大きな公園や施設に行くというのが一般的であろう。その「親子遠足」で「園バス」に乗り込んだ保護者の方から、相次いでSafe Kids Japanにメールをいただいた。

「保育園の園バスにシートベルトが付いていないんです。生まれてこのかた、チャイルドシートなしでクルマに乗せたことなど一度もないのに、保育園のバスにはチャイルドシートどころかシートベルトもないなんて!」

「遠足で乗った園バスにシートベルトが付いていない上、『座席が足りないので、子どもは保護者の膝の上に乗せてください』と言われました。そんなことって許されるのでしょうか?」

 

園バスにはシートベルトを付けなくてもよいのか?

 2013年3月に国土交通省から発表された「幼児専用車の車両安全性向上のためのガイドライン」には、幼児用バスについて下記のように記載されている。

道路運送車両の保安基準(昭和 26 年運輸省令第 67 号)において、専ら幼児の運送の用に供する自動車(以下「幼児専用車」という)については、幼児専用車であることを表示することで他の運転者に対し注意を喚起する一方、

・幼児自らベルトの着脱が難しいため、緊急時の脱出が困難であること

・幼児の体格は年齢によって様々であり、一定の座席ベルトの設定が困難であること

・同乗者(幼稚園教諭等)の着脱補助作業が発生すること

等の理由から、座席ベルトの装備義務を除外している。

 「園バスにシートベルトが付いていないこと」は法律違反ではなく、その理由として上記3点が挙げられているのが現状である。しかし園バスだからといって衝突事故や脱輪事故等が起きないわけではなく、実際に毎年200~250件前後の事故が発生し、傷害を負う幼児は1999年~2008年の10年間で927人に上っている(一般財団法人 日本自動車研究所 安全研究部の鮭川氏らの調査:「幼児用バスに関する事故分析とユーザーアンケート調査結果 」)。この報告には、園バスへのシートベルト非装着について不安を持つ保護者の声なども掲載されている。

アメリカのスクールバス事情

 日本の小・中学生の多くは徒歩で通学しているが、アメリカでは逆に大半の児童・生徒がスクールバスを利用して通学している。チャイルドシートの使用率が90%を超えるアメリカのスクールバスには当然シートベルトが装着されているだろうと調べてみたところ、なんと全米50州のうち、44州でシートベルト装着に関する法律がないことがわかった。  

 そこで、Safe Kids Japan事務局の太田 由紀枝さんからSafe Kids WorldwideのTraining and Technical Advisor(交通安全担当)であるLorrie Walkerさんに問い合わせてもらったところ、確かに、多くの州でスクールバスへのシートベルト装着が義務付けられていないとのことであった。その理由を詳しくLorrieに教えてもらったので、その内容を紹介したい。以下に、太田さんのメモを示す。

スクールバスの情報が書かれているNHTSAのウェブサイト

 6月中旬のある日、Safe Kids WorldwideのLorrieとSkypeで話をしました。その内容をお伝えします。Lorrieに、まずNHTSA(米国運輸省道路交通安全局)のウェブサイトを開くよう勧められ、その検索窓に”school bus safety”と入力するとこの図のようなページが表れました。ここにスクールバスに関する情報が載せられているということです。

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スクールバスの車体

 まず、スクールバスの車体の安全性についてですが、NHTSAのサイトに「スクールバスは道路上のもっとも安全な乗り物です」とあるとおり、アメリカのスクールバスはきわめて重く、特に車体の総重量が1万ポンド(約4.5トン)以上の大型スクールバスは、乗用車や小型トラックと異なり、衝突力を分散するよう設計されているそうです。よって、バスに乗っている子どもたちへの衝撃は、乗用車やバンに乗っているときよりもずっと少ないそうで、Lorrieは「あの黄色い車体の中には動物園の檻のようなワイヤーが入っている」と言っていました。

 アメリカでは、児童の家が学校から1マイル以内にある場合はスクールバスサービスの対象外になることが多く、そのような場合は保護者が自家用車で送迎することになっています。NHTSAは「スクールバスでの通学は、自家用車による通学の70倍安全」と言っています。ただし、総重量が1万ポンド以下の小型スクールバスには、すべての座席にショルダーベルト等の拘束具を装着する必要があるそうです。小型スクールバスのサイズと重量は乗用車やトラックのサイズや重量に近いため、大型スクールバスのような機能は期待できないので、小型スクールバスのシートベルトは、子どもたちの保護のために必要なのです。

 また、スクールバスは道路上で特に目立つようデザインされており、おなじみの黄色い車体に赤いライト(車体の8か所で点滅)、クロスミラー、ストップサインアーム(停車時に車道側に飛び出す「止まれ」のサイン)などの安全機能が組み込まれています。

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スクールバス関連の法律

 スクールバスに関する法律もいくつか紹介してもらいました。スクールバスが子どもの家の前で停車すると、まず「ストップサインアーム」が車道側にバン!と飛び出し、同時に8か所の赤いライトが点滅を始めます。この状態になったら、バスの前後左右を走行中の車両はすべて停車しなければなりません。後続車両や他の車線にいる車両がバスを追い抜いたり、対向車がバスの横を走り抜けたりすることは違法です。もし子どもの家が四つ角に面していたら、四方向すべての車両が停車しなければなりません。違反した場合、州によって異なりますが、数ヶ月~1年間の免許停止に加え、10万円以上の反則金が課せられるということです。

 降車時に関する法律もあります。かつてある子どもがバスから降りた際に、その子どもの着ていた服のフードがバスの扉に挟まり、ドライバーがそれに気づかずバスを発車させ、子どもが引きずられて死亡するという事故が起きました。それを踏まえ、ドライバーは子どもたち全員が10フィート(約3メートル)離れたことを確認してからバスを発車させなければならないという法律ができたそうです。

 降雪時など気象条件が悪い日の走行についても、アメリカは非常に慎重です。たとえば降雪時は、自治体による除雪作業が完了した後にスクールバスの運行が始まります。「雪が降って通学に時間がかかるから早めに家を出る」のではなく、除雪が完了し、安全が確保されたことを確認してからゆっくり登校するということでした。

ドライバーの資格と子どもたちへの教育

 バスの運転士が持つべき資格、およびバスを利用する子どもたちへの教育についても教えてもらいました。アメリカのスクールバスドライバーは、犯罪歴がない、ドラッグやアルコールの問題がない、悪質な交通違反がないなどの条件をクリアした者が特別なトレーニングを受け、試験を経て認定されたプロフェッショナルです。安全走行のためのトレーニングだけでなく、乗降時および乗車中の子どもたちの教育や特別な配慮が必要な子ども(心身に障がいを持つ子どもなど)への接し方、緊急時の誘導や救急救命などのトレーニングを、乗務を始めてからも定期的に受けなければなりません。

 また、子どもたちも早い段階からスクールバスの乗り方、降り方、バス車内での過ごし方を学びます。しかしLorrieによると「それでもバス車内でけんかをしたり、バス停でふざけ合って道路に飛び出してケガをする」ことがあるそうで、「アメリカではバスの車内の安全より、バス停の安全の方が深刻な課題」ということでした。

 さらにLorrieは、「アメリカのスクールバスはきわめて安全に作られているけれど、それでもシートベルトが付いていないことに不安を持つ保護者は多い。彼らは赤ちゃんを産んだ産院から退院する時に、病院のスタッフからチャイルドシートの選び方や設置方法を学ぶ。クルマに型式の古いチャイルドシートが設置されていたり、適切に設置されていなかったりすると、赤ちゃんに問題がなくても退院許可がおりない。子育てのスタート時点でそのように教育されているので、子どもが乗るスクールバスにシートベルトが付いていないことにびっくりする保護者も多い。子ども達も生まれた時からチャイルドシートに座ることに慣れているから、シートベルトのないことにやはり驚くけれど、次第にシートベルトで拘束されない自由さが気に入ってしまって、自分の家のクルマに乗る時にチャイルドシートやシートベルトを嫌がるようになってしまう子も多い。乗用車はスクールバスとは違うので必ずシートベルトを付けなければならない、ということを教育するのが逆に大変だ」と言っていました。

アメリカのスクールバスに見る「3つのE」

 アメリカのスクールバス事情を見てみると、「3つのE」によって子どもたちの安全が守られていることがよくわかります。あらためて振り返ってみます。

Environment(製品改良・環境改善)

  スクールバスの車体の安全性

Enforcement(法整備)

  同じ道路を走る車両への罰則付きの規制

Education(教育)

  ドライバーや子どもたちへの教育

 アメリカではまずEnvironmentとEnforcementによって「通学の安全」に関わるほとんどの問題を解決し、それでも解決しきれない課題(バスの乗降方法、車内での過ごし方、バス停での待ち方など)をEducationで解決しようとしていることがわかりました。(報告:太田 由紀枝)

わが国の「園バス」の課題解決に向けて

 さて、それではわが国において「園バス」の安全性をどのように高めるか、がこれからの課題である。冒頭に紹介したように、わが国でも国交省のワーキングチームが5年前から園バスの安全性について検討を行い、主にEnvironment(シートベルトの設置など)の分野における具体的な解決策を提示し、事業者による開発も進んでいる。今後は法整備も同時に進めていかなければならないが、まずは全国から園バスに関連した事故の情報を収集して実態を明らかにし、分析を行って具体的な予防方法を検討する必要がある。その上で、今まであまり注目されなかった「園バスの安全性」に関する情報を、子どもが園バスを利用している保護者や、これから子どもが園バスを利用する可能性のある保護者に提供することが求められる。

 冒頭で紹介した保護者の方たちは、園長先生に聞いても、運転士さんに聞いても、園バスの安全性に関する十分な情報は得られなかったと話していた。わが子が毎日乗っている園バスにどのような安全対策が取られているのか、たとえば、シートベルトが付いていなくても衝突時に衝撃を吸収する座席の構造になっているのか、窓ガラスは割れにくい、または飛散しにくいガラスを使用しているか、ドライバーはどのような基準で採用され、どんなトレーニングを受けているのか・・・などを一目でわかる表にしてウェブサイトに掲載するなど、「園バスの安全情報の見える化」をまずは進めてほしいと考えている。

おわりに

 今回、保護者からの問い合わせがきっかけとなり、園バスの課題について考えることができた。Safe Kids Japanでは、このような質問、疑問に答えていきたいと思っているので、何か気づいたこと、気になることがあれば連絡していただきたい。

 園バスの問題についてSafe Kids WorldwideのLorrieには適確な情報提供をいただき、心よりお礼を申し上げたい。Safe Kids Worldwide から提供いただいた関連資料を以下に添付しておくので参照されたい。

Types of School Buses- Type A has seat belts; the other types may have seats belts

What you need to be a school bus driver

Laws for drivers relative to school buses

Safe Kids Worldwide: Walk Your Child To School Day

School bus stop safety

Federal Head Start Checklist (Early Childhood Pre-school)

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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