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サッカーゴール等の転倒事故を防ぐ ~その1~

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 今年も元旦にサッカー天皇杯の決勝戦が行われた。そして現在は全国高校サッカー選手権大会が開催されている。1月は特にサッカーに注目が集まり、盛んに行われる時期だ。しかし、同時に事故が多発する時期でもある。

また起こった事故死!

 2017年1月13日、大川市の小学校校庭でハンドボール用ゴールが転倒し、小学校4年生の男の子が亡くなった。その新聞記事を読んで、「まだ、こんなことが起こっているのか!」と愕然とした。10年以上前にも同じ事故が起こっている。そして、自分が13年前に書いた部分を読み返してみた。

 驚いたことに、2004年の1月13日にも同じ事故死が起こっていた。怒りとともに、哀しくなってしまった。なぜ、こんなことが起こり続けるのだろうか。文科省からは、平成21年3月、22年3月、24年7月、25年9月など、毎年のようにサッカーゴール等の転倒による事故防止の通達が出されているが、まったく効果は見られていない。私も、13年前にゴールを固定する必要性を訴えていたが、そんな指摘は何の役にも立たなかった。

 これ以上、同じ事故を起こしてはならない!そのためには、自分で取り組むしかないと決意した。幸い、この10数年のあいだにいろいろな人と知り合うことができた。文科省関係の会議で、弁護士の望月浩一郎先生と知り合いになった。彼も、あちこちでサッカーゴールなどの転倒事故が起こっていることを問題視し、「文科省は、ゴールの固定が必要と指摘しているが、何kgの重りで固定すればいいのか、気をつけて運べと言っているが、何人の人で運ぶのが安全なのか示してほしい」とおっしゃっていた。そこで、1月下旬に望月先生に連絡をとった。「もうこの状況は放置できない!われわれでやりましょう」と意見が一致した。

勝手連の誕生とシンポジウムの開催

 望月先生は、一般社団法人 日本スポーツ法支援・研究センターを母体にした弁護士の方々や教員、新聞記者に声をかけ、私は産業技術総合研究所(産総研)のグループにお願いした。2017年2月9日の夜に皆で集まり、今回の活動の趣旨を確認しあった。その後、2月末と4月にも会議をしていろいろな準備をし、7月にアンケートや実験を行った。2017年8月27日、「これで防げる学校体育・スポーツ事故」シンポジウムを早稲田大学で開催した。

サッカーゴール等に関連した事故の統計

 日本スポーツ振興センターが保有する災害共済給付データを用いて、2014年度に発生した負傷・疾病108万8,587件から「ゴール」で抽出した2,554件を対象に分析したところ、75.3%(1,921件)がサッカーゴール、15%(394件)がバスケットボールゴール、7%(190件)がハンドボールゴールによる傷害であった。最も多いサッカーゴールによる傷害は、72%(1385件)が「ゴールに衝突、あるいはゴールやネットにつまずき・引っかかり転倒」、15%(281件)が「ゴール運搬、設置準備、片付け時」、9%(170件)が「ぶら下がりや跳びつきによる傷害」であった。また、「ゴールの転倒による傷害」は29件発生していた。このようにゴールに関連する傷害は、死亡に至らない軽症事故まで含めると、学校管理下では、1年間に膨大な数が発生していた。

実験結果と提言

 ゴールの転倒時の挟まれによる衝撃力を力センサで計測すると、アルミ製:最大18,980[N]、鉄製:29,283[N]であり、どちらも頭蓋骨骨折を発生する値(3,500-5,000[N])を大きく上回る値であることがわかった。また、ゴールが転倒する要因となる「跳びつき、ぶら下がって揺らす行為」によってゴールがどのような力を受けるのかを計測すると、ゴールを転倒させる力(地面と平行の向きの力)は最大405[N]の力が発生していた。

 重りなどの固定がない場合、サッカーゴール(アルミ製)を転倒させるのに必要な水平力は最小242[N]であり、上述した405[N]より小さいため、一人の中学生がぶら下がって揺らすだけで容易に転倒してしまうことが明らかになった。

  実験結果から、ゴールの転倒による死傷事故の予防のためには、

1)アルミ製であっても、鉄製であっても、ゴールの固定が不可欠である。

2)一人ぶら下がるだけでも、ゴールを転倒させる危険がある。ゴール運搬時などゴールを横にする作業の際には、一人がぶら下がって転倒させるのではなく、複数人で横にする必要がある。

3)重りや杭などを用いた固定方法によってゴールを倒れにくくすることは可能であり、固定用の製品も販売されている(下記参照)。固定方法を確認し、100kg以上の重り、もしくは杭で固定する必要がある。

 この3つの提言を8月27日のシンポジウムで発表した。

【参照】

株式会社 ルイ高 

有限会社 太悦鉄工 

継続した研究活動の必要性

 今回は、自発的に行った活動であった。これに関わった人は総勢40人くらいである。実験器具の製作、運搬、会議費、交通費など、少なく見積もっても300万円くらいはかかっているはずである。今回のような活動は、本来は学校安全や消費者安全を主務とする公的な機関が取り組むべきものと考え、日本スポーツ振興センター(以下、JSC)に問い合わせてみた。

 JSCの予算を見ると、年間の予算額は約188億円(平成28年度)である。死亡見舞金としての支払額は一人当たり2800万円、障害見舞金は最高3700万円となっている。

 例えば、年間予算の0.1%(1800万円)を今回行ったような予防策を明確にする研究活動に投ずれば、傷害の発生が抑えられて子どもたちの安全が確保され、保険金(共済給付金)の支払額も少なくなるはずである。JSCによると、現時点ではこのような研究活動に予算を使うことができないとのことである。そうであれば、規則を変更して、予防のための継続的な研究活動を行う必要がある。

 最近では、野球の練習時の歯の外傷を予防するため、歯科医の先生方が数百万円の研究費を準備して、2つの高校でマウスガードを使用した介入研究が行われているが、本来はJSCやスポーツ庁が企画すべき課題であると思う。

おわりに

 今回、具体的な指針を示すことができた。何かしようとするとき、できない理由として行政担当者が必ず言う「前例がない。予算がない。私の担当ではない」ということばは誰からも一回も聞かなかった。できない理由も、一回も耳にしなかった。前例がないからできないのであれば、課題は永久にできないことになる。直面する課題に取り組むには、何とかしようという強い意志と、ともかく何かやってみる必要がある。これをモデルとして、今後も傷害予防に取り組んでいく所存である。今回の活動に関わった皆さま、本当にありがとうございました!

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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