「イラン有事のための自衛隊派遣」に反対する人たちは、丸腰で紛争地域を通る日本のタンカーを見捨てるのか

(写真:ロイター/アフロ)

 アメリカ・トランプ政権によるイラン革命防衛隊のスレイマニ司令官暗殺の影響もあり、アメリカとイランの間で緊張が高まりました。その後、イランが報復の形で駐イラクのアメリカ軍基地をミサイル攻撃し、対立が一層深まる情勢にはなっています。一時期は、原油価格(WTI)も敏感に跳ね上がりました。見ようによっては第三次世界大戦(WW3)前夜なのではないかと見まごうぐらい、日本を含むアメリカ支持各国と、中国・ロシアに代表されるイラン支持とで分かれる展開となりました。

 その一方で、アメリカに対してイランは事前に強い警告を行い、この報復攻撃による被害者について「アメリカからは死傷者ゼロ」「イランからはアメリカ軍に死傷者多数」という異なる情報が発信されました。イラン国民の英雄とされてきたスレイマニ司令官ほかの殺害に対するイラン国内の抗議運動よりも、それより前から続いていたイラン国内での景況感悪化と生活必需品であるガソリンなどの価格高騰に対する社会不安のほうがイラン国民の不満が募っていたことなどから、本件は第三次世界大戦(WW3)ではなく、アメリカとイランによるプロレス(WWE;アメリカの著名なプロレス団体で、トランプ大統領も就任前にWWEに登場するなどした)なのではないかという論評まで出てきました。

 そもそもが、スレイマニ司令官らは単にイラン国民の英雄というよりは、一種の戦争犯罪者的に見える厄介者の側面も否めず、必ずしもイラン政府やイラン国民からの支持を強く受けてきたわけではなかったようです。

 もちろん、両国で計算された納得づくの攻防が、偶発的な事態の発生により、連鎖的に局地戦から総力戦に発展する危険性はないとも言えず、中東地域に原油などエネルギー依存を高めている我が国のシーレーン防衛は重要なファクターです。この不安定な状況に対してエネルギー輸入国として地域の安定に資する活動を取ることは、日本が果たすべき責任であるという議論が出るのも確かです。

 それもあって、事態が流動化しているタイミングを逃さず、防衛大臣である河野太郎さんはいち早く中東地域への海上自衛隊派遣を進めています。

防衛相、自衛隊の中東派遣「閣議決定変更せず」(日本経済新聞 20/1/8)

 また、本件のスレイマニ司令官殺害の経緯とは別に、すでに河野太郎さんはイランとの外交の中で中東への自衛隊派遣に対して昨年12月に了承を得ていると報じられ、さらにその前の昨年8月には、今度は外務大臣として河野太郎さん自身がイラン外務大臣のザリーフさんと地域の緊張緩和や情勢の安定化に向けての話し合いを進めてきました。もちろん、外務省の現場がかなり頑張って日本・イラン間の関係改善に腐心してきた経緯があり、確かにアメリカとイランの間での緊張が高まり続けている一方、我が国なりの独自外交で努力を払ってきたこともまた一面としてはあります。

【報道発表】日・イラン外相会談(外務省 19/8/27)

自衛隊派遣、イランも理解 河野防衛相(時事ドットコム 19/12/6)

アメリカとイランの緊張下における日本の役割は何か?(YouTube 20/1/9)

 しかしながら、日本の外交努力をどれだけ果たしても、限界があります。18年5月に米トランプ政権がイランを巡る核合意(核技術の利用の制限に関する合意)から脱退し、今回イランがこの核合意で残るEU諸国とイギリス、中国、ロシアとの制限を守らない発表をしています。1月5日、テヘラン・タイムズはイラン政府の発表として「イランはウラン濃縮ならびに核燃料の備蓄や核の研究開発のレベルに対する、いかなる制限(核合意)にも今後は縛られない」と伝え、事実上の核兵器開発への駒を進める方針を明確にしました。

 必然的に、今回イランの対米方針を支持すると表明した中国、ロシアの黙認のもと、イランは核兵器開発に邁進する可能性は極めて高いだけでなく、北朝鮮などの国家との相互の技術供与が行われ始めると地域の安定化を進めたい日本からすれば悪夢と言えます。

 そして、こうなってしまうと日本に打てる手はほとんどと言っていいほどありません。せめて、いままで丸腰で中東地域のエネルギー輸送を担ってきたタンカーなど海運に対して、海上自衛隊による保護を加えてシーレーンの防衛を行うというエスコートを実施するぐらいしか、日本の国益を護持する方法はないという残念な現実が、そこにあります。

 中東地域に海上自衛隊を派遣することは、中東で日本の権益を守り存在感を示すための作戦であるというよりは、もっと退嬰的な問題であると言えます。つまり、アメリカとイランの間でプロレスを超える事態が発生してしまい、万が一、この地域の紛争が激化してしまったら、日本のタンカーが襲われて甚大な被害が人命や資源確保面で発生してしまうので、無防備に航行する我が国の資源ぐらいはきちんと守らなければならないという「一翻上がった」事態への対処です。

 それまでは、比較的安全なアデン湾周辺に海上自衛隊が護衛艦を出すという方針で安倍政権は閣議決定しており、日本の介入を望まないアメリカとイラン双方の顔を立てる必要に迫られていたものが、今回の事態により、さらにイランに近く緊張が高まるオマーン湾での活動を日本政府、防衛省、海上自衛隊は企図していくことでしょう。それは、アメリカとイランの戦争にコミットすることではなく、日本人の生命とシーレーンを確保するために不可欠なものであることは言うまでもありません。

 当然、海上自衛隊の当該地域への派遣に関しては賛否あります。その根底にあるのは、繰り返しになりますが中東・イラン情勢における日本の存在感のなさです。アメリカを同盟国として持ちながら、対イランではほぼベストに近い外交努力を払ってきたにもかかわらず、です。

米イラン対立 首相、橋渡し直後に緊張エスカレート 自衛隊派遣変更なしも懸念の声(産経新聞 20/1/6)

米国・イラン激突危機…こんな時に自衛隊を「中東派遣」して大丈夫か(現代ビジネス 半田滋 20/1/7)

 結果として、このアメリカとイランの対立が先鋭化しなければ、総理である安倍晋三さんの中東歴訪が予定されていました。一度はこれが中止になると報じられ、この時期だからこそ行くべき、いや、自重するべきと議論百出のなか、やっぱり行くわという話に推移しているようです。無力感すら抱くこの問題について、我が国の軸足は無理にアメリカとイランの問題に介入することではなく、付近を航行して日本のエネルギー調達のために従事している日本人をしっかりと守り、地域と航行の安全をきちんと確保することなのではないかと思います。

 我が国におけるこのアメリカとイランの問題の本質は、むしろ、この問題にコミットできるほど地域に日本が刺さっておらず、重視もされず、イランの核合意の枠組みにも入っていない状況で、どれだけ外交努力を重ねてもこの地域のプレイヤーにはなれていないことです。もちろん、イスラームの中東世界で日本が果たせる役割は大きくないと割り切って、通商・エネルギー調達などの分野以外では引き続き深入りしないという選択肢もあります。しかしながら、日本は結局どういう役割を果たすためにこの地域に足を踏み入れているのかという中長期的なブループリントなしに単に商売だけやっているからこそ、イラクのクウェート侵攻以降は「カネだけ出せ」的な微妙な立ち位置であり続けることになります。

 戦争を望まない日本が地域の安定に寄与できることは誇りであり、派遣される海上自衛隊が立派に日本人の生命と資源輸送を守ってくれることを期待するとともに、日本国民もいま一歩、世界の中で日本が果たすべき役割について議論が深まればいいなと思わずにはいられません。