ゴーンさん「海外逃亡」と我が国の人質司法、および前田恒彦さんの本件事件への言及について

(写真:ロイター/アフロ)

 日産元会長で、刑事事件の被告人となり現在保釈中であったカルロス・ゴーンさんが、年末にトルコ経由でレバノンに海外逃亡していた件で、ゴーンさん自身もレバノンから声明を出す一方、各メディアもゴーンさんの逃亡については批判的に報じる一幕がありました。

ゴーン被告逃亡、国内メディアも一様に卑劣さ非難(AFP 20/1/1)

 一方、本件についてはコンテクストがあり、すでに郷原信郎さんが指摘されているように、日本の刑事司法における非人道的で、人権保障的に問題のある状況であることに変わりはなく、法律上は一定の条件が揃えば保釈されるべきところ、長期勾留もあり得る状況である問題は重視されてしかるべきことです。

ゴーン氏出国は「単なる刑事事件」の被告人逃亡ではない~日本の刑事司法は、国際的な批判に耐えられるのか(ヤフーニュース個人 郷原信郎 20/1/1)

 ただ、それは制度全般にかかる問題で、制度に問題があるからと言って、日本のルールに則ってゴーンさんの弁護人弘中惇一郎さんらの奔走もあって保釈となったゴーンさんが、保釈の条件にもある「海外渡航の禁止」をぶっちぎってトルコ経由でレバノンに逃走してしまう問題とは別のものです。人質司法の問題と、特別背任の容疑で起訴されて公判待ちをしているゴーンさんの海外逃亡の問題とは本来別問題であり、確かに問題がある制度が日本で常態化しているからといって日本のルールを自ら破って海外に逃げていいのかという話になります。

 また、逃亡先のレバノンでの裁判をゴーンさんが模索しているとの報道がアメリカでも出ているようですが、レバノンだけの問題ではないのでしょうが内戦状態が続いていたころから汚職が蔓延し、司法の独立性が60位台のレバノンに何を期待しているのか良く分からない部分があります(日本の司法の独立性は世界5位)。

ゴーン被告出国、準備に数週間か レバノンでの裁判模索―米紙(時事ドットコム 20/1/1)

カルロス・ゴーンさんのレバノンへの無断出国は、日本の司法にどのような傷を残すのか(YouTube 山本一郎 19/12/31)

 一連の事件で我が国の検察庁についてフォローする必要はないのでしょうが、結果として意図せず日本の司法の後進性をよりによってゴーンさんに海外で喧伝されてしまうことを考えれば悪夢以外の何者でもありません。いまの日本の刑事司法はセーフなのだと強弁することではなく、これを機に、法律通り保釈については求められた場合に適切な条件の下で行われるようにしてほしいと願います。この場合の人質司法とは、まだ犯罪者とはかくていしていない被告人を実に劣悪な環境である拘置所に長期間勾留することができてしまうことを含むのですが、これがゴーンさんの海外逃亡の理由としては不充分であるとしても、一石を投じることにはなるのでしょうか。

 また、意外と日本では忘れられているかもしれませんが、ゴーンさんはルノーでのトラブルもあってフランス警察から家宅捜索を受けています。ゴーンさんの件ではフランス政府の態度は比較的冷淡で、今回の逃走劇にフランス政府が強く関与したという情報は特に出ていません。

仏警察、ゴーン被告宅を捜索 ベルサイユ披露宴の捜査で(AFP 19/6/14)

 いずれにせよ、レバノンや我が国の報道を見る限りでは、情念としては「こんなことを平気でやる人がルノー・日産・三菱アライアンスの会長だったのか」と思わずにはいられませんが、それ以上に海外逃亡を行ったゴーンさんについてはきちんと粛々と問題視して対処する一方、批判の絶えない人質司法の問題については本来あるべき法律通りの運用に戻し、適切な形で定められた条件さえ整えば逃亡の恐れのない被告人に対しては保釈されるべきと思います。

 ところで、今回一連の事件の解説において、前田恒彦さんがコメントを寄せておられました。内容的には納得できる部分もあり、多くのユーザーから「参考になった」がつけられています。

読売新聞「弘中弁護士『寝耳に水』…ゴーン被告の出国『報道で知った』」に対する前田恒彦さんのオーサーコメント(19/12/31)

 しかしながら、この元特捜部主任検事の前田恒彦さんにはこの事件について間接的に遠因があり、厚生労働省・村木厚子さんの冤罪事件では前田恒彦さんが担当検事として証拠を捏造して争っていたところ、その前田恒彦さんの証拠捏造を暴いて村木厚子さんの無罪を勝ち取った弁護人こそ、今回ゴーンさんの弁護人として「寝耳に水」発言をされた弘中惇一郎さんだったわけです。

 あくまで報道の通りであれば、ゴーンさんは海外逃亡するにあたり弁護人である弘中さんらにその計画を打ち明けるメリット自体がゴーンさんにとって皆無であり、もしも打ち明けたところで助けにならないばかりか、弘中さんが弁護人を辞任するような騒ぎになってしまえば計画が露顕したり失敗に終わるリスクが高くなってしまいます。弘中さんとしても、この件においては忸怩たる思いでしょうし、やり場のない感情を抱いてもおかしくない、同情すべき事案であったと思わざるを得ません。

本当に弁護人の言うとおり「寝耳に水」だったのであれば、「無罪請負人」や「刑事弁護界のレジェンド」といった綺羅星のごとき弁護団はゴーン氏から全く信頼されていなかったということになります。

ゴーン氏は絶対に逃げないし、弁護団が責任を持って逃さないと大見得を切っていたわけで、完全にハシゴを外された形です。

 常識で考えて、このような事案で「信頼されていなかった」と外部から判断できる要素は現段階ではまったくなく、仮に弁護人が十全な対策を取っていたのだとしても富裕層の被告人が海外逃亡をするための方法論はかなり選択肢があることも含め、弁護人に黙って本気で(後先考えずに)海外逃亡を企図しようとしたならば、これは弁護人がいくら気を付けていても、また保釈者の監視を所轄警察署長が行っていたとしても防ぎきることはむつかしかったのではないか、と思います。

 あくまで依頼者のためにまずは保釈を勝ち取る目的で「責任をもって逃さない」と大見得を切ったとしても、さすがに因縁浅からぬ前田恒彦さんが弘中惇一郎さんを本件で酷評するのは適切とは思えません。もしも本件のような事件を論じられるのであれば村木厚子さんの無罪判決において主任検事であった前田恒彦さんフロッピーディスクの証拠改竄を図り、それを弘中惇一郎さんらに暴かれた結果、前田恒彦さんは法曹資格を剥奪され、また、東京地検特捜部以下我が国の捜査機関の社会的信頼を地に堕としたこともまた、知られておくべきだと思います。

 いずれにせよ、本件ゴーンさんの事件については、本人の海外逃亡の件はこれはこれで違法で卑怯なものであるとしたうえで、一方で、人質司法批判に対して適切に日本の裁判所、検察当局もあるべきところへ立ち返る必要はあるのでしょう。この問題の行く末も含めて、興味深く見守っていきたいと思います。