企業が社員の脳波を監視する時代が到来(東急の釈明を受けて、追記あり)

(写真:西村尚己/アフロ)

 数年前に文部科学省が音頭を取って野心的なプロジェクトを推し進め、その中で出てきた研究テーマがあまりにも個性的すぎて話題となったことがありました。

「スーパー日本人を育成しハピネス社会を実現」 阪大の“脳マネジメント”研究が戦闘力上がりそうと話題に(ねとらぼ 16/3/2)

笑いごとではない「スーパー日本人」@阪大 垣間見えるのは科学技術政策へのツッコミ不足(ヤフーニュース個人 榎木英介 16/3/4)

 さすがにその後「スーパー日本人」という不思議な単語を聞く機会はほとんどなくなってしまいましたが、この研究テーマを提唱した大阪大学COI拠点のホームページには今も「『セルフエンパワーメント社会』を支える“スーパー日本人”」といった感じでスーパー日本人という単語が華々しく踊っておりまして、まったくぶれていない姿勢には感じ入るものがあります。

「セルフエンパワーメント社会」では、一人一人が自ら活き活きとした生活を切り拓く、“積極的自立社会”をめざす(概要|大阪大学COI拠点)

 で、この大阪大学COI拠点から生まれたスタートアップベンチャー企業にPGV株式会社というのがあります。

阪大COI拠点発ベンチャー、PGV(株)の事業が本格稼働!―ブレインIoT、脳波ビッグデータの社会還元促進に期待―(プレスリリース 17/3/3)

 同社は大阪大学COI拠点で開発された小型・軽量でワイヤレス通信にも対応したパッチ式脳波センサーを利用して社会生活に役立てようという提唱をしています。

社会実装(PGV株式会社)

ユーザーの無意識な反応を理解することで行動原理を解明し、マーケティングや商品開発の向上を目指します。アンケート等の事後的な調査に頼らず、より正確なニーズを反映する事が可能です。

出典:PGV株式会社

 脳波を計測するだけでこんな分析まで可能だと謳われているのですがこれは本当なんでしょうか。単純にこれだけ見ると単なるニセ科学のレベルを超えない代物のようにも見えますし、そもそもこの脳波の測り方だと頭皮や耳を意識的に動かせる私は凄い信号がたくさん出ることになります。とても使い物になるレベルには見えない割に凄そうなことが書いてあるので大いに気になるところですが、どちらかというと脳波からそうした情報をセンサーで引き出すことが期待され、それに向けて開発が進められていると解釈するのが適切なのかもしれません。このほか睡眠状態や作業中の注意力・集中度、情動などのモニタリングも脳波測定で可能だとされていますが、やはり以前私が睡眠の状態をスマホでモニタリングできるという触れ込みのアプリを使ってみたところ、一晩計測してもまったく深い眠りのない状態と計測されてしまい、使い物にならないので即刻アンインストールした経緯もあります。

 類似の脳波ビジネスはおそらく他社でも色々と開発が進められていると思うのですが、まさにそうした脳波測定サービスの一つを一般企業が導入して社員の就業状態をモニタリングしてしまおうという最先端かつ野心的な事例が紹介されておりました。

東急不動産が渋谷ソラスタの新本社を披露、従業員は脳波センサー装着(日経xTECH 19/9/30)

新本社の従業員は頭部に脳波測定キットを着用し、測定データを基に「ストレス度」「集中度」「興味度」「快適度」「わくわく度」の5つの指標を可視化する。

出典:日経xTECH

東急不動産、瞑想や緑化を取り入れた新オフィス公開--働き方改革を見える化(CNET Japan 19/9/30)

従業員はウェアラブル端末を身につけ、発話量などを測定。組織間・エリアごとのコミュニケ―ションを定量的に可視化する「コミュニケーション分析」を実施する。

また、脳波測定キットを着用しての、脳波測定も実施。「ストレス度」「集中度」「興味度」「快適度」「わくわく度」を可視化でき、執務スペースや会議室内の植物が脳に与える影響を確認する。

出典:CNET Japan

 脳波に加えて発話量まで監視されてしまうといのはすごいですね。もちろん、そのようなものが正確に把握できるのならば、という仮定のうえで。社員の皆さんは就業時間中まったく気を抜けないのではないかと余計な心配をしてしまいますが、おそらくは執務スペースや会議室内に配置された植物が荒んだ心を癒やしてくれるので問題ないということなのでしょう。これこそが“働き方改革”であり、こうした環境からあの“スーパー日本人”が生まれるのかと思うとわくわくします。

 しかし、気になるのは東急不動産で導入される脳波測定キットの精度でして、精度が高ければ高いほど信頼性もあるであろうことはいいとして、もし脳波の異常などが検知された場合、その社員の扱いはどうなるのだろうかという点です。脳波検査(測定)はとくにてんかんの診断において重用されているわけですが、もし社員が就業中の脳波計測でてんかんである疑いが発覚してもそれを理由に人事で不利なことになるようなことが起きなければいいのですが。もしそうした事態が起きてしまうようであれば人権問題にもつながりかねないわけでして、オフィスで脳波を常に測定するというのはなかなか微妙なところへ踏み込んできた感があります。脳腫瘍の早期発見ができて治療も無事に済んで良かったというような展開であれば美談にもなるのでしょうか。

 宇宙船のような特殊な環境ではなく普通のオフィス勤めの会社員でも常時各種測定デバイスを身につけて仕事をしなければならなくなるとは大変な時代になったものだなと感じるばかりです。

 一方で、東急不動産もいま手掛けている渋谷再開発が終わってしまうとやることが無くなる一方、本来の社名である「東京急行電鉄」から電鉄を外して「東急」として、いわゆる大東急に再編でもしたいのかという憶測が出ている状態です。新しいものに前のめりになり過ぎて、東急から変な電波が出ていないことを祈るのみですが、社員の脳波は労務管理の一環にとどめ、目的外使用をすることがないよう祈るのみでございます。

(追記 3日 20:26)

 本件記事を書いた日経XTECHや、筆者を含め東急に質問し広報対応を打診した先に対して、その後釈明の連絡がありました。

 内容については、弁護士ドットコムがすでに報じています。

「従業員に脳波測定キット」が波紋 東急不動産は「記事の修正を依頼中」と困惑(弁護士ドットコムニュース 19/10/2)

例えば、一般的に言われている「緑がある環境は落ち着く」といった言説について、脳波測定キットを使って会議室内の植物が脳に与える影響を確認。測定したデータを分析し、顧客のオフィス作りの提案に活かすという。今後、脳波測定キットを顧客に販売することはないという。

広報担当者は「誤解が広がっているが、社員の気持ちを把握するといった使い方ではなく、提案の際のデータとして使うものです」と話した。

同社は移転前のオフィスでも、執務スペースの卓上を緑化した場合の変化を測定。結果については8月8日のプレスリリースを出している。

 東急はまったく理解していないようですが、そもそも脳波で「緑がある環境は落ち着く」かどうかの測定などできません。起きている時間帯の脳波はノイズが多く、原則としてまったく使い物にならないためで、リラックス効果があるから覚醒時に特定の脳波が出るという言説そのものが立派な「ニセ科学」です。

 これをモデルとして東急が第三者に働きやすいオフィス環境のモデルとして提案するのだとするならば、騙されて導入してしまった脳波測定の仕組みを、騙されたままさらにオフィス環境改善提案の具にするというダブルで騙されている話になり、東急はいったい何を考えているのかという話に直結することになりますので、この釈明が事実だとするならば即刻事業を中止するほうが東急の職場環境のためではないかと思います。