香港情勢から見る、米中対立構造と東アジアの安全保障を日本人はどう捉えるか

第一回東アジア・デモクラシー研究会のようす(筆者撮影)

 去る9月20日、東アジア・デモクラシー研究会と銘打ったシンポジウムが開催されました。

第1回 東アジア・デモクラシー研究会(Peatix)

一般社団法人ユースデモクラシー推進機構

 シンポジウムのテーマは「香港問題」に対する解釈はどうであるべきか、私たちが考えるべきこと、できることはあるのかという内容だったのですが、登壇者たちの問題意識や会場の面々の興味は多方面に及び、香港の歴史、香港を見る中国政府の目、また香港市民を冷たい目で見る中国人の本音といった話題が広がりました。また、この「香港問題」をアメリカがどう把握しているのか、どのように関与しようとし、何を目指しているのかという基本的な概念も示され、アメリカと中国の対立構造が先鋭化する中で、収まらない「香港問題」は単に「逃亡犯条例をきっかけとした、中国が目指す『一国二制度撤回』に対する香港市民による広範な抗議運動」というレベルの話ではないのだ、という事態が解題されていきました。

■中国における香港とは

 「中国の強権性と官製アナーキズムが東アジアにもたらす影響」というお題で中国からみた「香港問題」が中川コージさんによって説明され、多層に渡る中南海(中国政府)の感情と、あまり一筋縄ではない実情が語られます。もちろん、単に中国が「香港、気に入らない」というレベルの話ではなく、中国共産党・中国政府というより中華圏が何千年にもわたる国家の勃興、統治と衰亡、そして混乱という歴史を繰り返す中で編み出した中国人固有の情感に基づいた何かが「香港問題」をより混乱深きものたらしめている、という認識を持っておられるようでした。

 また、中国経済や社会全体における香港の地位が相対的に低下したことで、単なる中国外縁部のローカル都市の事例に過ぎない問題であるものが、海外勢力からの「介入」によって騒ぎが広がり、中華圏内外での多様な報道合戦の果てに面白おかしく料理されているにすぎないようにも感じられました。中国人には分かるけど外国人には無神経に見える中国的な配慮があることもまた、きちんと解説されていて興味深かったです。あまり習近平さんの話が出てこなかったのですが、ある意味で国力の伸長局面が続く中国にとって、いわゆる「待ちガイル」的な守り具合を丁寧にお話ししておられました。

■トランプ大統領の実益的な戦いと、アメリカ固有のイデオロギー論争

 みんなが大好きな「俺たちのトランプ」がこれらの「香港問題」にどうかかわろうとしているのかについて、渡瀬裕哉さんから「トランプ政権の東アジア戦略と香港騒乱に対する米国議会の動向」というテーマではない感じで広くアメリカの態度に関する解説が為されていました。

 アメリカの政治姿勢についてトランプ的な「中国一国を封じ込めればいいのだ」という従来の考え方から、現在対中タカ派とされる超党派の「専制国家・共産体制を他国に広げようと影響力を行使する中国を許すわけにはいかない」とするアメリカ固有の考え方も改めて披露されました。第二次世界大戦後の対ソビエト連邦との冷戦時代前夜を思わせるアメリカの思考が、冷戦終結から30年を経て中国一国を抑え込むのではなく中国自体の専制主義的な統治が悪、それを経済的理由で受け入れさせようとする行為が悪ということで、ガッとシフトしつつあるよねという話であります。

 個人的には、アメリカの考え方はとても良く理解できるわけですが、日本人だけでなく世界のエリートがアメリカに留学したりビジネスで訪問する機会も多いので、アメリカの考え方やイデオロギーを一定の粒度で受け入れているのは間違いありません。

伸びる国力を背景に、対アメリカでは様子伺いに徹する習近平さんの解説(撮影は筆者)
伸びる国力を背景に、対アメリカでは様子伺いに徹する習近平さんの解説(撮影は筆者)

■パネルディスカッションで語られた「で、日本はどうするのか」

 香港を取り巻く米中対立などの「大構造」に対して、日本がどうすればいいのかという点については、パネルディスカッションにおいても憂慮が表されました。

 ユースデモクラシー推進機構の仁木崇嗣さん、一般社団法人Pnika代表理事の隅屋輝佳さん、一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事の関治之さんに混ざって、私もパネルに加わったのですが、中川コージさんからは「中国からすれば、日本は『超大国』扱いから『地域大国』に格下げになったので、あまり政治宣伝などの攻勢の対象にならなくなった」という指摘から始まり、安全保障の観点からも日本は「地域大国(リージョナル・パワー)に過ぎない」という東アジアにおかれた日本の立場の再定義から議論が始まったのが印象的でした。

 まあ、それを言い始めたらファイブアイズとされるオーストラリアやニュージーランドにはいったいどれほどの力があるのだろうという気もしなくもないのですが、民主主義国としての日本が「香港問題」に関わるにあたっては、中国にとっての内政問題である「香港問題」を扱った最後の着地が全く見えないのは事実でありまして、情緒的に香港市民を救えと言っても具体的に何を目指し、どういう活動に落とし込むべきなのか判然としないあたりはやはり問題ではないのか、と思われるわけです。

 翻って、同じ中国の外縁部の問題としては、台湾(台湾海峡)問題や北朝鮮・韓国(朝鮮半島有事)問題に南シナ海への海洋進出など、中国の膨張政策と経済進出がセットで動いている事案についてだけでなく、これはもう完全に中国の国内問題になりますが新疆ウイグル、チベット、モンゴルなどでの抑圧的な中国政府による人権問題への対応が求められている部分があります。

 アメリカなどは、牧歌的に中国が成長したらいずれ民主化するだろうと思っていたのが「思っていたのと違う」という進み方になったという渡瀬裕哉さんからの解説もありつつ、実際にはテクノロジーをうまく使って中国がより強く専制主義的な国家統制を強めているのも事実であるわけで、ようやくアメリカが問題に気づき対処を始めたというのが実情であるとも言えます。

 そうなると、日本の民主主義に対しても中国の影響がいずれ強くなっていくのであれば、沖縄も含めて香港や台湾、東南アジア諸国と同様に中国からの介入の対象にならざるを得ないという危機感が出るわけで、アメリカのネオコン的な対中タカ派の懸念も理解できなくもない、というのが正直なところではないかと私は思います。

 つまりは、日本に求められていることとは「で、日本は何を理想とするんですか」という問いへの解であり、それはすなわち、日本とは何者であり、何処へ向かっていこうとしている社会なのかという自己規定そのものであろうということです。日本をこういう国にしていくのだ、という話は百論出るところではありますが、このような問題に対して明示的に「中国の人権問題について日本はこういう態度で取り組む」とか「香港問題は民主主義の危機であるとして、日本が主体的に東アジアの安全保障についてリーダーシップを取る」とはなかなかならないというのが実情です。

 単に「日本にはそこまでの実力はないよ」という話でもあるのですが、悲観的に見られていても世界3位の経済大国である日本が一億人以上の人口を有し、東アジアの安全に対するビジョンを分かりやすい言葉で明示的に安倍晋三政権も示せていない状況というのは少し残念なことです。安全保障局長の谷内正太郎さんが退任し、外交的な価値を外にどう構築していくのかはさらに問われる局面になっているはずなのですが、どうにかならないものでしょうか。

 補遺として、10年以上前に、当時の麻生太郎外相が提唱した「自由と繁栄の弧」と題した日本外交戦略があります。

我が国の重点外交政策「自由と繁栄の弧」(外務省)

「自由と繁栄の弧」をつくる 拡がる日本外交の地平(外務大臣 麻生太郎 日本国際問題研究所セミナー講演 2006)

 とにかく世間一般には麻生太郎さんの人気がないもので、非常に重要な国益に関する議論がさっぱり深まらないまま埋没していってしまったのは残念なことで、10年以上の時を経てここに来てようやく南シナ海の海洋進出や香港・台湾事案、さらには朝鮮半島からの具体的な在韓米軍撤退と続いて、チベットでの人権問題まで起きてようやく「日本が担うべき役割とは」という深淵な命題に直面して右往左往した結果、中国との関係改善を急ぐ日本政府は「香港問題」に対する踏み込んだ発言は無し、河野太郎外相(当時)が個人的な見解として意見を述べるにとどまりました。

 逆に言えば、日韓関係でようやく日本政府が毅然とした対応を取り始めたのは良いとしても、世界の中の日本がどのような役割を主体的に担い、普遍的な価値を世界各国と共に築いていくのかという視点があまりきちんと整理されないまま、世界情勢がどんどん悪化して、知らないうちに米中対立の最前線に日本が立ち、朝鮮半島有事ではもはや味方とは言えない韓国がややこしい状態になると最前線は文字通り福岡のすぐ北、対馬海峡が38度線になることを忘れてはならないと思います。

 しかしながら、日本にとって有利だから、不利だからという話だけではなく、いま困難に直面し、政治的に参加ができない非民主的な香港についてはもう少し我が国がきちんと関与できる方法はないのかなあ、と感じてしまいます。深刻な物事を捉え直すという意味でも、今回は実に有意義なシンポジウムでした。