香港「100万人デモ」に見る、中国によるアジア覇権の脅威の捉え方

(写真:ロイター/アフロ)

 6月28日29日の日程で大阪でのG20サミットが開催されますが、それに先駆けて福岡で行われた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の裏で、香港で市民100万人を超える参加者による大規模デモが発生しました。香港で拘束された刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡せるようになるよう、香港政府が改正する「逃亡犯条例」に反対するデモとされます。

香港で大規模デモ 容疑者移送条例に反対(産経新聞 19/6/9)

香港の反政府デモ、警察と激しく衝突 100万人参加か(朝日新聞デジタル 19/6/10)

 金融セクターとしての機能を持つ香港において、この手の大規模デモによる政情の不安定化は市場への影響も大きいわけですが、バックグラウンドとして、現在の香港はかつての「成長著しい中国へアクセス可能な独立した金融セクター」という絶対的な立場を中国市場そのものの成長と中国共産党による同一化政策によって失いつつあります。

 香港の成長率は2018年は3%台と見込まれるだけでなく、19年第一四半期以降はさらに成長が鈍化すると見られています。

 また、あまり話題になりませんが香港の合計特殊出生率は1.20まで低下、日本以上の少子化に悩まされ、香港を捨ててアメリカやカナダ、オーストラリアに移住しようとする市民(家族)の数も再び増加に転じ、台頭する中国の影響を拭い去れない香港の悩みが直撃するかのような大規模デモには、日本人として同情と共感を禁じ得ません。

 同じ問題は、朝鮮半島問題を抱える韓国や、安全保障上の脅威を直接受けている台湾、東アジアでの安全保障でリーダーシップを握れていないロシアなどにも及び、中国との経済的結びつきを強めてきたASEAN諸国やパキスタン、インドや中央アジア諸国でも同様の状況に陥っています。中国との経済的な結びつきが強まるほどに、中国からの政治的要求が高まり、ときとして、その内容が周辺諸国にとっての固有の価値や民主主義、資本主義などの考え方と正面からぶつかり、制度や仕組みが国民を売り渡したり、危険に晒したりすることを怖れて反中国的な大規模デモの発生という形で症状を起こすことになります。

 我が国日本においては、中国からの直接の不安定工作の対象は特に沖縄であり、尖閣諸島の接続水域内への中国船の航行も珍しくなくなりました。もちろん、辺野古基地移転問題など沖縄で暮らす人たちの生活の安全と直結する問題については賛否議論があるわけですが、いかにピュアにこの問題に取り組もうとも、周辺への影響力拡大を狙う中国が興味を持たないはずがありません。これらの経済的、政治的な中国の膨張により外交面でのプレッシャーだけでなく各国の国民生活の動揺も際立ってきており、アメリカとの貿易戦争をトリガーにした米中冷戦時代の幕開けを思わせる状況の悪化は、いま以上に「日本の立ち位置はどこにあるのか」を議論していかなければならないところへ追い込まれました。

 日本国内の報道だけ見ていると、香港で何が起きているのか、いまひとつボヤッとして読み解けないのかもしれません。民主主義や人権、資本主義といった価値観を共有しない中国からの政治的な圧力になぜ香港人が103万人も集まって、そして香港の生命線である経済力をある程度犠牲にしてまで守ろうとしているものは何かが見えづらくなるのもまた事実です。

 例えば、いま日本で仮に「安倍晋三政権はおかしい」と日常的に口にしたり、SNSで投稿したりすることには何も問題ありません。安倍政権の閣僚を口汚く罵っても、官邸や省庁の有力者を馬鹿にしても、連れ去られたり逮捕されたりする危険性はまずありません。高度成長期を終えて戦後の制度がそのまま存続した結果、あちこち改革していかなければならない喫緊の問題はあるとはいえ、日本は法治国家として概ね安全で穏やかに日々を暮らしていけるという点では非常に上手くいっていると言えるでしょう。

 しかしながら、いま香港に住む人たちが直面している問題は、文字通り自分たちがイギリス統治以降ずっと培ってきた透明な司法制度が中国共産党や中国政府による一国二制度政策の動揺によって脅かされ、香港人の目から見て不公正に見えるであろう中国共産党の支配下にある司法制度に取って代わられる可能性があるのだとしたら、いまの繁栄はいっとき捨ててでも守らなければならないものがある、と香港人が考えてもそれほどおかしくはないと思います。

 いまの日本人にできることは、戦後日本の価値観である民主主義、人権、国民に与えられた自由など、香港人と共通の価値を持っていることを理由に香港人の行動を理解し、共感し、支援して、彼らが大事だと思う、守りたいものを護持できるよう働きかけることではないかと感じます。それは、今後、我が国が深刻な国力の衰退で滅亡の淵に立ち、望まない価値観や制度の強要を隣国から求められ、日本人自らが立ち上がらなければならなくなる可能性に対する、想像力の問題だと思います。香港人は香港にとって大切だと思うものを守るため、多くの市民が立ち上がっていることを傍観することが、日本の将来にとって良いこととは思えません。ひょっとしたら、いま立ち上がっている香港人は未来に立ち上がらなければならなくなる日本人かもしれないからです。

 同じことは、台湾でも、新疆ウイグルでも、チベットでも、他の地域でも起きているかもしれません。

 私は保守主義者ですが、この問題については、リベラル、保守主義の差なく正面から捉え、考えて行動するべき事案なのではないでしょうか。