岡口基一・東京高裁判事のツイート「言論の自由」と「被害者の感情」とを巡る、国会訴追委の攻防(追記あり

 先日、高裁判事の岡口基一さんが、Twitterでの不適切なツイート(投稿)を巡り最高裁判所から戒告処分を受けるという事案がありました。書かれたツイートの内容は、拾われた犬の所有権が元の飼い主と拾った人のどちらにあるかが争われた裁判に関する情報提供に留まる程度のもので、分限裁判の審問手続きの結果、最高裁から全員が一致で「戒告が相当」だと判断されてしまいました。

岡口裁判官を最高裁が戒告処分 SNS発信での懲戒は初(朝日新聞デジタル 18/10/17)

 一方、岡口さんはTwitterにおいて筋トレで仕上がった肉体を白ブリーフ一枚の状態で撮影して投稿したり、居酒屋で隣の席に居合わせた緊縛師に試しに縛ってもらう写真などを披露し、物議を醸していました。

 本件では、当時東京高裁長官にして現最高裁判事の戸倉三郎裁判官が、裁判官における対外的表現として「白ブリーフはセーフ」「縛られている画像はアウト」という、世に名高い『戸倉基準』を策定したことで、岡口さんは日本における表現の自由関連の問題の最先端を行く判事としてますます著名となったわけであります。

 詳細は『データが語る日本財政の未来』などの名著もある弁護士・明石順平さんのツイートをご覧ください。この戸倉三郎さんは見る限りとてもフェアでまともな御仁に見えます。そして、先の最高裁戒告処分での全会一致には戸倉さんは高裁での厳重注意での当事者でもあるため欠席されています。

エリート裁判官、半裸画像投稿して「注意」 ファンら「個人の自由では」と大擁護(J-CAST 16/6/28)

 その岡口基一さんが行ったツイートにおいて、再び「被害者感情を損ねる」という理由で国会の裁判官に対する訴追委員会にかかるというので騒ぎになっています。

ツイート判事に被害者の父親「反省見られない」(読売新聞オンライン 19/3/19)

 もともとは一昨年、岡口さんのツイートに対し殺害された高校3年生の女性の親族が問題視していたもので、被害者感情を損ね、最高裁に対して処分を求める要望書を出していたものです。

“裸体投稿”の高裁判事が女子高生殺害事件で無配慮ツイート 「被害者への尊厳、全くなし」と遺族が厳重処分要望(1/2ページ)(産経ニュース 17/12/26)

 東京都江戸川区の自宅アパートで高校3年だった岩瀬加奈さん=当時(17)=が殺害された事件に関し、東京高裁の岡口基一(きいち)裁判官(51)がツイッターで配慮のない投稿をしたとして、遺族が26日、高裁に厳重な処分を求める要望書を提出した。

 事件では、高裁が今月1日の判決で無職の青木正裕被告(31)を無期懲役とした1審東京地裁判決を支持し、控訴を棄却。

(略)

 遺族や代理人弁護士によると、岡口裁判官は同15日、実名のツイッターアカウントで「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」「そんな男に、無惨にも殺されてしまった17歳の女性」などのコメントとともに、判決の主文などが記載されたデータのリンクを投稿した。

出典:“裸体投稿”の高裁判事が女子高生殺害事件で無配慮ツイート 「被害者への尊厳、全くなし」と遺族が厳重処分要望(産経ニュース)

 問題の入り口は、この岡口さんのツイートを「ちゃかしていると感じる」かどうかだけではなく、岡口さんのプライベートで書かれたツイートに対して、判決文へのリンクを貼る行為に対して被害者感情による「お気持ち」で弾劾したり、国会で訴追する必要があるのか、という点です。

 組織に勤める者は、プライベートであっても簡単な課題提起の文章に添えて判決文を示すという情報提供もしてはならない、それを被害者を含めて関係者が不快であるならば対外的に記述することも問題だ、ということなのでしょうか。

 一見すると、岡口さんや代理人が主張する組織に勤める者の『表現の自由』はまずは第一の論点です。

 ところが、この遺族の会見で、気になる表現が複数ありました。

裁判官ツイート問題 遺族が会見「一度でも謝罪があれば」(goo ニュース NHKニュース&スポーツ 19/3/20)

東京高等裁判所の裁判官が、女子高校生が殺害された事件をめぐるツイッターへの書き込みなどで国会の裁判官訴追委員会の調査を受けている問題で19日、被害者の遺族が会見し「裁判官には反省の様子がみられない。一度でも謝罪があれば、ここまでのことにはなっていない」と訴えました。

出典:裁判官ツイート問題 遺族が会見「一度でも謝罪があれば」

 この被害者の遺族が記者会見で本当に「一度でも謝罪があれば」と言ったのであれば、問題です。

 すでに岡口さんは吉崎佳弥・東京高等裁判所事務局長から、被害者に対する謝罪の意図はあるかと問われて「その意思がある」と回答しています。しかしながら、この謝罪の申し入れは、被害者遺族の代理人から謝罪を受けることを拒否する旨の文書が東京高裁に届いたとされています。

 報道でも、岡口さんは「インターネットの記事を要約しただけだが、傷つけたのであれば軽率で、弁解の余地はなく申し訳ない」と語っているとされており、高裁での事情聴取の内容がメディアではこのように報じられているのに、被害者にだけ謝罪の意図が伝わっていないのだとすれば非常に不自然です。

 つまり、

 東京高裁が被害者代理人に対して嘘をついていたか、

 被害者や被害者代理人が記者会見の席で嘘をついたか、

のいずれかであることになります。この記者会見を受けて、岡口基一さんも自身のブログで経緯を説明されています。

不適切ツイート判事、東京高裁が懲戒申し立て 最高裁、分限裁判へ(産経ニュース 18/7/24)

遺族の方々が謝罪を拒否した経緯(分限裁判の記録 岡口基一 19/3/19)

 突き詰めると、東京高裁が遺族側代理人にまず謝罪をしているのは「本来ならば実名や判決などを公開しないはずの性犯罪の情報が、高裁の手続きミスによってうっかり公開されてしまった」ことです。これは、東京高裁の単純な手続きミスです。単純なミスですが、被害者やご親族からすれば、たまったものではありませんので、ここは本当に被害者感情が昂っても不思議はありません。同情しかありません。しかしながら、そうだとすると、本来はネットに掲載されてはならないその判決文のURLリンクを岡口基一さんがTwitterで正面から取り上げ、岡口さんの発信力の高さゆえに多くの人たちが見てしまった、という話にすぎないのではないでしょうか。

東京高裁が遺族に謝罪 判決文を誤ってHP掲載(産経ニュース 18/2/2)

高裁によると、性犯罪などの判決文は、裁判所の取り決めで本来はHPに掲載しないが、職員が誤ってアップした。

 この問題は、事件を担当していない高裁の岡口基一裁判官(51)が自身のツイッターに、判決文が掲載されたHPのアドレスと感想を投稿したことで発覚。投稿内容に不快感を覚えた遺族が昨年12月、岡口裁判官の処分を高裁に求めた。

出典:東京高裁が遺族に謝罪 判決文を誤ってHP掲載

 東京高裁のミスで判決文が掲載されていたのを岡口さんが晒したから被害者遺族がそれを知ってムカついたのであって、ちゃかしているとか反省していないというのは後付けなのではないでしょうか。

 これらを見ると、ごく純粋に岡口さんのインターネット上での存在感も含めて望ましいものではないとされたうえで、東京高等裁判所の事務処理上のミスが重なって、これらの判決文が被害者の実名付きで流通してしまった原因として岡口さんが指弾され、その口実として、被害者感情を傷つけるという無理筋な意味づけが強引に行われたように見受けられます。

 つまりは、岡口さんに対する分限裁判にまで話をエスカレーションさせてしまった東京高裁のメンツの問題であり、また、それに乗せられて国会での裁判官訴追委員会まで組んでしまった国会のメンツの問題でもある、ということに他なりません。このような本来の言論の自由に関わる問題ですらないはずの被害者の「お気持ち」によって現役高裁判事が国会で吊るし上げられる事態になっているのは、日本の民主主義において望ましい結果をもたらさず、組織に勤める者の言論の自由に対する信頼感を委縮させるだけなのではないでしょうか。

 拳を振り上げてみたものの、降ろしどころがなくなって、立場的に弱いところへ問題を押し付けることは比較的良くあることです。

 ただ、本当に優れた為政者や責任者は、問題の解決にあたって『筋論』をきちんと論じ、頭を掻いて軌道修正するところまでやれてこそだと思うのですが、どうでしょうか。

 もはや、本件問題は「岡口基一さんがどういう存在であるか」ではなくなっています。高裁や国会などの組織のメンツの問題で、国民が信頼する憲法第21条『表現の自由』がアリバイ的な「被害者のお気持ち」に蹂躙されて、メディアと一体となり岡口さんが村人に吊るされる状況をどう解決するのかではないかと思います。

 事情を知れば知るほど悲しい気分になります。事態が良きところで収まることを期待してやみません。

(追記 17:26)

 補遺として、弁護士ドットコムのニュースについて触れておくべきと思うので、以下に記事掲載します。

「岡口裁判官は罷免に当たる」女子高生殺害事件の遺族が批判…国会訴追委に訴追請求(弁護士ドットコムニュース 19/3/19)

岡口裁判官を擁護する専門家の発信については、正史氏が「色んなコメントが、目に入る。会ったこともない憲法学者や弁護士が、表現の自由を掲げて(擁護して)いるが、我々がやられていることを理解しているのか。大事な娘を殺された人がいることは正直理解してほしい」と話した。

出典:「岡口裁判官は罷免に当たる」女子高生殺害事件の遺族が批判…国会訴追委に訴追請求

 本件については、被害者の心情も理解できる一方、判事の職を罷免するような分限裁判や国会での訴追委員会に発展させ、仕事を奪う動きになることに対する懸念であり、常識的には裁判官でもなければ民事で行われるべきことで、単に岡口さんのツイートに対する問題よりもはるかに大きい事態になってしまっていることも広く理解されるべきでしょう。

 これを受けて、被害者の親族とされる人物のアカウントでは(敢えて記事では実名が出ないよう配慮したつもりでしたが、すでに公にTwitterで言及されているので掲載します)、以下のように書いておられます。

リツイートありがとうございます。書かれております通り私が抗議をした際には数分後に投稿は削除されました。高裁側の誤掲載がわかると判決文をさらに拡散し厳重注意処分が出ると急に謝罪をしたいと高裁を通して連絡がありましたので、私達はその申し出を書面にてお断り致しました。

出典:Yumiko Iwase

 このアカウントがなりすましではない、という前提での話になりますが、ご息女を惨い事件で失ってしまわれたご心痛、ご心労には同情を寄せたいと思います。一方で、記者会見のニュアンスや真意がどうであれ、まずこの内容はご遺族の「お気持ち」に関するものであって、なぜこんなに事実関係のところですれ違っているのだろう? という素朴な疑問は感じます。

 岡口さん、高裁事務局と被害者遺族(および代理人)との間に状況認識の齟齬はあるのかもしれませんが、(1)岡口さんの高裁を通じての謝罪を書面で遺族側が謝絶していることは事実のようです。一方、(2)謝罪をしたいと申し入れたのは高裁からという認識を遺族側が持ち、岡口さんは事務局吉崎さんから謝罪の意図はあるかと問われた形になっています。しかしながら、弁護士ドットコムの記事では「遺族による訴追請求状によると、2018年3月に東京高裁を経由して岡口裁判官から、謝罪の申し出があった」とされています。

 訴追に関しては、今後どのような展開になるのか分かりませんが、訴追請求の根拠はやはり犯罪被害者等支援法になっていて、「犯罪被害者としての生活平穏を害」されたとするツイートが「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」「そんな男に無惨にも殺されてしまった17歳の女性」の投稿と、高裁が間違えてアップした判決文へのURLリンクにすぎないのだとするならば、やはり国会での訴追を求める形ではなく民事でやるべきでは、と思う次第です。