じげん社の代表取締役・平尾丈さんが、格闘ゲーム関連で壮大な与太話をダイヤモンドで披露(お詫びあり)

(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 ゲームセンターや家庭用ゲーム機を使ったゲームのプレイヤー人口の拡大とオンライン化が進み、世界でもシューティングゲームや格闘ゲームの高い技量で勝敗を競う「e-Sports」が話題になるケースが増えました。いまではオリンピック室内競技に採用するかどうかも国際的な議論になるなど、さまざまな障害もありつつ日本でもちょっとした潮流になりつつあります。

 そんなe-Sprortsの先駆けとも言えるゲームセンターの対戦格闘ゲームについては、いまでもこれらのe-Sportsタイトルとして重視されており、いまでこそ対戦格闘ゲームの乱立やゲーム性の複雑化などもあってプレイヤー人口は頭打ちであるものの貴重な柱として多くのプレイヤー、ゲーム配信者、ファン層を魅了しています。

 そんななか、ダイヤモンド編集長自らが先日東証一部上場企業にまで成長させたじげん社代表取締役の平尾丈さんのゲーマー伝説ぶりをわざわざ記事にしているというので、これはと思い見物してみました。

 リードテキストからして、何か凄いゲーマーのように見えます。何と申しますか、天才は違いますね。

プロゲーマーだった中高時代、「底知れない1位」という存在にこだわりたい/じげん社長・平尾 丈 | イノベーターの育ち方(ダイヤモンド・オンライン 19/2/25)

時代を変えるイノベーターとして活躍する若きリーダーたちは、どう育ってきたのか。今回はじげんの平尾丈社長。中学・高校時代はゲーマー、大学時代は学生起業家として名を馳せ、リクルートに入社後、25歳でグループ最年少社長に。MBO(経営陣による買収)で独立し、3年で東証マザーズに上場、昨年は東証1部上場まで果たした輝かしい経歴の持ち主だ。(聞き手/「週刊ダイヤモンド」編集長 深澤 献)

出典:プロゲーマーだった中高時代、「底知れない1位」という存在にこだわりたい/じげん社長・平尾 丈 | イノベーターの育ち方 | ダイヤモンド・オンライン

 このじげん社平尾丈さんは1982年生まれ。ところが、記事の中身を見てみますと、私もゲーマーとして通っていた新宿西口のスポーツランド(当時の通称「西スポ」)に居たそうです。私のメイン戦場は日吉のセントラルか、同じ新宿のスポーツランド本館(通称「本館」)、パセオで、西口の大会にもまあまあ顔を出していた時代のことに見えるのですが、比較的顔と名前をよく覚える私ですら平尾さんについてどうしても思い出せません。まして、85連勝された経験がおありであれば、コミュニティノートにそれらしい記述があって騒ぎになっていてもおかしくないのですが。ひょっとして、西スポではない別のゲームセンターの野良対戦で連勝しました、という話なのでしょうか、それならまだ分かりますが、きっと天才ですから平尾丈さんは陰ながら連勝記録を伸ばしまくっていたのでしょう。西スポで頑張っておられたJOE氏は明らかに別人なので、私たちの知らない別の丈さんがいた(当時、小学生か中学生)ことになります。改正風俗営業法前ですが、どちらにせよ18時が入場制限ですかね。

 ちなみに私のプレイ遍歴で申しますと、スト2シリーズはザンギエフとダルシムがメイン、その後、KOFシリーズでは怒りチーム(ハイデルン入り)、バーチャファイターシリーズではラウ、ストゼロではソドムとダルシム、ヴァンパイアシリーズではザベル(某大会で準優勝)、ファイティングヴァイパースではバン、鉄拳シリーズはジャック、スト3はネクロで、そのあとはスパイクアウト(リンダ使い)、三国志大戦、ダービーオーナーズクラブ、ガンダムシリーズなどを経て現在に至ります。いまではe-Sports系のビジネスの裏方や資金調達をやったり、ゲームメディアで連載などをさせていただいております。

 で、平尾さんの記事には気になる記述が多々ありまして。

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──自由にできないからこその集中力。

 はい。時間制限のある中で集中してやることが訓練になりましたし、動体視力が鍛えられて、格闘ゲームもすごく強くなっていきました。当時、フレームレートは1秒当たり60フレームが主流でしたが、それがどの程度見えるかで、プレーヤーの強さが決まり、キャラクター性能を超えた戦いができるようになるんです。

 格闘ゲームというのは大体グー・チョキ・パーの三すくみの構造で、あるキャラのこの技は、このキャラやこういう動きには強いけど、こっちには弱いといった関係になっています。でも、例えば「ストリートファイター2」では、リュウとケンというキャラが持つ「昇龍拳」という技は、例外的に無敵になる“外れ値”がある。

 基本的には飛んできた相手を落とす技なんですが、相手がぴくりと動いた瞬間に繰り出せれば、誰にでも勝てるんです。

 昇龍拳はコントローラーの「前・下・斜め・パンチ」というコマンド操作で出します。4動作なので理論上、相手が動いてから技を繰り出すまでは最速で4フレームです。さすがにそれには追い付けませんが、相手の挙動を感じて7、8フレーム後に打てれば、たいてい勝てます。これが分かってから85連勝しました。

出典:プロゲーマーだった中高時代、「底知れない1位」という存在にこだわりたい/じげん社長・平尾 丈 平尾 丈(Joe Hirao)/じげん社長

 確かに当時から昇竜拳を先打ちする微妙なプレイヤーはたくさんいましたが、本館大会準優勝、ゲーメストの大会で予選敗退レベルの凡プレイヤーであったザンギエフ(ダルシム)使いの私からすると、この手のプレイヤーは単なるお客さんです。と言いますか、動体視力とか相手の行動を読み切って昇竜拳先打ちすることで得られるメリットよりも、昇竜拳が外れて無防備に着地したところをにこやかな笑顔でザンギエフに吸われるリスクのほうがはるかに大きい。あまり上級プレイヤーでは見ないプレイスタイルですが、平尾丈さんはなにぶん天才ですので、それでもかなりやっていけたのかと感じます。

 また、相手の挙動を感じて7フレームも前に先打ちしても、昇竜拳の根元で当てなければ大したダメージではないし、博打大昇竜拳を立ちガードでもされようもんなら素敵なザンギエフがしゃがみ小P×3→しゃがみ大Kでもされますし、一発でピヨらせる垂直ジャンプ大Pすら狙われてしまいます。ザンギエフ使い的には平尾さんのやり方は非常に難易度が高いだけでなくメリットが少ないのであまり見かけない戦法だ、という風に感じるわけであります。

 確かに対戦格闘ゲームが流行して85連勝もできた時代はあったわけなんですが、ずいぶん昔のことだから、平尾さんはディテールをもう忘れてしまっている、ということなのでしょうか。でも、ゲームスピードのレートが60フレームが主流(1秒間に60コマでゲームシステムを稼働させること)という記述があり、これはいまでも60フレームをプレイアブル基準にしている格闘ゲームが多く、記事にある昇竜拳も小で出しても3フレーム発生にかかります。どうも入力に4フレームかかるという意味で記事は書かれていますが、平尾丈さんは15分の1秒で昇竜拳コマンドを出し切る天才だったということなのでしょうか。普通は昇竜拳のコマンドだけ先に入力しておき、相手が牽制の技を出してきそうなときにPを押して昇竜拳を合わせるのが基本的な立ち回りですが、ザンギエフから見れば先にコマンドを入れているリュウケンは不自然なダッキングをするので「あっ、昇竜拳あわせたそうだな」と思って技を出さず正面から吸いに行きます。中足払いを出しているあいだにコマンドだけ入れておくこともできますが、中足などが返るフレームが無駄になるぶん昇竜拳の出るフレームは短くなり、あまり有効な方法ではありませんし、相手から昇竜拳合わせられそうなのにわざわざ牽制の立ち中キックとか出す上級者はいません。一般的に、本当に優れた格闘ゲームプレイヤーがスムーズに出す昇竜拳コマンドは右向きで8フレーム前後、左向きで10フレーム前後とされ、むしろコマンド入力の速さよりもリバーサルカウント内にコマンドを完結させてボタンを押す正確さのほうが重要視される部分でもありますので、平尾丈さんのような天才が感じている壁と我々のような凡プレイヤーとでは認識している難易度に違いがあるということなのでしょう。

 なお、動体視力が如何によくとも人間固有の反射神経の限界は0.2秒から0.24秒ほど、およそ12フレームはかかりますので、それよりも早く相手の動きを見切って昇竜拳を出すことができるのだとするならば、おそらく視覚でゲーム画面を認識しておらず、霊体感知や未来超予測のレベルで相手の行動を先読みし確信して昇竜拳を打っていることになり、平尾丈さんはやはり天才ということになります。また、昇竜拳もスパ2までは上昇中無敵でしたが、その後は発生6フレのみ無敵に修正されました(小昇竜の場合)。無敵でなくなると、サガット同様上昇前に吸われることがごくまれにあります。

──ものすごい動体視力ですね(笑)。ゲームの道に進むという選択肢はなかったのですか。

 プレーヤーとして東京ゲームショーに招待されるようにもなって、将来はゲーム会社に就職しようと考えるようにはなっていました。ただ、ゲームはどうしてもお遊びの延長で、大会で優勝しても100万円分のおもちゃ券をもらうくらいで、金券ショップで換金して学費の足しにはしましたが、その程度だったんですよね。

 そもそも、制約条件のある中で頭を使って、人とは違う自分だけの技を編み出して1位になるのは好きだったんです。でも、インターネットの普及で、自分が編み出した技が掲示板などに書き込まれてすぐに広まるようになり、翌日には自分のコピーのような敵と戦うといったことが増えて、どんどんつまらなくなっていきました。しかも、自分の頭で考えているわけじゃない相手が、意外と強い。お金も稼げないし、少しずつゲームから離れるようになりました。

 今、eスポーツが盛り上がっているのを見ると、そっちの道に進んでいたらどうなっていたかなと思うこともあります。オリンピック選手にもなれていたかなと。

出典:プロゲーマーだった中高時代、「底知れない1位」という存在にこだわりたい/じげん社長・平尾 丈 平尾 丈(Joe Hirao)/じげん社長
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 その自分だけのプレイで1位にこだわる平尾丈さんですが、プロゲーマーとして東京ゲームショウに招待され、100万円のおもちゃ券をもらったそうです。さすが天才ゲームプレイヤー、100万円の金券ギャラを提示されるというのは驚きです。一昨年、私が4Gamer.netで東京ゲームショウのブース出演をしたときのギャラが一桁万円でしたから、やはり天才とその辺の野良ザンギエフ使いでは扱いが違うなあと深く恥じ入る次第です。

 ところで、前述しました通り平尾丈さんのお誕生日は82年11月25日だそうです。一方、記事でも繰り返し例示されているストリートファイターシリーズですが、一番対戦台が盛り上がっていたであろう『ダッシュ』のオペレーターへの発売開始が1992年4月、『ターボ』が92年12月、『スーパースト2』が93年10月です。それを考えると、ゲームショウ出展でプレイヤーとして高額ギャラを貰い登壇していたということになりますから、リリース前のゲームショウが9月ですので92年9月か、93年9月のことなのではないかと思います。ゲームショウのエキシビジョンでe-Sports的なゲーム大会が行われていたという話は聞いたことがありませんので、平尾丈さんを呼ぶためだけにカプコンなどパブリッシャーは何かステージイベントでもやっていたのでしょうか。凄いことだと思います。

 したがいまして、平尾丈さんのご出生が82年で事実だとするならば、実に満9歳(92年9月)、または満10歳(93年9月)でのご出馬という話になります。さすがに天才は頭角の顕し方が違います。

 しかしながら、東京ゲームショウの第1回は、1996年です。スト2以外・それ以降の格闘ゲームで東京ゲームショウに呼ばれた、ということなのでしょうか。確かに各パブリッシャー・ゲームメーカーは自社パビリオンでゲーム大会などのイベントをプレイアブル出展と一緒にやるのが恒例にはなっておりますので、この天才・平尾丈さんを呼ぶために100万円のおもちゃ券など金券を労働役務の対価として出していたとしてもまったくおかしくはありません。読者としては、決して疑ってはならない事案ではないかと思います。

 なお、すでに市況かぶ全力2階建でも取り上げられていますが、テレビ番組「社長名鑑」では大人と「12~13歳の平尾丈さん」とが対峙する回想画面が引用されています。

じげん社長の平尾丈さん、プロゲーマーとしての中高時代を引っ込みがつかない武勇伝を混じえて豪語(市況かぶ全力2階建 19/2/26)

 そうだとすると、94年発売の『スーパーストリートファイターII X-Grand Master Challenge-』が主戦場だった、ということなのでしょうか。それでも東京ゲームショウにはエキシビジョン出典はされていません。1996年にカプコンブースで出ていたのはたぶん『ヴァンパイア セイヴァー The Lord of Vampire』ではないかと思います(グッズを貰った記憶があります)。中学1年生だった天才平尾丈さんが新宿カニスポなどでスト2対戦台にいたとなれば、私も絶対に見たことあるはずなんですがねえ…。

 そんな天才と、ひょっとしたら私も大学生のころ対戦していたのかも知れず、羽生さんとか藤井さんとかに将棋倶楽部でコロコロ負かされるアマチュアみたいな体験をしていたことになるのでしょうか。

(修正 22:56)

 本件記事の内容につきまして、ストリートファイター2シリーズのFPSが60フレーム(毎秒60コマ)であるとの記述をしたところ、複数のご指摘があり、実際には59フレームから59.2フレームであるとのことでした。確認しましたところ、確かに59フレームが正しいことが判明しましたので、深くお詫びし、謹んで修正させていただきます。

 ご指摘いただきまして、ありがとうございました。

(修正 27日13:42)

 読者よりご指摘があり、地上戦の博打昇竜拳を立ちガードしたらしゃがみ小Pは一発までしか入らないとのことで、記事中私が博打大昇竜拳の話で言葉の順番を間違えていたことが判明しました。文中、謹んで訂正させていただきます。

 また、昇竜拳の登り中全無敵はスーパーストリートファイター2Xまでであるとのご指摘がありました。こちらも記述ミスでしたので、文中を訂正させていただきます。

 重ねてご指摘いただきましたこと、お詫びするとともに深く感謝申し上げます。