生体認証といった最先端技術が、人間に投げかける哲学的な問題について

(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 しばらく前に国内ウェブサービスにおいて、スマホの指紋認証でログインが可能になったというニュースがありました。

 認証が簡便な方向に行くこと、また、IDとパスワードの組み合わせ以外の方法が普及する方向であるのは良いことだと思います。

パスワード不要--ヤフー、一部のAndroidスマホで指紋認証ログインを可能に(CNET Japan 18/10/23)

FIDO Allianceは、Amazon、Arm、Google、Facebook、Intel、Microsoft、Visa、Qualcommなどグローバル企業が名を連ねるオンライン認証のアライアンスで、日本からはヤフー以外にもNTTドコモやソフトバンク、KDDIのほか、LINE、楽天、三菱UFJ銀行などが参画している。

出典:CNET Japan

 今回ヤフーで採用された認証規格は国内でも多くの事業者が参画しているということで、今後はより幅広いサービスで指紋認証対応の普及が期待されるところです。

 一方、このところキャッシュレス決済大国として注目される中国でも、こうしたスマホの指紋認証などの生体認証を活用したサービスが普及している気配です。

中国では生体認証による決済が当たり前になった…11月11日のショッピングフィーバーがそれを証明(TechCrunch 18/11/13)

中国のユーザーたちは、特売を逃すまいとあせってパスワードを入力する代わりに、一瞬で買い物が完了する新しい技術に飛びついた。今年、独身の日の顧客の60.3%が、指紋または自撮り写真の撮影で決済を行った。

出典:TechCrunch

 これはこれで大変画期的なことであることは間違いありません。先進的な技術を駆使した壮大な社会実験が簡単にできる中国ならではの話で、ある一面ではとても羨ましいことです。

 で、このように生体認証が当たり前になってくると、そうしたセキュリティを突破しようというハッキングも多数試みられるのが常でして、指紋についてもかなり興味深い研究開発が進んでいるようです。

複数の指紋とマッチする合成指紋「DeepMasterPrints」をNYUの研究者らが作成(Engadget日本版 18/11/17)

この指紋パターンは、6000人以上の指紋データからニューラルネットワークを利用し、複数の指紋と一致する特徴を持つ指紋を生成したもの。

(中略)

スキャナ側で、パターンが完全に一致していなくても正しいものと判断する割合を「False Match Rate」(FMR)と呼びますが、これが緩めの1%のスキャナなら77%の確率で認証できたとのこと。ただし、これほど低い精度のスキャナは現実的ではないともしています。FMRが0.01%と高精度なスキャナでは1.1%ほどに低下します。その中間となるFMR 0.1%のものでは、およそ22%の確率となっています。

出典:Engadget日本版

 この研究で作成された合成指紋を使って現行のスマホと商用ウェブサービスが組み合わされた指紋認証システムを簡単に突破できるのかどうかはさておき、テクノロジーが進化することで、複数の人間の指紋を代用できてしまうようなデータが作成できてしまうという現実はちょっと驚くものがあります。このまま順調に研究が進みより高精度な合成指紋が作成可能になれば、もしかしたら先にあげたようなヤフーや中国の指紋認証システムは役に立たなくなる未来がやってくるのかもしれません。

 もちろん、このような技術はいたちごっこですから、次々と新しい技術やアイデアが投入されては、痛い目に遭って次の技術にということの繰り返しでもあり、それが嫌だからと言って避けることはできないのもまた事実です。あしたどうせ腹が減るからといって、今日食事をしない選択肢がないのと同様、前に進んでいくしかないのもまた現実なのでしょう。

 生体認証はパスワードに代わる認証手段として注目されていますが、テクノロジーが進めばそうした認証も今のパスワードのように時代遅れのものになっていく可能性はあるのでしょう。期せずして架空の物語の中に登場する認証技術を紹介するコラム記事がありましたが、やる気になればどんなセキュリティでもいつかは誰かによって突破されてしまうということなんでしょうね。

「新世紀エヴァンゲリオン」で初号機はシンジをどう“認証”しているのか(ITmedia 18/11/20)

 そして、そもそも認証とは何なのか、あなた固有のものはあるのだろうか、という技術と哲学の世界に入っていくわけであります。AIも、統計的技法も、人間を便利にするために発展し、生体認証もその素晴らしい未来を拓く一翼であるはずが、実は人類に「あなたがたはそもそも誰なのですか」という深遠な問いを投げかけていることに相違はありません。