「本が読者に届かない」Amazon商法に公取委が突入で炙り出される出版業界の予後不良

 先に書きましたブロッキング議論と並行して、出版業界の懸案はいくつかあり、ビジネスモデルの根幹にある問題は「本格的に紙媒体の本が売れなくなっていくこと」と「出版社が販路をコントロールできず、読み手の情報を遮断されたままであること」とに集約されます。

 いったんは矛を収めていた公正取引委員会(以下、公取委)のAmazon問題が、半年の時を経て18年3月15日再び別件介入となり物議を醸しておりました。「やむにやまれず」公取委に駆け込んだとみられる業者は分かっているだけで量販店、輸入会社、出版社など8社ほど。いずれも「Amazonが行ったセールの売価の値引き分を負担するよう担当者から強く求められた」「販売システムの更新で負担の多い業者に対し、Amazonからシステム分担金の『お願い』をされた」など、見ようによっては悪質なAmazon商法に対する怨嗟の内容です。

アマゾンに立ち入り検査 公取委、独禁法違反の疑い(日本経済新聞 18/3/15)

公取委、アマゾンの調査終了へ 最安値保証の契約見直しで(日本経済新聞 17/6/1)

 もちろん、Amazon側にも「適法に進めてきた」という言い分はあるのでしょう。その後、公取委からの本件に関する報道は途絶えましたが、事業者の間ではその後のAmazon対策や当局の動きに対する懸念が広がっている状況です。

 中でも、強い懸念が持たれ続けているのは出版業界です。いまやオンライン書店や電子出版でAmazonの業界支配力は圧倒的で、Amazonに配本をしない限り売り上げが見込めなかったり、いわゆるネット依存の割合が高い話題本の売上は文字通りAmazonでの”セールスランキング”と”在庫量確保”によるスムーズな発送とが死活問題となっており、大手出版社のデジタル販売の責任者は過去の販売動向の分析の結果、「収益の目安となる書籍販売の重要な指標は、Amazonランキングに強い因果関係を示しており、Amazonで売り上げが上がっているとリアルの本屋からの引き合いも増える」としたうえで「Amazonランキングは事前のSNSなどネットでの情報拡散によって決まる割合が多いため、売れ線のネット著者とその折々の時事・話題を組み合わせただけのお手軽な企画本が売れる傾向が強くなり、”中身で勝負したい実用的な新書”も”書き手に知名度は無いが実力のあるライトノベル”も売れなくなった」という出版業界の地殻変動を冬の時代を説明しています。

 同様に、駅売りの雑誌は一時期の売上の10分の1にまで低迷。かつてはKiosk向け配本を一手に担い興隆を誇っていた鉄道弘済会も卸の仕組みを維持できなくなって撤退に追い込まれるという報道も出ました。撤退後は取次大手のトーハンが事業を引き継ぐとはいえ、売上自体が低迷している状態では雑誌を売るルートを再興するのは至難とも言えます。

キヨスク雑誌消滅の危機 売上高9割減で卸が撤退:日本経済新聞(日本経済新聞 18/8/29)

 また、雑誌のみならず単行本もリアル書店の大幅な減少だけでなく、コンビニ向け書籍販売も頭打ちの状態に陥り、またコンビニ自体が読まれる雑誌や単行本の絞り込みにシフトしていることで、取次がどう頑張ろうとコンビニには大きな期待を寄せることがむつかしい実情があります。紙媒体の落ち込みは単行本、雑誌、文庫、コミック(漫画単行本)以下各ジャンル全てでマイナスに転じている状況に歯止めがかかりません。

 Amazonの強まり続ける影響力が出版業界の苦境の原因だとも言い切れません。多くの識者が指摘している通り、出版業界には様々な不合理な「商慣行」があり、全体的な出版(とりわけ雑誌)の低迷が制度疲労を促進することになりました。本稿では、出版業界の概観と非常に不透明な未来予想図を解説したいと思います。

(※註: 私は複数の出版社などに執筆した記事を寄せるだけでなく、出版社のデジタル対応や業務改善に対するアドバイスを行う立場にある利害関係者です。記述する内容については業務上知り得た事実を元にしていますが、公開にあたってクライアントからの了解を得て記述していること、また、心情的には出版業界寄りであり、商業的な価値がない出版物も文化を担い社会に貢献してきているという認識を持っていることはご承知おきください。)

■出版業界はなぜ苦境に陥り、Amazonからの分担金の負担要請に悲鳴を上げたか

 まず、出版業界全体を取り巻く環境について簡単に解説をすると、ネットでこの記事を含めニュースを読んでおられる読者のみなさまはよくご存じの通り、携帯電話・スマートフォン向けの情報配信が一般化し、国民が新聞紙や書籍、雑誌からではなくネットから情報摂取をするのが当たり前の状況になると、必然的に出版業界はそのようなネット対応をしない読者と一緒に歳を取り、若い人からはお金が取れなくなっていきます。

 とりわけ、コミックにおいてはビジネスモデルの移り変わりの影響をもろにうけて電子化が進み、取次とリアル書店が飛ばされて店舗販売のシェアは壊滅的な状態にあります。また、スマートフォンの普及で読者の可処分時間の奪い合いには直面し、紙媒体が維持不能と見られるほど市場を細らせる原因となっています。

一般週刊誌の部数動向をさぐる(ヤフーニュース個人 不破 雷蔵17/5/27)

ジャンプの印刷証明付き部数が200万部を割ったとの話(【ネタ倉庫】ライトニング・ストレージ 17/5/17)

 出版業界全体の低迷の話で言うならば、すでに不破雷蔵さんが記事を書いておられますが、前述の通り一般週刊誌であれ漫画雑誌であれ漫画単行本、専門書、新書、文芸(ラノベ含む)すべてが前年割れという壊滅的な業界環境にあります。当たり前ですが、紙からネットへの流れは、出版業界や新聞業界を直撃し、紙に情報を印刷したものを売る商売はこれからも低迷していきます。

 一方で、別の胎動も生まれており、それは「売れるものはとても売れる」という現象です。数学的には「負の二項分布のグラフが、より立った状態」なのですが、つまり大ベストセラーはより売れ、中堅以下の本はさっぱり売れなくなる業界環境だということです。

 これはマーケティング的には「ネット時代では起きて必然の現象」である一方、多くの一般読者はより一層本を読まなくなる現象を起こします。例えば、AKB商法で握手券という優れた企画物を附属して売ることで、それに熱狂したごく一部のファンはこぞってAKBのCDを買いますが、マーケットの8割以上はAKBに興味も関心もないため、CDセールス上位にAKBが何枚も入ったところでマーケット自体が死ぬ現象を起こします。AKB商法が悪いのではなく、市場全体が細るとき、ブームのもの以外買わないライトな客層をコンスタントに取り込める商品構成を持っていないとどんどんマーケットから読者が退出していってしまうということに他ならないのです。

 同じことを起こしているのが単行本の世界で、タレントなど著名人にちょっとした時事の話や人生相談など軽い企画を「組み合わせ」て大きなプロモーションを打ち、著名人の語り書きをライターが文字に起こして編集者が売れるような名言を挿し込んだり内容を盛ったりすることでベストセラーにまでできます。しかし中身が浅いためにその著者のリピートはだんだん減っていき、数年もするとファンも減少してコア化し衰退ジャンルになるのですが、そのころには出版社は次の売れる書き手と売れそうなテーマを組み合わせて本を企画し、プロモーションをするというのが仕組みとして定着してしまっています。この「読み手のクラスター化」はどうしても進まざるを得ません。流行りものの話題本なら年に何冊も買う人たちですが、出版市場がAKB状態になってしまうと「売れる著者や企画ありきで、もはや売るのは本である必要もなくなる」だけでなく、クラスター化を促進すると信者をタコツボ化させざるを得なくなるのです。

 この現象を促進している機能の一つが、Amazonの「セールスランキング」と「おすすめ」や「あわせて買いたい」です。これらのトレンド本を複数まとめて買う層はそう多くはないものの、一度トレンド本を買う傾向のある購買者はAmazonからすれば重要なリピーターであり、大事な顧客リストです。また、その場で全部まとめ買いしなくとも、時間差で本を買う層は6割以上に及び、これらの需要は全てAmazonが握っている個人情報によって呼び起こされます。本を読む人なら往々にして経験していると思いますが、特定の作家や著者にハマるとその人の出した本を全部読みたくなるような現象であって、リアル書店でも著者やジャンルのフェアをやり、読者の知的な翼を横に広げさせる動きを取ろうとします。そのAmazonからすれば、もっとも利益率が出て、また顧客のAmazon以外からの購買を阻止する手段として「Kindleで電子書籍として買わせる」ことが戦略的に重要になります。つまり、入り口は紙の単行本・書籍でも、Amazonからすれば客が離脱しない電子書籍での購読を誘導することが利益の最大化に重要な作用であり、販売単価を下げてでも電子書籍にマーケットが移行してくれることを望むことになります。また、どうしても紙で残しておきたいというニーズに対しては、即応型のプリント・オン・デマンドもAmazonが進出するべき有力な分野になっていきます。そのために、Unlimitedなど読み放題を用意してデジタルで本を読む習慣をつけた客層が増えることを企図し、敢えて紙媒体の書籍の欠品・在庫切れを起こさせて読者の「すぐに読みたい」気持ちを喚起させるマーケティングを打つことにもなりえます。結果として、本が届くかどうかはもはや重要ではなく、Amazonにおいても書籍販売は必ずしもマーケティング上重要な商圏ですらなくなりつつあるように見えます。さまざまな商流の中心では、もはや本・書籍はなくなるかもしれないのです。それらの商流は、いかに多くのユーザーに、Amazon経由のお買い物をしてもらうかだけでなく、多くの時間を使ってもらうのかによって競争が行われることの証左となります(Amazon Videosは戦略サービスとして典型です)。

 逃げられなくなるのは読者に限らず出版業界も同様であり、顧客がごっそりKindleなど電子書籍に移ってしまうようであれば、紙での書籍と同じか近いタイミングでKindle版を発行しなければコンテンツの売り上げを維持することができなくなります。もちろんAmazonも戦略的に正しいことをやり、出版業界も弱者の戦略を取り、より良い条件をAmazonから引き出そうとするのですが、問題となるのは利幅であり在庫です。

 出版業界は大手も中堅以下も売り上げの過半をいまなお紙の書籍の販売に依存しています。出版社も取次も書店も紙の書籍が流通してくれてはじめて売上が現金として還流し、ファイナンスが効きます(後述します)。それゆえに、旬の限られた書籍の売上を確保するためには、読者が欲しいと思ったときにその場で売れる在庫を、書店やAmazonなどネット販売全体の売れ行きを見比べながら最善・最適に、タイムリーに配本しなければならないわけです。

 ここで、問題となったのは2016年9月8日に行われた「アマゾン和書ストア在庫改善セミナー」です。業界に激震が走ったのはここからで、つまりはAmazonで在庫切れを起こすと読者は買わないか他の書店で買おうとするためAmazonランキングが上がりません。Amazonランキングは書籍販売においては重要で、リアル書店の仕入れにおいてもAmazonランキングの推移から「実際にどのくらい読者を集められそうな書籍なのか」を推定するツールのひとつになっており、また読者もまた、Amazonランキングを見て本を買うかどうかを吟味する行動が定着しています。それゆえに、書店も店頭の売れ行きだけでなくAmazonランキングも見て陳列する以上、とりわけ新刊の”Amazonでの在庫切れ”は出版社にとって死を意味します。

 俗に「カート落ち」と呼ばれる、Amazon利用者から見た購入ボタンの取り消しが発生し、Amazonへの在庫を満たすための補充発注がされなくなる状態は、文字通りAmazonランキングを滑り落ちるために大変怖ろしい状態です。Amazonで売れる本ほど、この補充発注が上手くいかないとカート落ちとなるため、売り損じ期間を起こし、リアル書店でも悪影響を及ぼすことになります。必然的に、Amazonからすれば在庫切れからのカート落ちをすればするほど、Amazon利用者のKindle利用率を徐々に引き上げることができると見られます。そして、AmazonからすればKindleの普及は出版社をコントロールし、読者から多くの利益を引き出せる非常に重要な戦略商品・サービスなのだ、ということになります。

 しかしながら、出版社はAmazonと前述のようなストア在庫改善セミナーで例示されたような特別に契約を結ばないと、その出版社との間で本の在庫切れを頻繁に起こすようになるようです。この契約には通常は出版社の立場によって異なる協力金や取次料が含まれており、また困ったことにAmazonは協力金や取次料の更新を行い、これを年々上げていきます。つまり、出版社にとって死活問題である在庫を置きたければきちんと契約を結ばなければならず、その契約には協力金が組み込まれており、その協力金が不十分だとAmazonが判断すると在庫を置いてくれない状態に陥るのではないか、という微妙な取引関係になるわけです。

 これが独占禁止法に正面から引っかかるのかと言われると、Amazon側にも言い分はあり、「個別取引ですから」ということで実に微妙な部分です。また、取引慣行を見るうえでAmazonだけが一方的に悪いのかというとそんなこともなく、2017年の暮れごろから取次大手のトーハンと日販は、いずれも主要取引先の出版各社に対して、2%から3%近い取次料の増額を含む条件改定を要請しています。Amazonと取次大手とではおかれている経営環境は異なりますが、やろうとしている取引慣行は同じ「売上に対する手数料を払わせられること」であって、出版各社からすれば負担であることに変わりはありません。それもこれも、単純に「紙の書籍が本当に売れないから」各社が必死に生き残り策を模索した結果、このような取引を依頼しなければならなくなった、ということの裏返しでもあります。

■ジュンク堂など大型書店閉店ショックで浮き彫りになる出版業界の「制度疲労」

 一方で、出版社も生き残りのためにAmazon依存をしなければならない理由として、出版業界を覆う謎の商慣行があります。一つひとつ挙げればキリがないのですが、代表的な理解不能事例に「返品率によるバック」があります。

 取次と書店のあいだで最近は明文化された契約書が締結されるようになったこの返品率ですが、書店は店頭に置ける本の量に限りがあるため、売れないであろう本は取次に返本しようとします。しかし、取次も売れないからと言って全部返本されるとさらに他の書店に再配本しなければならないなどの流通コストがかかるため、書店との取引の中に「返品率」という隠しパラメータを設定してあります。

 もともと、岩波書店などの老舗や、ディスカヴァーなどの新興出版社では書店による書籍の買取制をしており、以前は大ベストセラーになった『ハリーポッター』を手掛けた静山社も買取制だったのですが、それ以外は再販制(著作物の再販制度、再販売価格維持制度のこと。以下、すべて「再販制」とします)の枠内で取次を経由し書店に書籍の販売が委託されるという販売委託制を採用しています。つまり、書店にある在庫は契約上出版社の資産であり、本屋はそこに陳列して売れた本のマージンを確保している形であって、本屋の店頭で売れなかったり、本屋の在庫として積み上がったままの本も、出版社と取次から指定された販売委託期間が終了すると本来は返品されてしまいます。

 ところが、取次と書店との間の取引において、返品率が特定の期間に一定以上高くなると、書店は販売ペナルティとして取次にお金を払わないといけません。どの契約書を見ても同じことが書いてあるので、おそらくほとんどの取次とコンビニ配本を除く書店の間では似たような仕組みで書籍が流通しているのではないかと思いますが、書店としては、この返品率が上がらないように在庫を「抱く」ことになります。

 一方、返品率が指定されている在庫は、契約にもよりますが一定期間よりも前に委託された書籍や雑誌は除外されることが多くあります。また、返品率を判定する「期間」があり、その期間に返品率が一定のバーを越えなければペナルティがつかないという謎の契約になっているところも多くあります。また、リアル書店や出版社が手がけるフェアやジャンル大賞などは、販売促進の一環として返品率から除外されることもあり、また、ドラマ化・映画化などされた原作小説が増刷され配本される場合も除外されるケースがあります。ただ、いずれも契約書について基づいた正規の取引ではなく、ある意味で取次とリアル書店の側の「昨年もそれ以前もそういう扱いだったから」という慣例によって、何となくリアル書店側がこれらの旬ものの本を他の売れない本と一緒に”抱く”ことになります。

 それゆえに、返品率によるペナルティ回避をして在庫を抱いた書店は、判定期間を過ぎて返品率が確定したら一気に取次に返本します。また、一定の返品率を下回った書店に対しては、取次がセールスマージンを支払う仕組みがあります。書店が一時期チェーン化したり、TSUTAYAを運営するカルチャーコンビニエンスクラブ(CCC)がエンターテイメント系の書籍の取り扱いを拡大したのも、これらのセールスマージンが馬鹿にならない時期があったからで、返本せずに抱いていた在庫が膨れ上がると佐賀県武雄市などにある謎の図書館に賞味期限切れのクズ書籍が大量に並ぶのもそのような理由であると見られます。チェーンでも大型店でも本屋の売り場が拡大すれば、それだけ一時的に返品率が減り、マージンが得られることもあり、書店が大型化し、チェーンとなって展開するプロセスを踏むのも、出版業界に勢いがあり、取次各社が持つファイナンス機能が出版社や書店を支えることができてこそ、という側面がありました。

 書店にそのような条件で販売委託があったのも、再販制であり書籍の価格が統制されている以上、複数ある取次が書店から自社を選んでもらうために差別化を行う一貫として「これだけ売れればバックしますよ」「売れ線の本をあなたの書店に優先して配本しますよ」という条件交渉をしたからです。出版業界を取り巻く仕組みは、この再販制と拡大する書籍流通市場(主に雑誌)という条件下で出版から書店まで横断したファイナンスを実現できたことに拠るもので、もっとも大きい利幅を確保する雑誌の流通が業界環境を作り上げていったといっても過言ではありません。雑誌全体が伸びているからこそ、取次に旨みがあり、雑誌の販売で利益の取れるリアル書店は在庫を"抱く"ことができたのです。

 しかしながら、04年ごろから雑誌が一気に売れなくなっていくと、このような右肩上がりを前提とした出版業界の各種機能が逆回転を始めます。消費者が情報入手を携帯電話経由に頼り始め、専門も一般も漫画も全ジャンルで雑誌の売上が低迷を始めると、マージンの取れないコンビニ配本が注目されるようになります。取次がこのコンビニ配本による量の確保のために依存を強め、駅売り雑誌などと喰いあった結果、一般の書籍を扱う書店が雑誌売り上げの低迷の下げ幅を背負うことになり、書籍販売のマージンだけでは店舗を支えきれなくなって次々に縮小・閉店していきます。

 その最たるものが、ジュンク堂の閉店や、紀伊国屋書店新宿南店(2016年)の大幅縮小です。とにかく主たる雑誌が捌けず、書籍も売れないのですから店舗を維持できません。そして、大型店ですので、そこに置いてあった図書館級の大量の在庫が取次に一気に返本されてきて、取次はこれらの大型リアル書店から返ってきた書籍の販売委託費用を返金しなければなりません。先般、手形のジャンプが取り沙汰され経営不振から楽天の子会社入りをした大阪屋栗田もその余波が直撃した先の一つであり、取次と書店を巡る不鮮明な取引については、計画販売制などの小手先の対応ではもはや処理しきれないほどに出版業界全体の問題が存続そのものの危機を指摘されるほどに大変なことになっているわけです。

 トーハン、日販や大阪屋栗田などの取次の温存は書籍や雑誌の再販制による価格統制を意味するため、古い書籍も売れ線書籍も一度売り出した価格から動かすことができません。価格が硬直化したところで書籍に対する需要が減ると、つるべ落とし的に出版市場が縮小・下落に転じることになります。古くなった本は値段を下げたり、価値のある本は高値で売る工夫をすることでマージンを得ようとする企業努力が失われ、一定の流通での売れた売れないの勝負や、もって数カ月程度の企画本でもいいから刊行点数を増やして収益を確保することしか、出版社の側にはマーケティングをする余地が無くなってしまいます。本来は、価値はあるけど数量が売れないので販売委託を行うことでさまざまなジャンルの本が売れるようにと考えて制度化された出版業界の仕組みが、本を読む人の減少局面で質の低いベストセラーに業界全体がぶら下がるようになる、というのは実に皮肉なことです。

 同様に、地方都市において図書館もその採算性やコスト負担を厳しく見られるようになり始めると、高額の専門書を買ってくれていた図書館向けの購買が細りだし、高額の定価がつけられた専門書を扱う零細出版社の経営を直撃して出版社の統合や廃業が目立つようになります。一定の冊数を引き取ってくれていた図書館が干上がると、一般の取次に乗せられる専門書の数だけでは食べていけなくなり、売れ残りの返本に耐えられなくなるのです。

 そもそも論でいえば、棚に置かれ長く読まれるであろう価格の高い専門書と、瞬間風速で読み捨てられるムックやコミックなどとが同じ流通、同じ再販制度で扱われている問題はあります。これも、雑誌の販売不振が表面化した07年以降、雑誌コードの返上を控えたかった出版社と雑誌の流通点数を維持したかった取次の間での同床異夢はあったものの、肝心のリアル書店の棚でモノが売れなくなり、雑誌の代替として携帯電話からのニュース配信が盛んになったところへ、Amazonでのランキングや電子書籍での販売が主戦場になってくると、利益の源泉であったはずの雑誌が今度はお荷物となります。これに巻き込まれて、リアル書店が本来重要な顧客を抱える一翼であるはずの専門書を刊行する中堅以下の出版社の棚を維持することができなくなってきます。また、電子書籍の興隆は専門書の陳腐化も進め、重要な改訂ごとに高額の書籍が売られていた専門書の一角は、より改訂や更新がたやすい電子書籍や会員制情報フォーラムへと移行していってしまいます。

 再販制を軸としたこの制度を維持しながら出版業界をどうにかしようとすると、結局はピンポイントで読み手に届ける仕組みを作るか(電子書籍化も含む)、本を出版して販売する価格を大幅に引き上げるしか方法が無くなります。しかし、現状では取次もリアル書店も実は読み手のデータ(連絡のつく個人情報)を全くと言っていいほど持っていません。マーケティング上、顧客に「お知らせ」をピンポイントで届けられてナンボのはずのビジネスなのに、新聞社が販売店に読者の情報を握られてマーケティングどころでは無いという実例と同じことを出版社、取次、リアル書店もまた起こしているのです。また、本の価格を引き上げようにも、むしろ無料で読めるネットの仕組みに足を引っ張られて、逆に専門書も漫画単行本も価格下落圧力に見舞われて刊行点数を維持できないほどに低迷するというジレンマに突き当たります。

 昨今、違法ダウンロードサイトとして「漫画村」など海賊サイトが勃興し、にわかにブロッキング議論が喧しくなりましたが、一番の問題は「漫画村」が違法な海賊版で無料だからだけではなく、漫画を担う出版業界が再販制で体力を使い果たし業界横断の対応ができないために共通ビューアやオンライン販売の仕組みなどの仕組みを提供できてないことが大きな要因です。つまり、サービスの品質や利便性で出版業界が海賊版に負けているのは事実で、これについては別稿で解説記事を掲載しましたが、基本的には日本国内でどう議論をしても放置すれば海外資本勢に敗退を余儀なくされている実情を覆い隠すことは困難になっています。

被害総額盛りすぎ、委員の利益相反疑い… 目を覆うばかりの知財本部TFの迷走(ヤフーニュース個人 山本 一郎 18/9/19)

 対抗を打とうにも、出版社横断で読み手に漫画を自由に読ませる仕組みは構築することができず、また、前述の通り出版社にも取次にも書店にも「誰が読み手なのか」という情報がほとんど無いのでマーケティングのしようもありません。また、ドコモやauが展開している「雑誌コンテンツ読み放題」のオンラインサービスも、分配率から逆算すると大手一般週刊誌でさえ月間2,000万円内外の資金しか入らず、雑誌の売上という点では月間20万部程度の売上にしかならないという点で、雑誌の質を維持するための取材経費が賄えず到底全面的にネットやキャリアのコンテンツ配信サービスに依存するのもむつかしい、というのが実情ではないかと思います。

 出版各社の部分最適として、Amazonにべったりくっついて売り上げを依存するか、電子書籍との併用で徐々に紙での出版の売上比率を下げるか、コンテンツを欲しい人への直販やセミナーのような付加価値で利幅を確保するか、話題の人と旬なネタの組み合わせと大規模なプロモーションやタイアップで一気に本を売っていくか… どのやりかたにせよ、コンテンツを作って欲しいと思う人に利益の出る形で売る、というシンプルであるはずの目標が、紙の衰退と不合理な業界の仕組みのお陰で「関わっている業界関係者全員が不幸になる」という日本経済の病理が凝縮された環境になってしまっているように見えるわけであります。

 突き詰めれば、再販制と取次制度の問題に帰着します。しかし、いまや再販制を撤回すればリアル書店は復活するのか、取次は輝きを取り戻すのかと言われると、時すでに遅しとも言えます。もはや、紙の書籍を中心とした界隈は古びた再販制を胸に抱きかかえながら、リアル書店と取次の苦境を嘆いて死んでいく以外に解決策は無くなっています。売れるものは高く、古いものは価値をゼロにして買ってもらうという当たり前の価格戦略が取れない再販制と、まだ雑誌と書店が伸びていた幸せな時代に培われた取次制度とは、デジタル全盛で読み手が欲しいコンテンツをピンポイントで買い、ICT企業側が読み手の趣向の情報を一手に独占する状況の前に崩壊するほかありません。

 ところが、どういう理由か出版業界の一部は消費税率の引き上げに関して軽減税率の適用業界になるというモノ凄い毒饅頭を皿ごと平らげるほどに不思議な行動を取っているのが実情です。また、前述の海賊版サイトのブロッキング議論も、つまりは一時的に急落した電子書籍売上をどうにかしなければという話で政府に泣きついたといっても過言ではありません。出版業界全体で言えば、漫画大手三社で売上の8割以上を占める「漫画村」の被害よりも、どんな本でもダウンロードできてしまっていた昨年の「FREEBOOKS」騒動のほうが規模も被害も大きかったはずです。

 欧米のように出版社が規制当局と一丸となって読者の情報をICT企業から取り戻したり、ICT企業とともに情報流通の新しいビジネスモデルを模索するべき状況であるにもかかわらず、大手企業ほど抜け駆けしてAmazonと結託し、自社のビジネスに資するためだけに政府のブロッキング政策を主導するがごとき行動を平気で取ってしまいます。Amazonがそれだけ日本で成功し、むしろ利用者にとってとても便利なサービスを提供して絶大な支持を受けているという観点から見れば、間違いなくAmazonは日本社会を便利にしています(日本にどれだけ納税しているのかは別として)。

 一方で、全国の読者に多種多様な出版物を同一価格で提供し、文字・活字文化の振興上、書籍・雑誌は基本的な文化資産であり、自国の文化水準を維持するために、重要な役割を果たすために再販制を導入してきたはずの出版業界自らが、自家撞着で自縄自縛の再販制から逃れられず、自己改革も進められないまま海外ICT企業に分断され、裏切者を出し、衰退の道を歩んでいるのは皮肉としか言えません。

 この問題は、単に公取委の抱える一案件で終わるものではなく、日本の情報流通、個人情報に関する考え方を超えて、私たちがどんな情報を摂取し、何に関心を持ち、どういう価値観や信念を持って生きているのかという「その人のかたち」そのものにまで踏み込むものであることは、ぜひ理解していただきたいと思います。出版業界はもはや全体で見れば予後不良でしょうが、うまく環境の変化に対応し生き残ったところから新たな出版(情報)文化が華開くかもしれません。たとえ、それが超高齢化社会のドブ川に咲いた雑草としても、知恵がある限りどんな環境ででも花を咲かせてやろうという、出版人が本来持つ高貴な気概こそが大事なのではないかと感じます。