安倍晋三総理が仕掛ける放送法改正を巡るあれこれ

 このところにわかに放送法改正をめぐる言説が喧しい感じでありますが、事の発端は以下の記事などが参考になります。

放送の「公平」撤廃是非 6月に答申まとめ(東京新聞 18/4/5)

放送制度の改革を巡っては、安倍晋三首相が一月三十一日に出席した新経済連盟の新年会で、ネット番組に出演したことを振り返り「見ている人には地上波と全く同じだ。(規制が異なり)法体系が追い付いていない」とあいさつ。二月一日の政府の未来投資会議で「通信と放送の垣根がなくなる中で、放送事業のあり方の大胆な見直しも必要」と指摘した。直後の二月七日からWGが議題に取り上げ、今回まで計六回の会合で有識者や業界関係者から聞き取りを重ねてきた。

出典:東京新聞

 ここで言及されている安倍総理が出演したネット番組というのは、AbemaTVで幻冬舎代表取締役社長の見城徹さんがMCを務める番組のことです。

インターネットテレビ局「AbemaTV」に安倍総理の初出演が決定(サイバーエージェント 17/10/5)

 2時間の生放送枠の中で安倍総理は普段の地上波テレビでは語れないようなことも自由闊達に話すことができてかなりご機嫌だったようですが、その一方でかなり厳しい批判もあがっております。

見城徹のAbemaTV安倍首相“接待”番組は親会社・テレ朝幹部もグルの選挙応援だった!?(リテラ 17/10/21)

 まあ、ネット放送のタイミングが総選挙公示日の2日前だったという背景を考えれば、安倍政権に対して肯定的・否定的という立場や視点とは関係なく、やはり微妙なものを感じてしまうところではありますが… ともあれ、安倍総理も応援団に囲まれて肯定的な雰囲気の中で自由にモノが申せるというのは気持ちが良かったのではないかとすら感じる内容です。

 で、そうした安倍首相の思惑とは別に、実は以前から放送法については国連などから廃止するようにと勧告される形で外圧が存在しておりました。なぜそのような外圧が生じたのかについては以下の記事などが参考になります。

「日本政府はメディアに圧力」国連人権理事会の特別報告者は、なぜ放送法改正を要請したのか(ハフポスト 17/6/14)

「日本では政府当局者がメディアに対して直接・間接的な圧力をかけることができる」などと指摘した。総務省が放送メディアの規制権限を持つ現状を問題視した格好だ。

出典:ハフポスト

 もちろん、いろんな意味で「国連人権理事会の特別報告者」とあるデービッド・ケイ氏には香ばしい側面はありますし、これを取り上げているハフポストも朝日新聞の別動隊呼ばわりされることも多く、政治的で公平で客観的な意見と見るのもなかなかむつかしい面もあります。一方で、どちらかというと安倍政権や自民党など与党に対して批判的な報道の絶えないNHKや民放テレビ局との対比として考えると、安倍総理がにわかに言い出したように見える放送法改正の「着想」もうっすらと垣間見える気配がいたします。

 そしてその元を正せば国会で時の総務相が放送法を根拠にしてテレビ局の電波停止を示唆するような発言をしたことがあったりするわけですが。

総務相が「電波停止」発言、公共の電波を使うテレビ局の苦しい立場(PRESIDENT 2016/4/18)

 しかるに、この一連の流れで発せられた国連からの勧告ですが、放送法改正などの提言が含まれる「報道の自由」について日本政府は今年の3月に拒否を宣言しています。

政府「報道の自由」勧告を拒否(共同通信 18/3/7)

日本政府は7日までに、特定秘密保護法などで萎縮が指摘される「報道の自由」に関する勧告を拒否した。米国やオーストリアなどが放送法4条の改正などでメディアの独立性を一層確保するよう求めていた。

出典:https://this.kiji.is/344094119507182689?c=39546741839462401

 放送法改正については国連からの勧告を拒否したばかりですが、それをちゃぶ台返しするような趣で改めて議論しなおそうという動きが出てきたのは大変興味深いなと感じるわけです。

 なお、この放送法改正については政権内や与党内でも一枚岩で話が進むというきざしはまったくありません。

野田総務相、放送法4条撤廃「公序良俗害す」(日本経済新聞 18/4/3)

放送法改正、言論・民主主義に関わり慎重に議論すべき=岸田・自民政調会長(ロイター 18/4/4)

 また既存放送事業者の多くも反対の意志を表明しています。

在京民放キー局5社、政府に反対姿勢 フジ社長「民放の存在の根幹脅かす」(産経ニュース 18/3/30)

在京民放キー局5社の経営トップがいずれも放送制度改革について反対の立場を鮮明にした。

出典:産経ニュース

 こうした放送局側の放送法改正に対する反対姿勢ついては、単に放送利権を死守したいだけだろうといった見方をする外野の声も聞こえてきますが、一方で以下のような論考が出てきているのも面白いです。

焦点:動き出す放送法改正、政府は公平規制緩和に意欲(ロイター 18/3/26)

複数の関係者の間では、今回の改革方針は、憲法改正をテレビに邪魔されないための安倍首相のけん制ではないかとの観測も出ている。テレビ局は国から電波の割り当てを受け、放送事業を営んでいる。認可を取り消されると放送事業を継続できなくなるため、そうした事態を連想させることで、テレビ局をけん制しようという見立てだ。

出典:ロイター

 ちなみに1987年に我が国の放送法4条に当たる公平原則がアメリカで撤廃された結果、テレビ報道の質が大きく変容したことはあまりにも有名です。

放送の「公平原則」を葬り去った米FCC委員長(マイナビニュース 08/6/2)

FCCは、テレビ局開設の規制を大幅に緩和した。この中から、人工衛星とCATVをつないだCNN(Cable News Network)が誕生する。また第4番目の全国放送「FOX TV」が誕生。数々の宗教チャンネルや強烈な政治トークショウも生まれた。

出典:マイナビニュース

 これらの問題は、報道における主義主張の細分化による視聴者の細分化を生み、アメリカ社会の中で左右に大きな断絶を作り上げる原因にまで発展したのではないかという指摘も繰り返し行われ、非常に興味深い部分ではあります。

 直近の米国テレビ事情については以下の話などありますが、日本も放送法を改正すると同じような事態が起きるのかどうかは気になるところです。

トランプ氏に同調の?巨大メディア、地方193局を支配(朝日新聞 18/4/4)

トランプ氏が偽ニュース批判のシンクレア称賛―CNNより優れている(ブルームバーグ 18/4/3)

トランプ大統領はツイートで、「これまで私が対応した中で最も不誠実な集団に数えられる偽ニュースネットワークがシンクレアを偏向していると批判するのを見るのは非常に傑作だ。シンクレアはCNNや、もっと偽物のNBCよりもはるかに優れている。全くおかしな話だ」と指摘した。

出典:ブルームバーグ

 国民が事実を知るためのメディアが、同じ事実でも真実は複数あるといわんばかりに立場によって同じ事実に基づいても大きくその主義主張が異なるというのは悩ましいものですが、これが放送法のような制度や許認可、ビジネスと結びついているとき、時代の変化にどう社会が対応するかの「産みの苦しみ」なのかと思うと安易に「安倍総理が正しい」「いや、報道の在り方はいまのままで良い」と結論付けるのは困難なように思います。

 このあたりの論点が整理されて、もう少し分かりやすくなったりするのでしょうか。分かりやすいから正しいとは限らないのも世の常ではあるのですが。