巷の”ハローワークでブラック企業の「求人お断り」検討”に思う

山本一郎です。明けましておめでとうございます。一応おめでとうとは言ったけど、明けておめでたくなるかどうかはお前のこの一年の働き次第だからな。

ところで、厚生労働省が熟慮の果てにブラック企業対策で具体的な方策を検討する方向であることが報じられました。どのくらい実効性があるのかはともかく、非常に価値のある内容ではないかと思います。

厚労省、ハローワークでブラック企業の「求人お断り」検討(TBS 15/1/6)

そろそろ「ブラック企業」とは何を意味するのかという定義をしっかり考えるべきだと思うんですよ。私が兼ねてからヲッチしていたユニクロの件では、最高裁が認めるブラック状態にユニクロがあると認定され、ユニクロも然るべき反省と企業努力をもってこれに応えて、少しずつ改善しているようにも見えます。誠実に対応している会社がブラック状態から抜け出すためには、いちいち裁判を経なければならないというのでは善処に時間がかかりますし、やはり「何を持ってブラックとするのか」はちゃんと法的か慣例的かは別として作ってあげるのが良いと思います。

ユニクロ・柳井正会長はモノの言い方を考えないのか(ヤフーニュース個人 13/4/25)

ユニクロ敗訴で裁判所公認のブラック企業に|やまもといちろうコラム(DMMニュース 14/12/18)

もちろん、ブラック企業であると名指しされるのはユニクロだけではなく、有名どころから無名零細まで様々あります。先日、労働審判が起きたと報じられた、ビューティーサロン「たかの友梨」を運営する不二ビューティ社の件を記事にしたところ、私宛に「同業種でもこのような酷い労働条件になっている会社があります」という告発メールが3通ほど届いてしまうほど、業態とブラックは一体化しているところがあると思うんですよね。

「役務サービスの罠」をくぐり抜けてきた高野友梨氏の「辣腕」――山本一郎【香ばしい人々returns】(ハーバービジネスオンライン 14/11/22)

あまり指摘されないところですが、このブラック体質を志す経営というのは、単に強欲な経営者が部下に割安で良質な労働を強いるという側面だけでなく、同業他社との業界環境の中で「ブラックにしたほうが競争に有利である」という問題があったり、「ブラックに組織運用するのが業界のデフォルトになっている」というのが重なっているように思うわけですよ。両方を兼ね備えている場合も多いと感じます。

前者においては、先に述べた「たかの友梨」に代表されるエステ業界、美容業界に共通したブラック体質であり、また飲食店チェーン、携帯電話セールスなど、スキルのない人たちを大量に雇用して労働集約的に多店舗展開する業態で発生しやすいように見えます。実際、ネットで騒がれるブラック企業も大半がこの手の業界であることは言うまでもありません。

後者は、SIベンダーやゲーム開発会社、アニメ制作会社といった、デスマーチ当たり前、好きだからやって当然というガバナンスで成立している企業体が業界標準になっている場合です。やりたい奴は他にたくさんいるのだから、体力が続く限り仕事に取り組むよう強制したり、クライアントからの無理難題や原価無視の安値受注も横行する劣悪な環境の中でスキルを培い人脈を磨いていくしか生き残る術はないのも特徴です。

そう考えると、ブラック企業の源泉というのは「なんだかんだで人が雇えてしまう」ことに課題があるように思います。今回の「ハローワークがブラック企業の人材募集に斡旋しない」というのもそうですが、重度な労働紛争を起こしている会社は安易に人をこき使うだけでなく、安易に人を採用するところに問題があると感じるのです。

従って、冒頭に述べたとおりブラック企業の定義がはっきりすれば、公的な求職者の斡旋窓口であるハローワークだけでなく、民間の人材斡旋会社や募集を紹介する業態についてもブラック企業の求人を掲載しないよう協力を求めることが非常に大事なのではないかと思うわけです。簡単に次の人材が雇えると思っているから、人を大事にせず法令を遵守しないブラック企業が固定費を下げられ、競争に勝ち抜いていけるのですから、がん細胞が自前の栄養供給の血管を作るのと同じように人を雇えないようにするのが近道なのではないでしょうか。

そうすると、より高い報酬で人材を集めようとするブラック企業が闇人材市場みたいなものを作るかもしれません。しかしながら、一方的にブラック企業を指弾し是正を図らせるよりは、外形的にブラック企業と呼ばれる条件を策定し、その条件に合致した会社を労働市場から排除することで確実な改善を期待できるのではないかと思っています。

いわゆる企業体質批判のみに偏った「ブラック企業問題」というのは、ある意味でファッショ的な性質も持ちかねないとも思っているので、労働市場の改革と併せて企業が自発的に不当な労働条件を従業員に強いないほうが合理的だというアプローチを考えたほうが最終的には社会にとって有益だろうと思います。企業活動全体に対する無闇な批難を声高に叫ぶよりは、社会の要請を企業にしっかり認識させ、労働条件をあるべき内容に是正するようなモチベーションを経営者に持たせることで改善できる幅も広がるのではないかと期待する次第です。

繰り返すが、今年が明けてめでたいかどうかは私たち個人個人の働き如何によって決まるんだからな。頑張って生きて見合った成果が得られて初めてめでたいんだ。それを忘れて思考停止して「あけましておめでとう」とか言うんじゃないぞ。絶対にな。