城繁幸さんの「伝統の終身雇用」話について

 山本一郎です。趣味は統計と調査です。

 ところで、さっき仕事の合間にサイト見てたら城繁幸さんの文章が飛び込んできて興味深く読みました。

 大筋のところでは賛同するもので、これはこれで面白い議論だと思うのですが、人口学とか雇用の歴史をある程度知っていると「それは誤解じゃないの」という部分もありますので、一応触れておきます。

× もともと日本は雇用の流動性の高い社会だった。

○ 「雇用」という形態が一般化するのは終戦後から。

もともと日本は雇用の流動性の高い社会だった。それは明治に制定された民法で「解雇は2週間前の通告だけでいつでも可能」となっていることからも明らかだし、戦争中は国家総動員法で労働者の勝手な転職を禁止しなければならなかったほどだ(従業員移動防止令等)。

出典:専業主婦も終身雇用も割と最近の流行りもの --- 城 繁幸

 確かに明治時代に制定された民法で雇用についてが明記されたのは事実なんですが、そこでカバーされている雇用というのは当時は非常に特殊な形態でした。明治初期の2,500万人ぐらいの労働者のうち9割にあたる2,300万人ぐらいは小作農のような形態か、奉公人、丁稚のような下働きをする形であり、そこへ武家階級改め公務員という概念が出てきたり船問屋が船員寄合みたいなのを作って雇用するという形態が徐々に出てきたのが歴史的事実だと思います。

 なので、明治の民法の記述をそのまま引いてきて「もともと日本の雇用は流動的だった」とはとても言えず、人宿の書き入れなど江戸時代からあった奉公人や職人の雇い入れの仕組みをベースに構築されたものであったと考えるべきなんじゃないかと感じます。

 類書でいいますと職業安定行政史 : 江戸時代より現代まであたりをご一読いただくと、いわゆる日本の働き方と雇用の問題についての「伝統」とは何かが良く分かるのではないかと思います。この辺を読みますと、日本の伝統を守るか守らないかという議論よりは、封建時代の雇用のあり方が都市化が進み明治政府の考え方が浸透する中で変貌し続け、終戦後も一貫して雇用のあり方は日本人の中で論争が続いて行政学として消化されてきたのが良く分かります。

 また、身分制をひきずりながらも雇用制度の改善を進めていた状況については、『わが国賃金構造の史的考察』(昭和同人会)に細かく記されています(といっても、私は要約された抄文しか読んでませんが…)。

 したがって、日本における伝統的雇用が流動性の低いものかどうかというテーマ自体がナンセンスであることが良く分かると思います。

× 本来、日本は実力主義の色濃い社会でもあった。

○ 昔は平均寿命が短く、老人自体が少なかったので30代40代が経営陣に入るのは一般的であった。

ついでに言うと、本来、日本は実力主義の色濃い社会でもあった。戦前の緒方竹虎は38歳で朝日新聞社の取締役になっているし、戦後も田中角栄が郵政大臣として初入閣したのは39歳だ。

出典:専業主婦も終身雇用も割と最近の流行りもの --- 城 繁幸

 言うまでもないことですが、完全生命表で明治時代を見ますと明治24年から31年までに出生した日本人の平均余命は42.8歳であり、緒方竹虎が38歳で取締役だといっても勤労世帯の年齢構成的には上位25%に入る年代層であって、この数字が日本社会の実力主義を示すものとはとても言えません。

 ちなみに、国立社会保障人口問題研究所のデータを見ますと現代日本での上位25%の年齢は実に65歳近辺です。東洋経済が2011年に記事にした内容を信用するのであれば上場企業の新任役員の平均年齢は59.6歳ですので城さんの定義が実力主義を示すのであれば現代日本のほうが明治よりもよほど実力で取締役になることになってしまいます。

× こうして、後付けで終身雇用というシステムが生み出された。

○ そもそも終身雇用の傘の中にいる被雇用者はもっとも多い時代でも8%ぐらいしかいなかった。

 もうこれは「終身雇用」という日本の雇用形態に対する幻想以外の何者でもないんですが、総合研究開発機構が冒頭で「日本は終身効用制度だという幻想」について論述する一方、国土交通省では50歳以上の勤続年数が23年ほどであり、例えばイギリスと転職状況を比較しても日本が飛び抜けて終身雇用を実現している社会であるとはとても言えません。

そもそも、終身雇用制と呼ばれるような長期雇用(より正確には期限の定めの無い長期雇用)と年功賃金の組み合わせを実現できた企業は、ごく一時期のごく一部の企業に過ぎない。この点を考えると、終身雇用制を維持し、さらには社会全体により幅広く導入させていくことで、雇用と生活の安定が作り出せるという考えは幻想にすぎない。現在の経済環境下では、終身雇用をあたかも制度のように広く企業に要求することは実現不可能である。

出典:終身雇用という幻想を捨てよ

 労働白書などでは企業のマインドとして終身雇用を維持したい企業の割合が一定数あることを考えても、せいぜい「企業としては終身雇用を念頭においた人事制度を考えているかもしれないけど、実際には20代後半から30代にかけて日本人は他国と比べても遜色ないぐらいには転職している」し、また「転職自体に年俸の圧縮など眼に見えた不利はなくなっている」とも言えます。

× こうして、夫は会社で滅私奉公、嫁は家庭で専業主婦というロールモデルが一般化することとなった。

○ 昔から女性が家庭の仕事をするのは世界中で一般的だったが、国による程度の差はあれ近代、現代になるにつれて女性が社会進出をするようになった。

 寝ていた子供が起きたので議論を端折るが、日本だけが家事を嫁がやる社会ではなく、程度は違うが時系列で見るともともと女性が家事をやるのは一般的で、それが近代化が進み社会の多様性が広がるほどに女性の社会進出が広がった形です。というか、女性が専業主婦であることと勤務形態が終身雇用であることには関連が無さそうです。

 OECDの29カ国調査では、経年調査で見ても女性の家事に従事する時間自体は中位国です。FTEに抄録のグラフが載っているのでご参考までに。

Internationally, Women Still Spend More Time Doing Chores(Five Thirty Eight 14/5/7)

 ぶっちゃけ、日本人女性の家事に費やす時間の平均はイタリア人と同程度ですが、イタリア企業が終身雇用だという話は聞いたことがありません。

読み取れることは「日本人男性は家事をしないカス」という話だけで終身雇用無関係そう
読み取れることは「日本人男性は家事をしないカス」という話だけで終身雇用無関係そう

 時系列でも現在値でも「嫁は家庭で専業主婦というロールモデル」とかいう謎の言説を裏付けるデータはどこにもなく、城繁幸さんの思い込みによる産物としか思えません。もともと女性が家事をするのは世界共通だったとしても、生活の都市化、近代化と共に女性の社会進出が進み、技術が進歩した結果が女性の家事に費やす時間の減少を促した、と考えるのが自然です。

 個人的には、城さんの問題意識も分からないではないのですが、ありもしない終身雇用が引き起こした少子化や大学のレジャーランド化を批判するよりは、個別の問題をもう少し掘り下げ、意味のある批評をして欲しいと切に願うところであります。