山本一郎です。もう久しくカラオケには行っていませんが、十八番はタイマーズの『デイドリームビリーバー』です。

忌野清志郎 命日(google)

そんな忌野清志郎が命日だそうで、58歳で亡くなったから五年ですか。あんまりピンと来ないんですよね。

っていうか、死んでなくないですか。原発を馬鹿にしたサマータイムブルースも発電所の中で眠りたい軽薄なジャーナリストも、金子マリの無駄に厚い声量や梅津和時片山広明のやたらに上手いサックスのまんま生きてるわけじゃないですか。死んでるのは山師だけだと思うわけです。

別に時代を超えた偉大なアーティストだったとか、リスナーの心の中に生きているとかくだらない話ではなく、単純にそのときそのときの世の中の変貌や自身の境遇に素直に歌い続けてきたからこそ生き死にとか関係ない時代性をいまなお持ち続けているだけなんだと。

何しろ、若くて調子いいときは偉くない奴とは付き合いたくないと歌っていたかと思えば、その後で偉くない人を馬鹿にしたりしないと揶揄するわけでね。面白ければ何でもいいんですよ。それが心に届くのは、そのときそのときの時代であり境遇であり本音だからでしょうしね。だから、嫌われもしたし干されたし、そういううだつの上がらなさや人間臭さも含めて独特な世界観があった。

所詮はモンキービジネスであって、実際そうであっただろうし、中学高校時代あれだけ好きだった忌野清志郎を大学を卒業して社会に出てなお聴いたかと言われるとそこまで熱心にはのめりこまなくなった。自宅から遠い高校まで通う往復三時間のかなりの時間をRCサクセションに捧げていた割に。年に三回ぐらいしかライブにいかなかった割には。みんな、残念だ悲しいとか言っているくせに、意外とそんなもんでしょう。

私は忌野清志郎を好きだった、誰かが忌野清志郎を好きだった、同じ音楽を聴いてました、そして同じ時代を生きてました、それだけのことでしょう。

そういう生きたの死んだのといったヒューマニティ溢れる偽善に満ちた社会が嫌いだったからこそ、本音でそういうのを「誰かが年老いて死んだと言う」とてめえの車が国葬で渋滞して動けない話に交えて高らかに歌いあげた忌野清志郎が好きだったんじゃないですかね。

なんせ、私が中学時代からタバコを吸うようになったのはトランジスタラジオの影響ですからね。クズですいませんね。忌野清志郎には私の健康と精神についての責任を負っていると思うんですよ。私が早死にをしたら、半分以上は忌野清志郎の責任です。

で、私は死んでも忌野清志郎は生き続けるわけでね。時代に切り取られた忌野清志郎という概念という奴がな。

くだらないけどそういう話。どうでもいいですね。ええ。