おっさんは若者から搾取しないと人生が維持できない

山本一郎です。見事なおっさんの年齢に差し掛かりました。

投資であれ事業であれ収益を上げ続けなければ生きていくことができないという鉄則があるんですけど、人を雇っていて思うのは「大きい仕事を手がければ手がけるほど、効率を考えれば考えるほど、部下が無理をしなければならない状況が発生する」ということ。

これ、うまくいっている組織でもそうなんですが、みんな簡単に「PDCサイクルを回して試行錯誤をしよう」って言うんですよ。特に、経営幹部や社長室、本部といった属性のところは、上がってきた売り上げやお客様情報などのデータをコンピュータにぶち込んで、出てきた結論から成立する仮説を元に「こうすれば、もっとうまくいく」って考える。

考えるのはいいんです、それが仕事ですから。しかしですね、その試行錯誤というのは常に仕事内容の変化を伴います。商品の陳列の仕方、配送の方法、伝票の書き方、新しいキャンペーン、サービス体系や新規取り扱い品目などなど、仕事の仕方がガラッと変わってしまうような計画も起こり得る。もちろん、こうしよう、こうすれば売り上げが上がるはずだ、お客様は喜ぶのだ、ということで、誰もそれが悪いことではないと思ってやってます。

ところが、変更は全部現場にやってきます。お前、明日からこの仕事だから、今までやってきたやり方は駄目だったからこうするんでよろしく、って降りてくる。酷い場合は、いままでの売り上げ管理のやり方では駄目だったから、これからはこういう方法でお前の担当は売り上げ管理するってことで、いきなりその現場の評価が切り下げられたりしてしまう。悪いことばかりではなく、効率に繋がるのだからより仕事が楽になる部分もあるのでしょうが、その楽になった分は労働の冗費になるということで別の仕事がさらに押し込まれて、新たな業務を抱え込むようになってしまうのです。

どうも、この辺の試行錯誤のコストというものを考えない人々というのはとても経営陣に多いようです。真面目なんでしょうか。やればやっただけ、売り上げに還ってくるという不思議な精神論を唱える「賢い経営幹部」が増える。そりゃあもちろん取り扱い品目をコスト増なしに拡大できれば、見た目の売り上げは増えますよ。でもそれは、企業の足腰である現場の体力とトレードオフです。

「ビッグデータの活用では、うちは他社より先行しているから凄い」という経営陣に結構共通しているのがこの辺で、やっていることは科学的であろうとしているものなのに、具体的なワークになると途端に「死ぬまで改善頑張れ」的な精神論に堕する不思議があります。例えばそういうところでシステム監査に入らせてもらって仕事の流れを見ていると、この手の改善フローそのものが経営幹部の玩具になって、どう頭が良いフリをするかの提案書見本市みたいで恐ろしいわけです。

それが駄目だという話ではなくて、何のKPIの改善を狙って、どうコストを使い、現場の労力も含めてプランニングするんですか、ということです。いつまでも徹夜して改善に着手し奉仕してくれるプログラマーやデザイナーや店長などの「裁量労働制」やら「見做し管理職」の血と涙の結晶の上に、涼しいオフィスで働く中年の姿があるわけで。

しかも、中年には中年の事情がある。「オレは若いころそうやって成果を上げて評価されていま本社にいる」という自負とともに、妻がいる子供がいる、使えるものはすべて使い、保身は保身で大事でっていう、人生の事情。分かるんだけどさ。やっぱり大きい組織を横から見ていて、仕事をしないほうが組織のためになっているように見える人も多数いるわけですよ。でもそういう人にも家庭があって事情がある、持病があるのかもしれない、話せば気さくでいい人なんだけど、という諸事あって、でも苦労しているのは現場という。現場は現場で仕事が忙しすぎて婚期を逃しましたという女性がいてみたり、バイトのシフト組みに失敗して穴が開いたので休日返上で現場入っているけど出勤しないことにしている店長が年俸280万とかで働いてたりするんです。

組織というのはそういうものかもしれないけど、もうちょっとスマートにならないものなんだろうか、と思うわけで。人事評価にせよ、養う社員各位の人生設計にせよ、限りあるリソースをどう配分するのか、より効率化するのかというゲームなんだろうなあと最近はぼつぼつ考えます。