何かと世間を騒がし続けるタトゥー問題  タトゥー裁判の控訴審で再び問われる数々の課題

2018年9月21日に行われた控訴審初日直後の記者会見 画像提供VESUVIUS

筋が通っているようで通っていなかった第一審判決

相変わらずタトゥーが世間を騒がせている。タレントのりゅうちぇるさんがタトゥーを入れたことで批判が殺到し、それを受けて脳科学者の茂木健一郎さんがタトゥー差別は撤廃すべきとブログで言及したことで、更にネットが炎上する騒ぎが起こった。かと思えばワールドラグビー(ラグビー国際統括団体)が、2019年に日本で開催されるラグビー・ワールドカップに出場する選手達に、タトゥーを隠すように指示したとして、選手陣だけでなくファンからも反発と指示の声があがり、大きな議論になったことは記憶に新しい。そして9月、医師免許なしでタトゥーの施術行なったとして2015年に医師法違反で起訴された増田太輝さんの控訴審が大阪高等裁判所にて開かれた。

タトゥーの施術は医師免許を持つ医者が行うべき医療行為であるとした大阪地方裁判所による判決が言い渡されてから1年が過ぎた。第一審の判決は「刺青を完全に否定された」ものだったと語る増田さん。全面的に主張が退けられた判決に、弁護団も動揺を隠せなかった。主任弁護人である亀石倫子弁護士は、第一審の有罪判決について「8年間、刑事事件をやっていて聞いた判決の中でも、トップクラスにひどい判決」と語った。その理由はこうである。「医師でなければタトゥーを施してはいけないという理屈として、とにかく危険の一点張り。その危険性の程度がどれぐらいか、どうすれば低くできるのか、医師ならその危険を取り除けるかという点には言及せず、<危険>だけで乗り切っている。さらに医師法で規制することが、表現の自由、職業選択の自由、人に刑罰を課すには法律に書いてなければならないという罪刑法定主義など、他にも色々な問題を指摘したにも関わらず、危険だから仕方がないという理屈だけなんです。」

実際に判決文に目を通すと、一見辻褄が合っているかのように読めるが、熟読すると説得力のない内容であることが読み取れる。表現の自由に関して、施術される側の表現の自由を認めながらも、彫師の表現の自由については<入れ墨の危険性に鑑みれば、これが当然に憲法21条1項で保障された権利であるとは認められない>と記されているだけで、職業選択の自由についても、タトゥー施術の危険性を考慮すると、医師免許を得た者のみに行わせることは<合理的な措置>として違反しないと記されている。さらに処罰するには明確に違法であると記されてなければいけないとする罪刑法定主義に関する部分は、全く辻褄が合わず矛盾している。判決文には、医行為は<通常の判断能力を有する一般人にとっても判断可能であると考えられるから、同条(医行為を定義した医師法の条項)による処罰の範囲が曖昧不明確であるとはいえない>と記されている。タトゥーの施術が医行為かそうでないのか、聞かれて明確に答えることができる<通常の判断能力を有する一般人>がどれだけいるのか、甚だ疑問である。弁護団の団長である三上岳弁護士も「自分の感覚的にはありえない判決」とした上で、タトゥーの施術は医行為ではないという一般的常識に反して刑罰を課せられるのであれば、「完全に法律として国民に対して知らしめる機能を失っている」と語る。

このような判決を受けて、増田さんは、やはりタトゥーに対する偏見とネガティブなイメージが大きく判決に影響したのではないかと考える。「日本特有の偏見があって、ネガティブなイメージで捉えている方が、少しずつ変わり始めているとはいえ、やはり根強く残っているので、その考え方を変えるというのは、簡単に変えることができないので、まず環境的なところからやっていかないといけないのかなと、敗訴を受けて、とても感じました」と増田さんは語る。

根強い偏見とメディアによる自主規制

今回の事件を2015年から取材し続けているジャーナリストの神庭亮介氏も、第一審の判決には驚きを隠せなかった。「もちろん日本の刑事裁判は99.9%有罪になるとういうことは知っているから、本来であれば有罪で当たり前なのですけれども、ロジックとして彫師、タトゥーイストに医師の免許を求めるということは、かなり無理筋だという、普通の人の一般感覚で考えてさすがにそれはないだろうというふうに思っていたので、有罪が出たことは少し驚きました」と語る神庭氏。その反面、日本におけるタトゥーに対する偏見は確かに根強く存在するという。「読者に身近に考えてもらうためには、タトゥーを入れている人に出てもらって、どうして入れたのか、タトゥーに対してどう思っているのかというポジティブな部分も話を聞きたいと思って、いろいろな所に取材依頼を掛けたのですけれども、ありとあらゆる人に断られまくりました。それは前の新聞社時代もそうですし、ネットメディアに移ってからもそうですけれども、かなりハードルが高くて、多分20人、30人では利かないぐらい、とにかく断られました」と語る神庭氏。さらにテレビ局ではタトゥーを映すことに関して、一定の規則はないが視聴者の価値観を考慮して自主規制されていると神庭氏は語る。タトゥーを入れている芸能人やスポーツ選手側だけでなく、情報や映像を配信するメディアにも忖度と配慮がある。情報を発信するメディアにとって、<空気を読む>ことはいつの間にか鉄則になってしまった。しかしそれでメディアの機能を果たしていると言えるのだろうか?

神庭氏はすべてバランスの問題だと考えている。「僕自身の考えを言えば、今世論の大多数というか、多分かなりの数の人がタトゥーなんて、などと思っているのだとすれば、ある種、いや、タトゥーもいいところがありますとか、文化的な価値があるということの発信をすることによって、全体としてはむしろそれでバランスが取れると思っています。」 物事すべてにおいてバランスは必要だが、それぞれの価値観によって大きく左右されるバランスをどのように保つのだろうか? 「バランス、バランスと言い続けたら何も変えられないし、何も変わらないし、読者に対して視点を提供できないではないですか。やはりいろいろな考え方があるし、問題提起とか、別に僕は何かを決め付けて、主義主張を押し付けたいと思っているわけでは全然なくて、どう思いますかとか、考えるきっかけを与えたいだけです。」 これがジャーナリズムの使命とも言える。だとすれば、世界的にここまでタトゥーが受け入れるようになった現代社会において、依然として日本ではタトゥーへの偏見が根強いのは、日本のジャーナリズムやメディアによる過度な忖度と配慮にも一因があるのではないだろうか。たくさんの日本の芸能人やスポーツ選手がタトゥーを入れているにも関わらず、それをあえて映そうとしない、伝えようとしないメディアは、日本におけるタトゥーへの根強い偏見をあえて助長しているとも言えるのではないだろうか。

医師免許を持たずにタトゥーを施術したとして起訴された増田大輝さん 画像提供VESUVIUS
医師免許を持たずにタトゥーを施術したとして起訴された増田大輝さん 画像提供VESUVIUS

新しい時代に沿った新しいルールづくりの必要性

第一審の有罪判決を受けて、最も危機感を感じたのは当然日本の彫師達である。明日からの営業は法律違反になるのだろうか? そんな質問が記者会見でも飛び交った。しかし未だに裁判が控訴審へ続くということは、まだ結果は出ておらず、法律的には変わらない状況と刑法学者である京都大学の高山美奈子教授は記者会見で答えた。今回の裁判は、彫師という職業の違法性だけでなく、職業上あらゆる問題が起こる可能性をはらんだ裁判なのである。エレファント・タトゥーのオーナー彫師GINさんは、裁判で医師法違反が確定すれば、家主から店舗を継続的に貸し続けることはできないと言われたという。顧客がヤクザだった時代は終わり、ほとんどが一般人相手に仕事を営んでいる現状で、やはり彫師を職業として法的に認知してもらうには、衛生面に配慮した新しいルールづくりが必要なのではないかと、GINさんは感じ始めているという。

そんな彫師達の想いを反映して、業界初の彫師協会を立ち上げようという動きが起きている。日本タトゥーイスト協会(仮名)と名付けられた団体の顧問を務める吉田泉弁護士は、自らがタトゥーファンであることから弁護団に協力しながら、顧問という役職を自ら買って出た。「裁判をやっていく中で彫師の方々は協会団体というものがないということを知ったんです。状況を考えると団体が必要だと。立法だとかグレイゾーンを解消するために受け皿になる団体がないので、これはもう作るしかないと。他に選択肢はないと思っている」と語る。現在、日本には3000人から5000人ほどの彫師がいると言われており、将来的には8割ほど加入してくれるような団体に育って欲しいと吉田弁護士は語る。 しかし、今回の裁判に関して、一部の彫師からは裁判に持ち込むべきではなかったという反発の声も上がっており、意見の対立が団結の妨げになる可能性もある。彫師の間で様々な派閥が存在していることも、協会設立のために乗り越えなければいけない壁である。2018年1月に東京と大阪で開催された説明会では、それぞれ60人ほどの彫師が参加し、協会設立の必要性は充分に伝わっていると感じていると語る吉田弁護士。「彫師の派閥性についても、自分なりの考えは説明会でも述べました。一門があって派閥ごとにわかれている状況があっても、一つにまとまることは可能ではないかと思っています」と語る吉田弁護士は、将来的には協会すべてが彫師で運営できるような形になればと考えており、年内の発足を目指している。

インバウンドの増加によるタトゥー関連需要のあれこれ

近年におけるインバウンドの急激な増加によって、タトゥーが入った外国人観光客も急増しており、観光庁や観光施設においてはタトゥーへの対応をどうするのか散々議論されてきた。そんな中、タトゥーが入っていても利用できる公共施設を網羅した日英バイリンガルのウェブサイト<タトゥーフレンドリー>がオープン。一部の日本メディアや海外メディアなどに取り上げられた。日本全国の温泉、銭湯、プール、ホテル・宿、スポーツジム、海水浴場の6ジャンルで検索できるだけでなく、様々な条件によって検索できるようになっている。「オリンピックがある。その手前にラグビー・ワールドカップ。インバウンドが積極的に日本が取り組んでいる。そういう背景があって、このようなサイトの需要が生まれたんです」と語るのは、創設者であり、日本では数少ないタトゥー専門誌の編集長だった川崎美穂さん。数年前に、観光庁や観光施設が外国人観光客に対して大掛かりな温泉の宣伝キャンペーンを始めた頃、たくさんの問い合わせを受けたという。「外国人が温泉に行って断られるということが起きていたんですよ。実際に知り合いが来て、電話もらって、温泉入れないって言われた。どうしようって。住所聞いて入れる施設調べてあげたりしているうちに、需要があるなと。」 これがきっかけとなりウェブサイトを開設し、現在は900件程度が掲載されており、今後も日々増えて行く予定だという。ただタトゥーお断りということで掲載を断る施設もたくさんある。「どうするか議論している最中というところもあります。過去10年議論しているけど、まだ今じゃないというところも」と川崎さんは語る。しかし最も印象に残ったのは、いくつかの施設から掲載要請の連絡があった時。「うち出てないので是非というところがあった。それが感動的というか。分け隔てなく入れるのを信念としているので、ぜひ掲載して欲しいという依頼があったのが希望でした。」 

増え続けるタトゥー人口を対象として、タトゥーを一時的に隠す商品も、近年かなりのペースであらゆるメーカーから販売されている。ほとんどはパウダー状のものだが、手軽なスプレータイプの<ボディコンシーラー>を開発したのは栃木県の株式会社パーヒ。2020年に控えたオリンピックだけでなく、来年開催されるラグビー・ワールドカップのキャンプ場が地元の栃木に設立されることもあり、宿泊施設などを中心に販売している。インバウンドの増加に当て込んだ商品だが、代表取締役である長山太陽男氏は子供の頃からタトゥーに親しんで育った。「僕はニュージーランドとハーフで、そこではタトゥーは文化で個性なんです。みんな認め合っている。それが日本に来ると個性として認められないというのが、ずっともやもやしていたんです。子供の頃に日本に移住した時から、そんな文化の違いにずっとついていけなかった」と語る。しかし近年世界的なレベルでタトゥーを排除しようとする動きがあるという長山氏。「ホノルルの警察はタトゥー禁止になったんです。確かロンドン警察もそう。音楽ストアのHMVでは勤務中はタトゥーを見せるのが禁止になりました。上流階級の人でタトゥーが入っている人はほとんどいないわけで、彼らを<正>とすれば、他は<正>でなくなる。そういう人たちが入れているなら、それはよくないことだという流れになってしまっているのではないでしょうか。」 世界で多様性や寛容性の重要性が問われている中、その反発として保守主義に火が付き、既得権者の価値観が世界的なレベルで押し付けられようとしているとすれば、いまこそ声をあげて何が<正>なのかを主張するべきではないだろうか。

ハワイ警察が警察官のタトゥーを禁止したと報じる英語版ハフィントンポストの記事 画像: https://www.huffingtonpost.com/2013/11/02/honolulu-police--tattoo-ban_n_4206377.html
ハワイ警察が警察官のタトゥーを禁止したと報じる英語版ハフィントンポストの記事 画像: https://www.huffingtonpost.com/2013/11/02/honolulu-police--tattoo-ban_n_4206377.html

変動する時代の価値観と保守主義

かつてはサブカルチャーだったものが、次第に多くの人に指示されてファッションとして評価されるようになったタトゥー。そのムーブメントに後押しされた新しい世代の価値観と、見慣れないものを否定しようとする保守主義の衝突が、今回のタトゥー裁判の背後には見え隠れしている。亀石弁護士を始めとする弁護団が、報酬なしで今回の裁判に関わっている理由はここにある。「弁護団はタトゥーを守りたいという理由でやっているわけではないんです。これは彫師達だけの問題だけではなくて、社会に関わる重要な問題だと思うからやっているんです。どういう意味かというと、これまで犯罪とされることもなく江戸時代から根付いてきた職業を奪ってしまう不合理さ、自分を自分らしく表現する方法・手段をこういう形で奪う不合理さ、こういうことを許すと少数の人が選んでいるものを奪い取られかねないという危機感。今回はたまたま対象がタトゥーだっただけで、ここを許すと、どんどん世の中にとって好ましくないもの、必要ないもの、少数派が排除されていく。そういう社会になったら困ると考えています」と亀石弁護士は語る。

今回の裁判を通じて、タトゥーに対する偏見に、多少変化の兆しが見られるのも事実である。神庭記者は長期に渡る裁判の取材を通して変化を肌で感じているという。「裁判前は、やはり厳しい意見が多かったと思います。8・2というぐらいで、タトゥーを入れるやつが悪いのだとか、彫師をかばうなどということはどうなのだというようなことが多かったと思います。裁判を終わって、いや、さすがにおかしいでしょう、医師免許など取れないでしょう、何らかの規制が必要だとしても医師免許ではないよね、というような割と冷静な議論も含めて、支持とは言わないまでも、プラスの意見6、マイナスの意見4ぐらいの感じで、多少潮目が変わったというか、逆転した感じはあると思っています。だから負けはしたけれども、一つ何かそういう影響はあったのかと思います。」

そんな世論の反応が変化の兆候をみせている中、増田さん自身はこのタイミングで彫師達が団結することが重要であると考えている。「時代は時間が進むのと同じように変わるので、自分たちも、その時代と共に変わり続けていかないといけません。日本の入れ墨の文化というのは、世界ではとても高く評価されているとはいえ、結局、国内を見れば、偏見があって、業界にも一門や派閥があってまとまっていないというのが現状です。どうどうとできない状況、はっきりしていない状況のままだと、高く評価されている文化が、本当にどんどん廃れていくと思うのです。あの規制を受けてしまった時点で、立ちあがらなければいけないと思いましたし、だからこそ今、戦っています。」

控訴審の公判日は11月14日。結果がどう出てようと、弁護団は最高裁まで戦いが続くと予想している。最高裁まで戦い続けるという増田さん自身の意志も当初から変わらない。今回の裁判は、今後日本が多様性や寛容性という考え方を培っていくことができるのかどうかを試すリトマス試験である。既得権者の古い価値観で形成された<正>がまかり通る社会になるのか、市民社会の多様性を尊重し、寛容性を重視した形での<正>を司法が示してくれるのか、大きな道標になる裁判であると思う。

*この記事は、Yahoo!ニュース個人の動画企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。