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損を覚悟で「都構想」に賛成する大阪市民はエライかもしれない!

山口一臣THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)
「都構想」で会見する吉村洋文・大阪府知事(右)と松井一郎・大阪市長(写真:つのだよしお/アフロ)

■大阪市民にとっては明らかに「損」な選択だ

 政令指定都市の大阪市を廃止して4つの特別区に分割する住民投票が11月1日に実施される。大阪の話なのでほとんど関心がなかったが、投票日が近くなるにつれていろいろな情報が入ってくるようになり、どうしても黙っていられなくなった。

 驚いたのは賛否が拮抗していることだ。ABCテレビとJX通信社が行った直近の世論調査では賛成46.9%、反対41.2%だった。その他の調査で反対が上回っているところもあるが、いずれも「賛否伯仲」なのである。大阪市民は奇特な人が多いのか、あるいは真実を知らずに賛成しているとしか思えない。

 なぜなら大阪市の解体は、損得で考えるなら、市民にとって「損」しかないからだ。

 これはメリットvs.デメリットの比較とか、行政コストがどうなるとか、二重行政や経済成長がどうのといった複雑で面倒な話ではない。きわめて単純な話である。日本の地方公共団体には財源や権限によって次のような格付けがある。

1) 都道府県

2) 政令指定都市

3) 中核市

4) 旧特例市

5) 一般市町村

6) 特別区

 都道府県は広域行政担当なので、それを除けば政令指定都市がナンバー1だ。それを4ランクダウンの特別区にしようということなのだ。言ってしまえば、Jリーグの「J1」で戦っているチームが分割されて、J2、J3よりずっと下の草サッカーチームになってしまうという話なのだ。なぜ、賛成する大阪市民がいるのかわからない。

■住めばわかる「政令指定都市」のスケールメリット

 おそらく、賛成している大阪市民の多くは特別区に住んだことがないのではないか、とも思った。

 私は、東京23区内(つまり特別区)で生まれ育った(23区内で何回か引っ越した)。社会人になって数年後に神奈川県内の中核市に住み、その後、埼玉県の旧特例市から一般市(旧与野市)へ移った。その与野市は2001年に浦和市、大宮市と合併してさいたま市になり、2003年に政令指定都市に格上げされた。つまり、特別区から政令指定都市まで、すべての市政のもとで暮らしたことがある。

 その経験からして、現在政令指定都市の大阪市から、なぜ格下の特別区になりたいのかが理解できない。おそらく、大阪市民はこのことを知らないのではないか? ランクが下へ行けば行くほど、自治体としての権限がなくなるのだ。

 市政の違いをいちばん実感したのは、与野市(一般市)がさいたま市(政令指定都市)に格上げされたときだ。与野市時代はいつも話題になりながら予算が足りずになかなか手がつけられなかった河川の整備や防災対策などがみるみる進んだ。どぶ川のようだった近所の用水路にも遊歩道ができ、ゆうゆうと鯉が泳ぐほど浄化された。スケールメリットとは、こういうことなのだとつくづく思った。

 だから、一般市である与野市は面倒な思いをしても浦和市、大宮市(その後、岩槻市も参加)と合併し、政令指定都市のさいたま市になったのだ。

■権限もなくすべてが中途半端だった「特別区」

 一方、23区内に住んでいたとき、自分が東京都民である意識はあったが、〇〇区民であるという意識はほとんどなかった。一応、議会があって、選挙で選ばれる区長はいるが、なんとも中途半端なのである。区議会議員は都議会議員に比べて“格下感”がハンパなかった。  

 世田谷区(人口90万人)や江東区(同49万人)のように、区によっては中核市(人口20万人以上)や政令指定都市(同50万人以上)の条件を上回る住民を抱えているところもあるが、権限がまったく足りていない。

 例えば、法人住民税や固定資産税などは東京都に納められて特別区には徴税権がない(あとで分配される)。街づくりの根幹である都市計画も特別区だけの裁量ではできない。公立学校の教員の人事権もない。いずれも氷山の一角で、いちいち東京都にお伺いを立てなければならないことが多すぎるのだ。

 東京23区の特別区は、もともと第2次世界大戦下に戦時体制強化のため、東京市民の自治権を奪うために生まれたものだから、これは仕方のない面もある。

 一般に関東人より関西人の方が独立気質が強く、自治権に対するこだわりが強いというイメージを持っていたが、どうやら違っていたようだ。単純に、大阪市の松井一郎市長のことは誰でも知っているが、東京都板橋区の区長の名前を知っている人はどれだけいるか? これだけでも、特別区の格下ぶりがわかるだろう。

 それでも、大阪市民は政令市解体に賛成するのだろうか? もし、賛成多数になると、みなさんは大阪市民でなくなる。中央区民とか、北区民とか、なんだか中途半端な存在になるのだ。本当にそれでいいのか? 何か勘違いしてないか?

■「二重行政」が問題になっているのは大阪だけ!?

 まず、大手メディアはこの大阪市解体を「大阪都構想」と呼んでいるが、大阪は「都」にはなれない。さすがにこのことはもう理解されていると思うが、念のため。大阪は日本の首都ではないし、天皇陛下も住んでいない。つまり、「みやこ」にはなれないのだ。今回、行われる投票は、大阪を「都」にするための投票ではなく、基礎自治体トップの政令指定都市・大阪を一般市町村より格下の特別区4つに分割することの賛否を問うものだ。

 なぜ、そんなことが必要なのか? 「大阪市廃止」を推進する大阪維新の会がつくったホームページ〈なんで!? 都構想が必要なん?〉には、いちばん最初に〈都構想議論の最大の焦点〉として「二重行政の解消」という言葉が出てくる。実は、各種世論調査で賛成と答えた市民の多くも、二重行政の解消を理由にあげている。これも、政令指定都市に住む私からすると「?」マークなのである。

 大阪維新の会のホームページには〈知事と市長、府庁と市役所、それぞれの関係者が協力することなく、住民不在の中で、競い合うように税金を非効率に投資してたじゃん〉と書かれている。いや、こんなことは埼玉県とさいたま市の間では聞いたことがない。全国的に見ても、県庁所在地が政令指定都市になっているところは少なくない。

北海道→札幌市

宮城県→仙台市

埼玉県→さいたま市

千葉県→千葉市 ※

神奈川県→横浜市

新潟県→新潟市 ※

静岡県→静岡市 ※

愛知県→名古屋市

京都府→京都市 ※

大阪府→大阪市 ※

兵庫県→神戸市

岡山県→岡山市 ※

広島県→広島市 ※

福岡県→福岡市 ※

熊本県→熊本市 ※

※=道府県名と市名が同じ

 道府県と地元市が〈住民不在で競い合うように税金を投資している〉という現象がどこでも起きているとは思えない。「二重行政」の問題が起きる原因は、県庁所在地の市が政令指定都市だからではない。逆にいうと、大阪市を廃止して特別区に分割すれば、「二重行政」が解消するということもない。もし、大阪で二重行政が起きているとすれば、市政とは別のところに問題があると言わざるを得ない。

■大阪市の権限と財源を“むしり取る”ことが真の目的だ

 では、私が「都構想」に反対かというと必ずしもそうではない。正直に言うと、しょせんは他人事だからどっちでもいい。むしろ、社会実験として政令指定都市の解体がどうなるかを見てみたい気もする。ただ、大阪市民にとっては明らかに「損」な選択であることは間違いない。

 効果があるとすれば、いま大阪市に集中している「富」が大阪府全体に分配される可能性があることだ。これは、「都構想」の提唱者である橋下徹さんが「(「都構想」の目的は)大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」(読売新聞2011年6月30日)ことだと発言していることからも明らかだ。

 つい最近もツイッターでこんなやり取りを見つけた。

〈そもそもその財源である2000憶円って、純粋に大阪市民のもの?都市圏が大きく膨れている現在における大阪市域の税収は、むしろ周辺からの昼間流入人口より形成されていると思うのが自然。それを大阪市の権限で独り占めしている方が問題だったと思いますよ?〉

 この投稿に対して、「都構想」推進派のブレーンである上山信一さんが、

〈まさにそのとおり。地下鉄のお客様も過半が大阪市外から来られています。〉

 と応じている。この指摘は重要かもしれない。つまり、本来なら大阪市周辺もしくは大阪府全体に分配されるべき財源が大阪市に独り占めされているという発想だ。本当に、そうした状況にあり、周辺市に不満があるとすれば、それを是正しようという考えはあってもいい。「都構想」推進派には、こうした問題意識があるのかもしれない。だとしたら、なおさら社会実験としてやってみる価値はある。

 ただ、冒頭でも書いたように、住民投票の有権者である現在の大阪市民にとっては「損」な話だから、悩ましい。しかし、あえて市民としての損得の「得」を捨て、もしかしたら大阪府全体のためになるかもしれないという道を選択するのは自由である。〈大阪市民は奇特な人が多いのか〉と書いたのは、そういう意味だ。

 こうした真相を理解しながら、なお賛成する市民がいるとしたら、それは自らの利害を超えて全体に奉仕しようというエライ人たちなのである。私が当事者だったら、損は嫌だから反対する。

 いずれにせよ、大阪市民としての既得権を捨て、大阪府全体のためにあえて“格下の”特別区民になりたいと考える人は賛成に投票すればいいと思う。その先にバラ色の未来があるかどうかは、やってみなければわからない。誰にもわからない。反対派が言っていることも、賛成派が言っていることも、将来については本当かどうかわからない。だから、よく考えてみてほしい。

THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)

1961年東京生まれ。ランナー&ゴルファー(フルマラソンの自己ベストは3時間41分19秒)。早稲田大学第一文学部卒、週刊ゴルフダイジェスト記者を経て朝日新聞社へ中途入社。週刊朝日記者として9.11テロを、同誌編集長として3.11大震災を取材する。週刊誌歴約30年。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。2016年11月末で朝日新聞社を退職し、東京・新橋で株式会社POWER NEWSを起業。政治、経済、事件、ランニングのほか、最近は新技術や技術系ベンチャーの取材にハマっている。ほか、公益社団法人日本ジャーナリスト協会運営委員、宣伝会議「編集ライター養成講座」専任講師など。

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