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新聞が書かない これが日産ゴーン元会長“無実”の証拠だ!

山口一臣THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)
ゴーン元会長は保釈が認められず“塀の中”に入ったままだ(写真:ロイター/アフロ)

 日産自動車のカルロス・ゴーン元会長(64)が特別背任容疑で逮捕された事件で、ゴーン元会長の勾留理由を開示する手続きが1月8日に東京地裁(多田雄一裁判長)で開かれた。出廷したゴーン元会長は英語で約27分(通訳の時間も含む)におよぶ意見陳述を行い、「捜査機関からかけられている容疑は、いわれのないものだ」と無罪を主張し、「不当に勾留されている」などと徹底抗戦の構えを見せた。

参考記事:徹底抗戦! これが日産ゴーン元会長が法廷で語った「宣戦布告」の全文だ

 勾留理由開示を受けて、同日午後3時からゴーン氏の弁護人であり、元東京地検特捜部長の大鶴基成弁護士が日本外国人特派員協会(FCCJ)で記者会見した。弁護人の説明を聞いて正直、驚くことがいくつかあった。弁護側の主張であることを差し引いても、ゴーン氏の逮捕事実は「なんでそれが罪になるんじゃ」と思わざるを得なかった。

 新聞やテレビは弁護側(被疑者側)の言い分をあまり詳しく報じないので、あえて弁護側の主張に沿って解説してみよう。

朝日が最初に報じた「私的損失」の日産への付け替え

 ゴーン氏が再々逮捕されたのは、10年以上前の通貨取引が原因だった。東京地検特捜部がこの件に関心を持っていることを初めて報じたのは2018年11月27日付の朝日新聞朝刊である。

〈私的損失、日産に転嫁か ゴーン前会長、17億円 特捜部把握〉

 という見出しで、ゴーン氏が私的な投資で生じた約17億円の損失を日産に付け替えていた疑いがあり、証券取引等監視委員会がこの取引が会社法違反(特別背任)などにあたる可能性があると指摘していた、などという記事を掲載したのだ。少し長くなるが引用してみよう。

〈複数の関係者によると、ゴーン前会長は日産社長だった06年ごろ、自分の資産管理会社と銀行の間で、通貨のデリバティブ(金融派生商品)取引を契約した。ところが08年秋のリーマン・ショックによる急激な円高で多額の損失が発生。担保として銀行に入れていた債券の時価も下落し、担保不足となったという。

 銀行側はゴーン前会長に担保を追加するよう求めたが、ゴーン前会長は担保を追加しない代わりに、損失を含む全ての権利を日産に移すことを提案。銀行側が了承し、約17億円の損失を事実上、日産に肩代わりさせたという〉

 これを読むと、あたかも強欲なゴーン氏が高額な報酬を手にしていながら、さらに資産を増やそうと危険なデリバティブ取引に手を出したものの、失敗して発生した巨額の損失を会社に付け回してきたように受け取れる。私自身もこの記事を見て「なんだゴーンはそんなに悪いヤツだったのか。同情して損した」と思ったものだ。自分の損を会社に払わせるとは、とんでもない話である。しかも、記事はこう続いていた。

〈一連のやりとりの中で、銀行側は、権利を日産に移す条件として、日産の取締役会で承認を取るよう求めたが、ゴーン前会長側はこの要請を拒否。銀行側は日産が大手企業であることなどを考慮し、ゴーン前会長の意向を最終的に受け入れた。銀行側との交渉にはゴーン前会長に近い幹部が関わっていたという。

 関係者によると、監視委は同年に実施した銀行への定期検査でこの取引を把握。ゴーン前会長の行為が、自分の利益を図るために会社に損害を与えた特別背任などにあたる可能性があり、銀行も加担した状況になる恐れがあると、銀行に指摘したという。特捜部は、ゴーン前会長による会社の「私物化」を示す悪質な行為とみている模様だ〉

 確かに、ここに書かれていることが事実なら「悪質な会社の私物化」と言われても仕方がないだろう。事実、この時の取引を理由に昨年12月21日に再逮捕(3回目)されることになる。本当のところはどうだったのか。

日産は1円の「損害」も被ってはいなかった!

 特別背任罪というのは、組織の幹部などが自己もしくは第三者の利益を図る目的で、その任務に背く行為をして、当該組織に財産上の損害を与えたときに成立する。

 まず重要なことは、日産はこの取引で1円の損害も被っていないということだ。なぜなら、〈約17億円の損失〉というのはあくまでも評価損(帳簿上、損失が出ているが、まだ確定していない)に過ぎず、しかも取引の主体がゴーン氏からいったんは日産に移ったものの、約4カ月後に再びゴーン氏に戻っているからだ。ただ、これについての評価は真っ二つに割れている。

 元検事の郷原信郎弁護士はブログで検察をこう批判した。

〈日産が損失を被る危険性があったことは確かだが、実際は、その後、契約は元に戻されているので、損失は発生していない。損失が発生していないのに、特別背任で刑事立件されたという例というのは、聞いたことがない〉

 一方、東京地検特捜部副部長だった若狭勝弁護士は、

「実際に損害を与えていなくても、実損を与える恐れがあればアウトです」

 などとテレビでコメントしていた。ゴーン氏の勾留事実も、契約を付け替えることで「損失を負担すべき義務を日産に負わせた」というものだ。つまり、日産が実害を被っていなくても、負担すべき義務を負わせたこと(契約の主体をゴーン氏の資産管理会社から日産に移したこと)自体を問題視していた。

 しかし、今回の記者会見で明らかになった弁護側の説明によれば、日産が損失を被っていなかったどころか、そもそも「損害を被る恐れすらなかった」というのである。どういうことか。順を追って説明しよう。

ゴーン元会長がデリバティブ取引を始めた事情

 まず、ゴーン氏がなぜデリバティブ取引を始めたのかというと、意見陳述書にある通り、「報酬をドルで受け取りたかったから」ということになる。ゴーン氏は家族が海外で暮らしているため、ドル建てで報酬を受け取ることを希望したが受け入れてもらえなかった。そこで、為替リスクを回避するための策を銀行に相談したところ、為替スワップというデリバティブ取引を勧められたというのである。

参考記事:徹底抗戦! これが日産ゴーン元会長が法廷で語った「宣戦布告」の全文だ

 このことは、なぜか新聞などではほとんど報じられていない。デリバティブ取引などと聞くと、強欲な男が大儲けしようとしてやっていたのかと思ってしまうが、そうではないというのがゴーン氏側の主張である。確かに円建てで報酬を受け取ると、海外に住む家族にとっては、円高や円安によってドルに換金したときの収入が減ったり増えたり、安定しないという不都合が生じる。このリスクを回避しようと、自らの取引銀行に相談するのは自然だと思う。

 大儲けしようと思ってデリバティブ取引に手を出したというのと、家族の収入を安定させるために銀行に相談したというのでは、世間の印象がだいぶ違う。

 この為替スワップ取引はしばらくうまくいっていたという。ところが、2008年9月にいわゆるリーマンショックが起きたことから状況が急変する。為替レートが急激に円高に動いたため、大きな損失を抱えることになった。ゴーン氏は、銀行との契約でこうした損失発生に備えるために、自らが所有する日産株連動債を担保に入れていた。ところが、こちらも世界的な株安で日産株が急落したため、担保としての用をなさなくなった。

 どれくらい変化があったかというと、2006年当時1ドル=118円、日産株=1500円だったものが、1ドル=80円、日産株=400円という激変ぶりだ。こうなると、冷酷なのはデリバティブ取引を勧めた張本人の銀行だ。ゴーン氏に対して追加の担保を差し入れるよう迫ってきた。ちなみにこの銀行は新生銀行である。

契約の付け替えは日産の取締役会で承認されていた

 ゴーン氏が当時保有していた他の金融資産もすべて日産株と同じように大幅に値下がりしたため、追加の担保が用意できなかった。そこでゴーン氏は、日産の資産を一時的に担保にすることはできないかと銀行に相談したところ、契約の主体をゴーン氏の資産管理会社から日産に移せば追加担保の必要はなくなると言われたというのだ。日産という会社の信用力があれば、あえて担保を入れる必要はないということだ。

 結局、この時の銀行のアドバイスに従ってやった行為が“特別背任”にあたるとされ、逮捕されてしまうのだ。確かにこれだけでは日産がいつか損害を被る危険があったように思えるし、そもそも会社の資産を自分の取引の担保にしようとする発想自体が会社の「私物化」のようにも感じられる。弁護人の大鶴弁護士でさえ、最初にゴーン氏から話を聴いた段階では、これで無実といえるか半信半疑だったという。しかし、詳しく調べていくと驚くべき事実が次々と明らかになり、無実を確信するに至ったという。

 まずは、契約主体の付け替えは事前に日産の取締役会で承認されていたという事実である。前出の朝日新聞の記事には、銀行が契約の主体を日産に移す条件として取締役会での承認を求めたが、ゴーン氏はこれを拒否したと書いてあるが、実際には取締役会の決議に基づいてなされたものだった。しかも、この取締役会の決議には「日産が差損の支払いを負うことのない」場合に限るという“条件”が付けられていた。つまり、この時点ですでに、日産が損害を被る危険も恐れもなかったということになる。

 ただ、この取締役会の承認というのが「ゴーン氏の契約」に関する承認ではなく、「外国人役職員全般の契約」に関する承認になっていることから、検察側は「自らの損失を伏せたまま、偽装決議を行った」と主張している。一般の新聞などでは、そもそもゴーン氏が為替スワップ取引を始めた理由について書かれていないので、一見すると検察の主張の方が説得力があるように思える。しかし、そもそも為替スワップを始めた動機が「報酬をドルで受け取りたかったからだ」という説明を聞いていれば、日産の外国人役職員全般に関する決議にしたことは極めて自然な流れとして納得できるだろう。

 さらに、この取締役会の決議に基づいて、ゴーン氏の資産管理会社と日産と銀行の3者で契約が取り交わされるのだが、そこには、為替スワップによって損失が生じた場合はゴーン氏の管理会社が差損金額を支払い、逆に差益が生じた場合は、その金額をゴーン氏の管理会社が受け取ることで合意したことが明記されているという。

どう転んでも日産が損をしない契約だった

 つまり、どう転んでもゴーン氏の背信行為によって「損失を負担すべき義務を日産に負わせた」という事実は出てこないのだ。大鶴弁護士自身、自らの古巣の特捜部が証拠もないのにゴーン氏ほどの人物を逮捕するわけがないと思っていたそうだが、この3者が合意した契約書を目の当たりにして、犯罪事実はないと確信したという。

大鶴弁護士(右から3番目)も最初は半信半疑だったという……
大鶴弁護士(右から3番目)も最初は半信半疑だったという……

 しかし、よく考えてみるとこれは至極当然のことだ。日産という会社が幹部の私的な損失を補填していたとしたら、それこそ会社の犯罪になってしまう。だから、そうならないように日産としてもいくつかの“人質”を取っている。まずひとつはゴーン氏自身の報酬だ。為替スワップ取引で損失が出て、万一、ゴーン氏が損失を支払えない状態であっても、日産はゴーン氏の報酬から回収することができる。また、ゴーン氏にはすでに確定済みの40億円を超える未払いの退職慰労金があり、これとの相殺も可能だ。

 つまり、企業が福利厚生の一環として社員の退職金を担保に住宅ローンを組んでくれるのと似た発想だ。日産は一時的に会社の「信用」をゴーン氏に貸しただけで、ゴーン氏の私的な損失を引き受けることは、何があってもあり得なかった。しかも、この「信用」貸しの仕組みは取締役会の決議によって、ゴーン氏だけでなく、報酬をドル建てで受け取ることを希望する外国人役職者全般に適用されることになっていた。これのどこが犯罪なのか。

 ここで注意しなければならないのは、「犯罪」の事実と「けしからん」という感情は別のものだということだ。新聞報道を見る限り、確かにゴーン氏が日産社内でしだいに傲慢になって、いろいろ私物化に近いことをしていたんだろうなぁという印象は残る。他の役員からすると気にくわないこともあったと思う。週刊文春が報じたように、離婚した前妻に対するDV・暴力沙汰など、プライベートでも問題がありそうだ。しかし、それと犯罪行為は言うまでもなくまったく次元が違う。仮にゴーン氏に目にあまるけしからん行為があったからといって、牢屋にぶち込んでいいという話にはならない。

 さて、ゴーン氏の特別背任に関する犯罪事実はもうひとつ、自らの利益のために日産が払う必要のない資金約1470万ドル(約16億円)をサウジアラビアの知人に支払ったというものがある。これについては煩雑になるので稿を改めたいと思うが、一点だけ指摘しておく。特捜部はこの件に関して相手方のサウジアラビア人の事情聴取を行っていないという事実である。元特捜部長の大鶴弁護士によれば、自らの経験に照らして、こんなことはあり得ないという。つまり、この捜査には重大な瑕疵があるということだ。

 詳しくは、また……。

THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)

1961年東京生まれ。ランナー&ゴルファー(フルマラソンの自己ベストは3時間41分19秒)。早稲田大学第一文学部卒、週刊ゴルフダイジェスト記者を経て朝日新聞社へ中途入社。週刊朝日記者として9.11テロを、同誌編集長として3.11大震災を取材する。週刊誌歴約30年。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。2016年11月末で朝日新聞社を退職し、東京・新橋で株式会社POWER NEWSを起業。政治、経済、事件、ランニングのほか、最近は新技術や技術系ベンチャーの取材にハマっている。ほか、公益社団法人日本ジャーナリスト協会運営委員、宣伝会議「編集ライター養成講座」専任講師など。

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