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安倍首相が「真珠湾訪問」をどうしてもしたかった本当の理由

山口一臣THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)
キャロライン・ケネディ駐日大使(写真:ロイター/アフロ)

12月6日付の朝刊各紙は1面トップで安倍晋三首相の「真珠湾訪問」を大々的に報じていた。見た瞬間、私は胸がえぐられるような思いに駆られた。このカードをここで切ってくるのか。安倍さんという人は自らの政権維持や選挙のためなら何でもやる人なんだ、と。

領土問題が動かない

だが、それ以上に違和感があるのは、この日を機に始まった新聞・テレビの「礼賛一色」の報道だ。日本の首相が初めて日米開戦の地で犠牲者を慰霊するのだから、極めて重要なニュースであるのは間違いない。安倍首相が自ら語っているように「日米和解の価値を発信する機会にしたい」という意味もわかる。

だが、報道が伝えるべきはそうした表面的なことだけではないだろう。読者が本当に知りたいのは、いま起きていることの事実関係だけではなく、なぜそれが起きたかという“文脈”(コンテキスト)や背後関係だ。ところが、最近の新聞・テレビの報道では、そうした分析がほとんど見られない。

少し前には、ロシアのプーチン大統領来日が決まり、「北方領土が返還される」かのような報道も見られた。しかし、そのときも、合点がいく“文脈”や分析の報道はなかった。日ロ関係に詳しい一水会代表の木村三浩氏は「領土問題はすぐには動かないでしょう」とネット上で発言している。

(参考記事:北方領土交渉が一筋縄ではいかない事情

今回の真珠湾訪問でいえば、例えば、なぜいま突然なのか? 戦後の歴代首相が真珠湾訪問(慰霊)を封印してきたのは、それが“謝罪外交”につながると見られたからだ。現職首相の真珠湾訪問は日本政府にとっての重要な“切り札”だ。それを安倍首相はなぜ、かくもあっさり出したのか。東京で手に入る限りの新聞をひっくり返したが、腑に落ちる答えはどこにもなかった。

あえて言うと、今年5月にオバマ米大統領が被爆地・広島を訪れたことの“返礼”の意味合いがあるという判で押したような解説はあった。だが、思い出してみてほしい。安倍首相はオバマ大統領の広島訪問に際しての記者会見で、「現在、ハワイを訪問する計画はない」ときっぱり否定していたのだ。米大統領の広島訪問は実現したが、原爆投下に対する謝罪はなかったのだから、これもひとつの判断だ。それがなぜ、わずか半年後に方針転換したのか。いま伝えるべきは、その“方針転換”の意味ではないか。

答えは、容易に想像がつく。11月17日にニューヨークで行われた“異例”の「トランプ・安倍会談」に対する“お詫び”である。

安倍首相は米大統領選の直後、世界の首脳に先駆けて次期大統領であるドナルド・トランプ氏との会談に“成功”した、と伝えられた。この時も、報道が「礼賛一色」だったことを思い出してほしい。だが、オバマ大統領が現職でいるうちの次期大統領への表敬訪問は、外交的に著しく非礼なことだ。だから、どこの国もそんなことにチャレンジしない。「世界の首脳に先駆けて会談に成功した」というのは、そういうことだ。

当然、アメリカの現政権は激怒した。とくにキャロライン・ケネディ駐日大使は日本政府に強く抗議したと伝えられる。その結果、APEC首脳会議のために訪れたペルー・リマで11月20日に予定されていたオバマ大統領との日米首脳会談が流れ、たった5分間の立ち話になった。安倍首相は、この立ち話会談で「真珠湾訪問」というカードを切って、なんとか許しを請うたのだ。ホワイトハウスがこれを“歓迎”するのは当然なのだ。そう考えると合点がいく。

さらに考えてほしいのは、そもそもの「トランプ・安倍会談」も“お詫び”だったということである。

安倍首相は外交政策の目玉として日ロ関係の改善を模索していた。今月15日にはプーチン大統領の来日が予定され、あわよくば北方領土返還への道筋をつけようとしていた。ところが、米オバマ政権は日ロ接近を面白く思っていなかった。そこで、安倍政権はオバマ大統領が悲願とするTPP協定批准を援護射撃することで、日ロを黙認してもらうシナリオを描いた。安倍政権が他国に先駆けてのTPP批准を急いだのはそういう理由だ。

さらに、このシナリオを確実なものとするため、安倍首相は米大統領選挙期間中に一方の候補者であるヒラリー・クリントン氏との会談に踏み切った。先進国の首脳が選挙のさなかに一方の候補者だけに会うのも極めて異例なことだ。安倍首相(というか日本の外務省)はヒラリーの勝利を確信していた。この時点では、安倍首相にとってヒラリー氏は“次期大統領”そのものだった。

ところが、選挙はトランプ氏の勝利に終わり、当初のシナリオは崩れ去った。安倍首相は選挙期間中にヒラリー氏と会談した非礼を詫びるため、急ぎ会談がセットされた。先進国の首脳が、現職の大統領(オバマ氏)を差し置いて次期大統領(トランプ氏)と会談するのは“異例”というより“異常”なことだ。だが、このときも報道は「礼賛一色」だった。

安倍首相とトランプ氏の会談内容の詳細は明らかにされていないが、「週刊現代」(12月10日号)に「安倍官邸大パニック」の見出しで興味深いエピソードが書かれている。トランプとの会談を終えてリマに乗り込んだ安倍首相は、会う人ごとに「私は数日前に、ニューヨークでトランプとじっくり語り合ったんだけどね」と自慢げに吹聴していたという。ところが、安倍首相が現地での記者会見で「TPPは米国抜きでは意味がない」と言い切ったわずか18分後に、トランプ氏がビデオメッセージを公開し、「わが国に災厄をもららす恐れがあるTPPからの離脱の意思を通告する」と宣言する。これを聞いた安倍首相の顔は引きつり、言葉も出なかった、という。

月刊誌「選択」(12月号)は〈それは政権の座に返り咲いてから約四年、安倍政権が掲げる「地球儀俯瞰外交」の大きな柱が崩れ落ちた瞬間でもあった〉と書いた。

だが、こうした事実報道や分析・解説が読めるのは、雑誌ばかりだ。新聞やテレビではほとんど見られない。15日からのプーチン大統領来日、月末の真珠湾訪問と、また「礼賛一色」に染まるのかと思うとうんざりだ。永田町では早くも「真珠湾解散」などという声すら上がり始めているようだ。

6日配信の日本経済新聞電子版は、〈1月解散風再び 真珠湾訪問、支持率向上の思惑〉というタイトルで、自民党幹部が「真珠湾訪問で支持率も上がるだろう。やるなら1月解散だ」と語ったと伝えている。「オイオイ」と思うのは、私だけではないだろう。

(参考記事:1月解散風再び 真珠湾訪問、支持率向上の思惑

(参考記事:北方領土交渉が一筋縄ではいかない事情

THE POWER NEWS代表(ジャーナリスト)

1961年東京生まれ。ランナー&ゴルファー(フルマラソンの自己ベストは3時間41分19秒)。早稲田大学第一文学部卒、週刊ゴルフダイジェスト記者を経て朝日新聞社へ中途入社。週刊朝日記者として9.11テロを、同誌編集長として3.11大震災を取材する。週刊誌歴約30年。この間、テレビやラジオのコメンテーターなども務める。2016年11月末で朝日新聞社を退職し、東京・新橋で株式会社POWER NEWSを起業。政治、経済、事件、ランニングのほか、最近は新技術や技術系ベンチャーの取材にハマっている。ほか、公益社団法人日本ジャーナリスト協会運営委員、宣伝会議「編集ライター養成講座」専任講師など。

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