Yahoo!ニュース

ステマというより芸能人詐欺広告塔事件だろうこれは

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

水曜あたりからあちこちで騒ぎが起きているこの件。

お笑い芸人も“やらせ広告塔” 業界騒然、タレントら対応大わらわ」(産経新聞2012年12月14日)

ペニーオークション詐欺でサイト運営者の男らが京都、大阪両府警に逮捕された事件を受け、別のオークションサイトで格安で商品を落札したと自身のブログで紹介していた人気お笑いコンビの男性芸人(35)が「実際には落札していなかった。5万円の報酬をもらって書き込んだ」と所属事務所に認めていたことが13日、分かった。

水曜、木曜は授業とかゼミとかでばたばたしてたのでちらちらとネットを眺めているだけだったんだが、木曜午後になって読売新聞の記者の方から大学に電話がかかってきて、夜になって取材を受けた。「ステマの件で」、と。ブログの記事を見て私を知ったらしい。急に騒ぎが大きくなったのはもちろん、この詐欺サイトをブログなどで推奨する記事を書いていたのが芸能人たちだったからだろう。「ステマ」騒動再び、というわけだ。一応、自分がWOMJ個人会員でガイドライン委員会に所属していることも説明はしたが、基本的に個人としての意見をということだったので、個人としての意見を述べた。

本件は基本的にはペニーオークションを使った詐欺事件なのであって、その一環として、宣伝がステルスマーケティングの手法で行われたという話だ(あの種の詐欺を宣伝しようと思ったらステマにならざるを得ないはずだ)。これを「ステマ」事件というのは、そもそも事件の本筋をはずしたとらえ方ではないか。詐欺を泥棒にたとえれば、泥棒が侵入の際ドアを壊したとして、そのとき泥棒が使ったドライバーを芸能人が貸したからといってそれを器物損壊事件だと騒ぐようなものだ。ネットでは両者をいっしょくたにした与太話も散見されるが、わかってないとしかいいようがない。今回の件でいえば、「本体」はどうみたってこっちだろう。

全国初ペニーオークション摘発 サイト運営者ら3人、手数料詐欺で逮捕 京都府警」(産経新聞2012年12月7日)

インターネットオークション「ペニーオークション」をめぐり、手数料名目で現金をだまし取ったとして、京都府警は7日、詐欺容疑でオークションサイトの運営業者の男ら3人を逮捕した。ネット関連会社役員の男(30)についても同日午後に再逮捕する方針。入札開始価格などは低額で参加しやすいが、落札できなくても入札のたびに手数料が必要になるなど、トラブルが相次いでいるペニーオークションの摘発は、全国初とみられる。

事件の本筋でない部分を騒ぎ立てるのは、いうまでもなく、芸能人の名前を出すことで関心を惹こうとしているわけで、「商売乙」「PV稼ぎ乙」以外の何者でもない。それにしたって、ふつうに考えればこれは芸能人が詐欺の広告塔になっていた事件ととらえる方が自然だろう。この点については、同じようなことを書いてはいるが、朝日新聞のとらえ方の方がまだまともだと思う。

「ペニオク」虚偽紹介の芸能人20人以上 報酬見返りに」(朝日新聞2012年12月14日)

入札ごとに手数料を支払う仕組みのインターネット競売「ペニーオークション」のサイトを悪用した詐欺事件に絡み、事件に使われたものを含む複数のペニーオークションのサイトで芸能人20人以上が「格安で商品を落札した」などと自分のブログで紹介していたことが、捜査関係者への取材でわかった。運営者が芸能人を「広告塔」として使っていた可能性がある。

電話をかけてこられた記者の方にも「本筋でない部分をことさらに書き立てるのは偏向報道ではないか」と言ったのだが、ペニーオークション詐欺についてはかねてからいろいろ報道してきているのでとのことだった。読売新聞を購読していないので知らなかったが、後で検索してみたら確かにいくつか記事はあったので(これとかこれとかこれとか)、この点は一応納得した。

とはいえ、あちこちのメディアやブログその他で、詐欺事件よりこちらの方が扱いが大きいのは依然として変だと思う。「ステマ」は今年のネット流行語大賞になったそうだが、どうみても誤用だったり、単なるネタとして使われてるケースの方が多くて、まさしく「流行語」であることを実感する。なんというか、新しいことばを覚えた子供が一生懸命それを連呼しているさまとか、新入社員が学生時代の仲間と飲み会して覚えたての業界用語を得意げに連発してるさまとかを連想してしまう。全体として「ふんがふんが」という鼻息が聞こえてきそうで、微笑ましいということもなく、棒読みで「ふうん」というだけの話だ。

以上のようなことを前提としてお話しした上で、本件でステルスマーケティングとされる部分については、概ね次のようにコメントした。

---

ステルスマーケティングに限らず、消費者に誤認を招くようなマーケティング手法はよろしくない。どのようなものが「誤認を招く」かについては、社会的な常識で判断すべきだ。広告手法としてどんなものが許容されるかは、社会の中の「常識」によって変わってくるだろう。今回のケースは、報道等で伝えられる範囲では、関係性を明示しないステルスマーケティングにあたる事例のように思われる。消費者の誤認を招きかねないものであり、よろしくないと思う。

情報の発信者には責任があり、その責任の重さは、影響力の強さによって異なるだろう。芸能人は一般人と比べて影響力が大きいので、情報発信に際してより重い責任を負うのは当然かと思う。今回のケースで、タレントの方々は、自らが詐欺の広告塔になったことを知らなかったようなので、それについてはご災難ということになるのかもしれないが、関係性明示をせずに推奨記事を書いたことは、知らずにやったとは考えられない。それぞれ事務所がついているのだろうし、プロとして、過去の芸能人ステマ騒動を知らなかったとは言わせない。批判を受けてしかるべきだ。

新たな法規制が必要ではと問われたが、必要ないと考える。広告などにおける誤認を招くやり方への規制は、現行の景表法などで既に行われており、それをしっかり運用すればよい。なんでも法律で規制しようという考え方はよろしくない。ただ、世の中いろいろな考え方があるので、今よいとされているやり方では消費者の誤認を招くから新たな規制が必要だという主張もあるだろうとは思う。しかしそのときは、マスメディアにおいても、これまでのやり方を一から見直す必要がある。

たとえば、新聞の記事広告では隅っこの方に小さく「記事広告」と書いてあったりするが、小さすぎて気づきにくい。体裁も記事と似ていて、記事と同等のものと誤認している人が少なくないのではないか。そもそも記事広告は、記事に似せた体裁の広告を記事ページに置くことで、新聞記事に対する人々の信頼を「利用」して広告効果を狙うものであろう。つまり消費者の「誤認」を期待しているわけだ。新聞広告の影響力は、ネットと比べてはるかに大きいので、責任も当然重い。個人的には、「広告」という表記を誰にでもわかりやすいようもっと大きくはっきりと書いた方がいいのではないかとも思っている。それを法規制などで強制すべきとは思わないが、規制を強化すべきと主張するなら、まず自らの襟を正す覚悟が求められよう。

新聞以外でも、たとえば雑誌やテレビその他のマスメディアにおいて、あるいはそれらの企業のウェブサイトにおいて、広告であるかどうかわかりづらい、あるいはわからないもの、広告ではないが事実上広告効果を期待していると思われるものなど、さまざまなものがある。それらが今一般的に使われる意味でのステルスマーケティングにあたるかどうかはともかく、消費者の誤認を招くおそれがあるかと問われれば、ないとはいえないのではないか。もちろん、それぞれの業界にはそれなりのルールがあって運用されているのだとは思うが、それらが消費者の誤認を防ぐために充分なものといえるかどうかは、それぞれ検証や議論の余地があるだろう。

つまり、消費者の誤認を防ぐという観点からすれば、問題の中心はネットよりむしろ、影響力の大きいマスメディアであるはずだ。実際、アメリカでは推奨広告に関するFTCのガイドラインがあって、WOMJのガイドラインより厳しい内容を含んでいるが、その主なターゲットはマスメディア広告であり、ネットはそれらの一部として含まれるものにすぎない。ステルスマーケティングの問題は、日本ではネットの問題に限定して語られがちだが、本来マスメディアにおいてこそより厳しく問われるべきものだろう。ネットだけの問題であるかのような報道をするなら、それはバランスを欠いたものといわざるを得ない。

とはいえ、法規制を強化すれば不正がなくなるというのは大きなまちがいだ。法規制は柔軟性に欠け、実効性のないものになりがちであるだけでなく、予想外の弊害や萎縮効果をもたらしたりもする。いたずらに法規制を叫ぶのではなく、現行法をきちんと運用し、かつ各事業者なり個人なりがそれぞれ自らの能力や立場に応じた責任を果たすよう努めていくのがよいのではないか。

---

今回のステルスマーケティングの場となったアメーバブログを運営するサイバーエージェントの責任については、今回は質問がなかった。どうも、一連のステルスマーケティングはサイバーエージェントが関与するものではないらしい。詐欺業者がタレント側に持ちかけ、それがタレント間で紹介されたりして広まったものなんだろうか。タレントたちはサイバーエージェントとの契約でブログを書いているわけだが、同社はタレントたちにステルスマーケティングはいけない、金銭や便宜の供与を受けたときには関係性を明示するようにといった指示をしていたようだ。WOMJ会員社でもある同社は、WOMJのガイドラインに沿った運営をしていたということになろう。もちろん、同社が契約タレントを具体的にどのように管理していたか、それが充分なものだったのか等についての議論はありうるし、実際議論になるのではないかと思う。

というわけで、「識者」になれなかったのは残念だが(あれたまにちょっとお金もらえたりするし)、まあいたしかたない。読売新聞はいろんなところで「ネット規制すべき」的な論調が多いような印象があるが、この際ステマも規制すべきといってくれる「識者」を探していたのだろうか。まあ探せばきっといると思うが、自社に都合よく、ネットだけを切り離して規制しようと主張してくれる人を探してきてその人の主張だけを大々的に取り上げるつもりなら、それこそ「言論のステマ」ではないかと思う。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

山口浩の最近の記事