今秋、東工大のスパコン「TSUBAME」がアップグレード

スパコン界で最も権威ある「ゴードンベル賞」を受賞した合金の結晶化シミュレーション

日本のスーパーコンピューター(通称スパコン)と言えば、2002年から2004年まで世界最速だった「地球シミュレーター」や、2011年に2回世界最速を記録した「京(けい)」を思い浮かべる人が多いことだろう。しかし、もう1つ忘れてはいけないスパコンがある。東京工業大学の「TSUBAME」だ。

第一世代の「TSUBAME1.0 」が稼働を開始したのは2006年のこと。以来、バージョンアップを重ねながら、世界トップクラスの高性能を誇ってきた。

特に2010年11月に稼働を開始した第二世代の「TSUBAME2.0」は、登場時に性能ランキング(TOP500)で世界第4位、国内第1位を獲得。また、2011年には、省電力ランキングGreen 500で世界第2位を、運用スパコンとしては世界第1位を獲得。さらに、「京」と並んで、スパコン界で最も権威のある「ゴードン・ベル賞」特別賞や、2012年度文部科学大臣表彰科学技術賞(開発部門)を獲得するなど、輝かしい受賞歴を持っている。

そんな「TSUBAME2.0」がアップグレードされ、今秋から「TSUBAME2.5」として稼働を開始するということで、2013年7月29日、東京工業大学学術国際情報センター(以下、GSIC)が記者発表会を開催した。

今回は、記者発表会の内容を基に、「TSUBAME」の歴史と実績、今後GSICが「TSUBAME」を通して目指していることなどについて紹介しよう。

輝かしい受賞歴を誇る「TSUBAME2.0」

記者発表会では、まず、「TSUBAME」の生みの親であるGSICの松岡聡教授が「『TSUBAME』の進化の道のり」について、また、アプリケーションプログラムの研究開発を専門とするGSIC副センター長の青木尊之教授が、「『TSUBAME』を利用したアプリケーションの成果」について紹介した。

「TSUBAME」の生みの親であるGSICの松岡聡教授
「TSUBAME」の生みの親であるGSICの松岡聡教授

現在、稼働中の「TSUBAME2.0」の大きな特徴の1つに、汎用スパコン用のCPUとして、世界に先駆けてGPUを使っていることがある。GPUとは、高速に画像処理などを行うグラフィック用の半導体チップのことだ。

スパコンにとって省電力は、高性能化を図る上で最も重要な課題の1つだ。その中で、「TSUBAME2.0」が、省電力ランキングGreen500で運用スパコンとして世界第1位を獲得できた最大の理由は、このGPUの採用にある。

松岡教授は、記者発表会の中で、GPUを採用した理由について、「GPUについては、2004年頃から着目していた。調査の結果、うまくプログラミングさえできれば、同世代のCPUと比べて、計算性能とメモリー性能の両面において、5~6倍の電力性能を実現できることが分かった」と説明した。

そして、そのプログラミングに成功したことや、各メーカーとの新規共同開発により、2010年11月、世界最小で省電力の、日本初のペタフロップスの演算性能(ペタは10の15乗、1秒間に数千兆回の浮動小数演算が可能)を持つスパコンが誕生したという。

「TSUBAME2.0」の稼働開始に伴い、「気象」や「防災」、「ものづくり」などさまざまな分野において、企業や他の研究機関と共同で、コンピューターシミュレーションを中心に各種アプリケーションプログラムの開発が進められていった。

合金の結晶化のプロセスをマイクロメートルの解像度で再現

「単精度」を採用している点も、「TSUBAME2.0」の大きな特徴だ。通常スパコンはIEEE754(IEEE浮動小数点数演算標準)により、浮動小数点の表現法として「倍精度」を使う。倍精度の場合、8バイト、10進法16桁で表す。一方、単精度は4バイト、10進法で7桁だ。このように、単精度は倍精度に比べて扱うデータ量が半分で済む。

実際、スパコンは計算性能には問題がないものの、データ量が膨大なため、データの供給が追いつかないなど、メモリー性能がボトルネックとなって、スパコン全体の処理速度が落ちてしまう場合が少なくない。そういった課題を解消する1つの方法として、松岡氏らが採用したのが単精度だったのだ。

その一方で、単精度にすることで、コンピューターシミュレーションの精度が落ちてしまうという問題が懸念される。それに対して、アプリケーションプログラムを専門とする青木教授は、「単精度でも十分な精度でコンピューターシミュレーションが実現できることを、多くの実例で確認している」と述べながら、これまでの実績を紹介していった。

その中の1つが、2011年に「ゴードン・ベル賞」特別賞を受賞した「合金が凝固して結晶化していくプロセスのシミュレーション」だ(タイトル画像)。

合金が結晶化するプロセスをコンピューターシミュレーションで再現
合金が結晶化するプロセスをコンピューターシミュレーションで再現

低炭素社会に向けて、現在、自動車などのボディの軽量化と高強度化の両立が求められている。それに対し、青木教授らは、合金などの材料特性は凝固して結晶化していく過程において決定付けられることから、どのように結晶構造が出来上がっていくかのプロセスを、「TSUBAME2.0」の全性能を使って、マイクロメートルの解像度、ミリメートルサイズ、3次元で見事に再現してみせた。計算に使われた格子数は3350億個に及んだ。

「従来のスパコンでは、性能が足りなかったため、結晶化のプロセスを2次元や、3次元であってもほんの一部しか再現することができなかった。TSUBAME2.0によって初めて、隣接する結晶同士が、成長する過程において互いに干渉し合い、複雑な結晶構造を形成していくことが明らかになった」と青木教授は説明。

また、青木教授は、気象庁の次期気象予報モデル「ASUCA」のコードの完全GPU化についても報告した。これにより、現在の2キロメートル間隔から、500メートル間隔へと解像度を上げることができ、雲の動きなどをより高精度で再現できるようになったという。その結果、より狭い範囲の天気予報などが可能となるだろう。

雲の動きなどをより高精度で再現
雲の動きなどをより高精度で再現

さらに、東京の中心部で発生する気流を解析。その結果、ビルの背後に乱流が発生しそれがビル風になっていることや、幹線道路が風の通り道になっていることなどを確認することができたとのことだ。

東京の中心部の気流を解析
東京の中心部の気流を解析
東京の中心部の気流を解析。ビル風などが再現された
東京の中心部の気流を解析。ビル風などが再現された
東京の中心部の気流を解析。幹線道路が風の通り道になっていることなどを確認
東京の中心部の気流を解析。幹線道路が風の通り道になっていることなどを確認
ものづくりの分野においては、自動車の下の複雑な形状を流れる風などを再現。より空気抵抗の少ない形状にすることで、低燃費や音の低減につなげる
ものづくりの分野においては、自動車の下の複雑な形状を流れる風などを再現。より空気抵抗の少ない形状にすることで、低燃費や音の低減につなげる
トイレの水を再現。節水トイレの開発につながっている
トイレの水を再現。節水トイレの開発につながっている

コンセプトは「みんなのスパコン」

さて、松岡教授は当初から、「TSUBAME」のコンセプトとして、「圧倒的な計算能力」と共に、「みんなのスパコン」を掲げていた。これは、従来のスパコンのような少数のエリートが運用するものではなく、より多くの人々が利用できる開かれたスパコンにしようにしようというものだ。

それゆえ、特に「TSUBAME2.0」に移行した2010年以降、他大学や研究機関、企業など学外利用への資源提供を急速に増やしていった。その結果、2012年には、年間450テラフロップスの資源を学外に提供するに至り、繁忙期には利用率が90%以上に達するなど、計算資源がひっ迫していった。

その一方で、2011年3月11日の東日本大震災以降、特に「防災」「気象・環境」「医療」の分野で、さまざまな課題が浮き彫りになる中、スパコン需要がますます高まっていった。

そこで、松岡教授らはTSUBAMEを通して、さらなる社会貢献を果たすべく、「TSUBAME2.0」のアップグレードを検討。2012年度の日本政府による補正予算の対象となったことで、今秋の「TSUBAME2.5」へのアップグレード実現に至ったのである。

「TSUBAME2.5」の理論演算性能は、「TSUBAME2.0」に比べて、倍精度で約2.4倍の5.7ペタフロップス(1秒間に5700兆回の浮動小数演算が可能)、単精度で3.6倍の17.1ペタフロップスと、大幅な性能向上を果たしている。これにより、コンピューターシミュレーションのさらなる高速化、高精度化が期待できる。

「中でも期待しているのが医療、特に多くのメモリーを必要とする創薬の分野だ」と松岡教授は説明する。

とはいえ、お気付きのこととは思うが、実は「TSUBAME2.5」は、2015年度末の稼働開始を目標としている「TSUBAME3.0」のステッピングストーンという位置付けで、GSICではすでに「TSUBAME3.0」の実現に向けて研究開発を始めている。

「TSUBAME3.0」は、エクサプロップスの演算性能(エクサは10の18乗、1秒間に数百京回の浮動小数演算が可能)を持つ次世代スパコンの前段的なスパコンで、「TSUBAME3.0」で蓄積された知識や技術が、次世代スパコンの研究開発に逐次反映されていくという。

防災、気象・環境、医療、ものづくりをはじめ、今やあらゆる分野において、スパコンが欠かせない時代だ。より安全で安心、そして、持続可能な社会の実現に向け、日本のスパコンの活躍に大いに期待したい。