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防衛費増強、反撃能力保持では日本は守れない!再びアメリカの「防波堤」になるだけ

山田順作家、ジャーナリスト
今回に限って決断。12月16日の記者会見(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

■防衛費増強、反撃能力はアメリカの意向か?

 岸田政権は12月16日、国家安全保障戦略(NSS)など「安保関連3文書」を閣議決定した。

 3文書の最大のポイントは、いまの日本の安保環境が「戦後もっとも厳しい」とし、相手の領域内を直接攻撃する「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」との名称で保有すると明記したことだ。これに伴い、わが国は、2023年度から5年間の防衛費を現行計画の1.5倍以上となる43兆円にすることがほぼ決定した。そして、岸田首相は、この防衛費増強の一部を増税でまかなうことを改めて表明した。

 増税! このインフレ不況の最中に、そんなことを言い出せば国民は反発する。案の定、増税発言は、ただでさえ落ち込んできた支持率を低下させた。

 最低は毎日新聞の25%、時事通信は29.2%、高めに出るFNNでも37%まで落ち込んだ。もはや、内閣がすっ飛んでいいレベルである。

 支持率が落ちるとわかっていて、なぜ、首相は増税にこだわったのか? あれほど決断できないと批判された首相が、なぜ今回だけ即断即決できたのか?

■日米双方のシナリオに沿った出来レース

 日経新聞は、12月19日、『反撃能力、日米で運用協議へ 共同計画改定、進む軍事「一体化」』という記事を掲載した。

 この記事は、《政府は、国家安全保障戦略など安保関連3文書改定を受け、抑止力・対処力強化に向けた米国との協議を本格化させる。》としたうえで、《軍事面での日米の「一体化」はさらに進むことになる。》とし、さらに次のように述べていた。

《岸田文雄首相は16日の記者会見で「あらゆるレベルで緊密な協議を行う。日米同盟の抑止力・対処力を一層強化していく」と述べた。ブリンケン米国務長官は同日の声明で「役割、任務、能力の強化を通じて同盟を近代化する日本の決意を称賛する」と歓迎した。》

 なんのことはない、日米の“出来レース”ではないだろうか。岸田首相が会見したのと時を経ずして、ブリンケン米国務長官が歓迎コメントを出している。

■なんのための防衛費の増強なのか?

 改めて書くまでもないが、防衛費増強による予算は、まずは、巡航ミサイル「トマホーク」の購入に使われる。トマホークは最新型で1発約2億円から3億円。500発購入というから、それほどの額ではない。ただし、これを機に日本はアメリカ軍の「統合防空ミサイル防衛」(IAMD)」に完全に組み込まれることになる。その費用は総額で数兆円に達するだろう。

 敵基地攻撃のための中距離ミサイル開発にも、予算は割かれる。政府は、2026年度以降、三菱重工製造の国産ミサイル「12式地対艦誘導弾」を長射程化(1000キロ以上)し、それを順次配備していくとしている。しかし、いまの三菱重工に、そんな技術力があるだろうか?

 もちろん、航空機や艦船といった装備品、弾薬などの維持整備にも予算は使われる。しかし、日本の軍需産業にこれらを供給する力はないから、もっぱら輸入に頼ることになるだろう。

 ともかく、防衛費増強は、北朝鮮、中国、そして台湾有事を意識したもので、とくに約2000発の短・中距離弾道ミサイルを保有する中国との「ミサイルギャップ」を埋めるのが目的だ。また、ICBMを開発して、米本土を射程におさめようとしている北朝鮮に対する抑止力を強化するためでもある。

■曖昧にしかできない「反撃能力」とその行使

 日本の防衛費増強、反撃能力の保持が、日本のためではなく、最終的にはアメリカのためであるのは明白だ。アメリカは、自国の安全保障のために、中国、北朝鮮、そしてロシアの脅威を、東アジア限定で阻止しようとしている。グアム、ハワイまで後退して防衛ラインを引く気など毛頭ない。

 日本国憲法を、リベラル左翼陣営は「平和憲法」と呼ぶ。武力放棄をうたっているからだ。しかし、それは日本の平和のためではなく、アメリカの平和のためであり、日本国憲法はアメリカにとっての平和憲法である。

 これと同じ理屈で、今回の日本の反撃能力保持は、アメリカの防衛(平和)のためのものではなかろうか。

 12月16日の会見の終わりのほうで、岸田首相は、敵基地攻撃をいつどのように判断するのか?と突っ込まれた。政府見解は、敵による日本への「攻撃の着手を確認できれば敵地を攻撃できる」としてきたが、いつの時点を「着手」と見なすのかを尋ねられたのである。

 これに対する岸田首相の答弁は、極めて曖昧だった。

「(攻撃着手の見極めには)いろいろな学説があり、国によってもいろいろな扱いがある」とし、「日本は国際法をしっかり守ると申しあげているので、その範囲内で日本が対応できるような体制を具体的につくっていかなければならないと思う」と述べたのである。

 こんな抽象的発言では、誰も納得できない。要するに、どうやっても判断できないと言っているのに等しいからだ。軍事専門家に言わせると、少なくとも3個の衛星で北朝鮮を常時監視し、さらにスパイを送り込んで、ミサイルに関する情報を収集させる必要があるとのことだが、日本にはそんな能力はない。

 となると、判断はすべてアメリカ任せということになる。実際、12月18日の産経新聞は、「日米双方が打撃力を行使する際、友軍の誤爆や攻撃目標の重複を回避するため日米間の連携がより重要となる」とし、「米側からは米韓同盟と同様に、(日米)連合司令部の創設や指揮統制システムの統合を求める声もある」と報じた。

自衛隊はアメリカ軍の東アジア補完軍?

 日本は、安倍政権になってから、「軍拡路線」に舵を切った。「専守防衛」という非現実的な安全保障政策を転換した。

 これを左翼リベラル陣営が、「アメリカの属国化」「アメリカの戦争に巻き込まれる」と批判するのは勝手だ。しかし、実際に脅威が差し迫り、軍事バランスが崩れている以上、なんらかの手を打たねばならない。

 しかし、日本が選んだのは、結局は「日米同盟」により強く依存するという道だった。自衛隊はますますアメリカ軍の東アジア補完軍として機能するほかなくなり、日本国民を守るという本来の目的を失いかねない。

■「チャイナ・ハウス」新設で中国に対抗

 アメリカは、オバマ政権の2期目から、中国を脅威として意識するようになった。習近平政権が「中国の夢」を打ち出し、「偉大なる中華民族の復興」を唱え、アメリカの「世界覇権」に明らかに挑戦するようになったからだ。

 現在のバイデン政権は、明確に中国の挑戦を退けようとしている。それは、アメリカが持つ世界覇権の防衛戦争である。

 12月16日、アメリカ国務省は、中国に対する政策を調整・立案する専門部署「中国調整室」(俗称「チャイナ・ハウス」)を新設した。今後、どのように中国に対抗していくかを協議・立案する場だ。

 また、連邦議会も、EUや日本などの同盟関係にある地域や国と協力し、経済的な中国包囲網を強化しようとしている。昨年成立した「国防権限法」(NDAA)の改定案が、近くバイデン大統領の署名により成立する運びである。

 この改正案が成立すると、半年以内に政府内に省庁横断の専門組織が設けられ、1年以内に報告書の素案をまとめる義務が政府に課せられる。

■ローマ帝国の世界支配と同じ構図

 国防権限法がターゲットにする中国に対して、議会が権限を与える政府内組織は、「国家安全保障会議」(NSC)や「国家経済会議」(NEC)のメンバーを中心に構成される。

 まさに、ローマ帝国を支えた元老院がローマの世界支配を維持した構図と同じだ。実際、アメリカの政治家は、ローマの歴史から多くのことを学んでいる。

 連邦議会は、覇権挑戦国の挑戦を退けるため、EU、日本などの地域・同盟国と協議しながら戦略を練ることを重視している。ローマが属州に税と軍役を科したのと同じだ。

 バイデン政権は、中国を権威主義の強国と位置づけ、あくまでもその力を削ぐ方針である。そのために、最近は、先端半導体規制も強化した。今後、中国投資もますます規制し、中国を孤立させる戦略に出る。

 先端半導体の技術や装置をめぐる禁輸措置は、アメリカだけが先行して勝手に決めた。そして、日本に対しても追随するよう強く要求した。

■戦後の「逆コース」と同じ道をたどっている

「逆コース」という政治用語がある。戦後の日本における、「民主化・非軍事化」に逆行する動きを総称して、こう呼ばれた。

 日本の敗戦から4年後、1949年、中国で、国民党との内戦に勝利した共産党により、中華人民共和国(レッドチャイナ)が成立した。つまり、中国大陸は全土が「赤化」してしまった。その向こうには、スターリンのソ連が控えており、冷戦構造はまさに東アジア全体に広がろうとしていた。

 そのため、アメリカは、日本を共産勢力の「防波堤」にすることを決めた。当時のロイヤル陸軍長官は「日本を極東における反共の防波堤にすべき」と演説し、日本の再軍備を主張した。

 日本の再軍備。それは、朝鮮戦争が勃発すると、自衛隊(警察予備隊)となって実現した。そして、自衛隊はアメリカ軍の補完部隊となった。

 これら一連の動きは、まさに、日本の「民主化・非軍事化」を掲げたアメリカの占領政策の大転換だった。アメリカの日本占領政策の集大成は、憲法前文と第9条に凝縮した平和主義と武力放棄だった。しかし、それはわずか4年で断念せざるをえず、「逆コース」と呼ばれることになったのである。

 まさにいま起こっていることは、これと同じことではなかろうか?

■「日米同盟」で本当に日本を守れるのか?

 さて、ここまで述べてきたように、今回の防衛費増強による反撃能力保持も、結局は、アメリカとの同盟の延長線上にある。もっとはっきり言えば、アメリカに守ってもらうために、アメリカ軍の反撃能力を補完する力を持つということだ。 

 そこで、問いたい。日米同盟の基礎である「日米安全保障条約」は、万全なのか? 

 その答えは「ノー」だ。

 安保第5条には、「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」とある。となると、アメリカの連邦議会が日本がどんなに窮地に陥ろうとアメリカ軍の参戦を認めなければ、日本は守られないのである。

 たとえば、中国が尖閣諸島を武力で獲りにくる、北朝鮮のミサイルが日本領土内に着弾するようなことが起こっても、アメリカの自動参戦とはなりえない可能性がある。

 この危惧があるから、日本政府はアメリカで大統領が代わるたびに、日米安保5条が尖閣諸島にも適用されることの確認を求めてきた。アメリカはその度に、「適用される」と言ってきたが、それは単に口先だけの話かもしれない。

 ウクライナ戦争を見ればわかるが、日本有事の際、おそらくアメリカは武器は供与してくれる。しかし、それだけかもしれない。よって、敵ミサイルは自分で撃ち落とす、敵軍は自軍のみで撃破するほかないのである。

 要するに、日本がいくら要請しても、連邦議会(つまりアメリカ国民)が承認しなければ、日米安保5条は履行されない。NATOは軍事同盟のため、条約締結国の1国でも攻撃されれば全締結国が参戦する。しかし、日米安保はそうなっていない。

 また、アメリカ製の武器をいくら揃えてみても、それを使用するとなるとアメリカの使用許可がいる。さらに、電子兵器にいたっては、アメリカはソースコードを開示してくれない。

■注目される来年1月の岸田訪米、首脳会談

 このように見てくると、日本の安全保障というのは抜け穴だらけである。それを埋めないで、ただ防衛費を増額する、アメリカ軍の補完として反撃能力を保持するというのが、じつに間抜けな政策であるのがわかるだろう。

 これを、第2次大戦で敗戦し、占領されたのだから仕方ないとしてしまえば、その先にはなにもない。私たちは、ただ漫然とこの国で暮らすだけで、すべては運まかせとなる。

 岸田首相は、1月上旬に訪米し、バイデン大統領と会談する予定だという。その際、外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)が開かれるという。

 この会談で、いったいなにが決まるのだろうか?

 これまで聞き飽きた「日米同盟をよりいっそう強化することで一致した」では、なにも進展しないのと同じだ。

 中国の軍拡も、北朝鮮の軍拡も着々と進んでいる。それに対して、独自の抑止力を持たないままで、日本は本当に大丈夫なのだろうか?

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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