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なぜ、「18歳以下一律10万円支給」は愚策なのか? 給付金がまったくの無駄に終わる本当の理由

山田順作家、ジャーナリスト
自公政権は「バラマキ」政権なのか?(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

■「単なるバラマキではないか」という批判

 岸田文雄政権初の経済対策をめぐって、政府・与党間の調整が難航している。当初、公明党案の「18歳以下の子どもに一律10万円支給」が丸呑みされる予定だったが、世論および自民党内で反対論が強まり、折衷案が出ている。

 たとえば、「10万円のうち5万円を現金、残りを教育などに使い道を絞ったクーポンで支給する」などというもの。しかし、このような折衷案になったとしても、以下の批判に応えられないだろう。

「子どものいる家庭といない家庭の分断を招く」

「給付しても貯金に回るほうが多く効果がない」

「所得制限を設けないのは不公平だ」

 そして、なによりも応えられないのは「単なるバラマキではないか」という批判に対してだ。

■教育目的に使われても目的は達成できない

 そこで、ここでは、このようなバラマキがなぜダメなのか、バラマキをしてもほぼ間違いなく無駄に終わる理由を、別の角度から指摘してみたい。

 公明党はこの案を選挙公約とし、「未来応援給付」と名付け、「子育て・教育」に対する支援と位置付けた。山口那津男代表は「誰もが安心して子育てができ、十分な教育が受けられる社会づくりを国家戦略に据えて取り組みを進めるべきだ」と、公約発表当時に力説した。

 しかし、10万円すべてが、本来の目的である教育に使われたとしても、子どもたちの未来は開けない。なぜなら、いまの日本で行われている教育が、時代錯誤の昔のままだからだ。

■コロナ禍で露呈した「オンライン授業」の遅れ

 コロナ禍が起こって間もなく2年になろうとするが、これでわかったのが、日本の教育が世界に比べて明らかに立ち遅れているということではないだろうか。

 昨年3月、いっせい休校になったとき、「オンライン授業」ができないと、教育現場があわてふためいたことは記憶に新しい。日本は、世界でもダントツにICT教育が遅れていた。

 文科省はあわてて、自治体を通してタブレット給付を始めたが、いまだに行き渡っていない。また、小中高はもとより大学のオンライン授業も思ったほど進んでいない。

 繰り返された緊急事態宣言により、日本のオンライン授業の実施率は、コロナ禍前の13%から51%に増加した。しかし、アジアの他の国に比べて圧倒的に低い。レノボ・ジャパンが2021年8月30日に発表した調査結果によると、インド、香港、インドネシア、フィリピン、マレーシアなどは、実施率が70%を超えている。中国、韓国にいたっては、実施率が90%を超えている。

■プログラミング教育と英語教育の貧弱

 日本が遅れているのはICT教育だけではない。その中身も問題だ。ICT教育は、PCやタブレットなどの情報端末を使うシステムの問題だが、そこでの中心になるのがプログラミング教育である。プログラミング教育によって、ITを駆使する能力、問題解決能力や論理的思考、創造力が身につく。

 しかし、小学校でプログラミング教育が必修化されたのは、昨年のこと。始まったばかりでコロナ禍となり、いっこうに進んでいない。

 プログラミング教育と同じく、始まったが進展していないのが、英語教育だ。日本人は、中学・高校と6年間も英語を学ぶのに、英語力はアジア諸国のなかでほぼ最下位という状態が長年続いてきた。

 これを改善しようと、文科省は昨年4月から、小学校3年生から英語教育を必修化した。さらに、小学校5年生からは、年間70時間の英語教育が実施されることになった。しかし、どう見てもこの程度では、英語のコミュニケーション力は身につかない。

■給料が上がらない本当の原因とは?

 日本人の給料が諸外国に比べていっこうに上がらないことが問題になり、なんとか引き上げることが政治課題になっている。今回の選挙でも、与野党ともにそれを訴えた。 

 しかし、どの政党も、教育に関してはほとんど言及しなかった。

 日本人の給料が上がらないのは、日本経済が低迷しているからだが、日本の教育が、現代の社会で高い給料をもらえる人材を育成していないからでもある。

 現代のグローバル資本主義、デジタル社会で求められる人材は、旧来の詰め込み教育、受験偏重教育では生まれない。

 すべてのモノ、ヒトがネットワークでつながり、ヒトはAIとともに働き、生活する。そういう現代社会に適した能力は、世界共通語である英語力、デジタルリテラシー、問題解決能力や創造力である。

 この三つとも持っていない人間に、高い給料を払う企業などない。

 かつて「グローバル人材」ということが盛んに言われたが、いったいどうなってしまったのだろう。政府の役割は、教育現場におカネを配ることではなく、時代に適した教育を国民に与えることではないか。

■20年後、日本の子どもたちには職がない

 日本の教育がガラパゴス教育である限り、いくら教育を支援しても、公金をドブに捨てるのと同じだ。公明党案の10万円が教育に使われるとしたら、たとえば、家庭が真っ先に行うのは、そのおカネを塾の授業料の足しにすることではなかろうか。

 いまや大都市圏の公教育は崩壊しており、塾通いをさせて中高一貫校に入れるのが当たり前になっている。この負担を、支援金、給付金は軽減するだろう。

 しかし、塾通いで受験に成功したとしても、子どもたちに未来を生きる力は身につかない。身につくのは、時代遅れの知識とスキルだけだ。

 2011年、デューク大学の研究者キャシー・デビッドソンが、ニューヨークタイムズ紙のインタビューで語ったことが、当時大きな反響を呼んだ。彼はこう言った。

「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時にいまは存在していない職業に就くだろう」

 また、2014年、英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授らは論文『雇用の未来 コンピュータ化によって仕事は失われるのか』を発表した。

 この論文の主旨は、20年後までに人類の仕事の約50%がAIないしは機械によって代替され消滅するとしたことだった。

■明治革命は近代教育の普及で成功した

 教育は時代に即して行われる。そういう教育によって、子どもたちは未来を生きる力、稼ぐ力を身につける。明治の新政府は、このことを理解し、積極的に新しい教育を導入した。

 明治政府は、政府ができると同時に全国民に近代教育を普及させることに乗り出し、明治2年には、一般子弟のための小学校を開校している。そうして、明治4年の文部省の新設とともに、欧米にならった教育制度を導入し、大学までのコースを次々に新設していった。

 明治政府の教育に対する姿勢は、「学問は国民各自が身をたて、智をひらき、産をつくるためのもの」というものだった。

 いまの政治家たちに、日本の教育が時代から大きく遅れている、日本の教育ではいまの社会を生きられないという認識があるだろうか。昔は「読み、書き、そろばん」と言ったが、いまは「英語、プログラミング、考える力」だろう。

 明治革命が成功し、日本が近代国家たりえたのは、西洋流の近代教育を広く全国民に行き渡らせたからだ。教育給付金をバラまいたからではない。おカネだけでは未来は変えられない。

■新自由主義を誤解している「新しい資本主義」

 岸田文雄首相は、内閣府に「新しい資本主義実現会議」(議長・岸田首相)を設置し、今後、有識者と会議を重ねながら「新しい資本主義」を行なっていくという。

 その目玉となるのが、じきに決まる経済対策である。しかし、その中の一つが「18歳以下の子どもに一律10万円支給」では、どこが「新しい資本主義」なのかわからない。

 これまでの首相の説明を聞いていると、「新しい資本主義」とは、富める者から富まざる者へ、「成長の果実」を「分配」し、「分厚い中間層をつくる」ことのようだ。そのために、格差を広げた「新自由主義から決別」する。新自由主義だった「アベノミクスを修正する」と言っている。

 しかし、アベノミクスは、どこからどう見ても新自由主義ではない。そればかりか、これまでの日本の資本主義は欧米型ではなく、中国に近い「縁故資本主義」である。アベノミクスを新自由主義と言って、「トリクルダウンが起きなかった」「格差が拡大した」と批判する左翼、野党、評論家などは、なにを見てものを言っているのだろうか。

 トリクルダウンが起きず、格差が拡大したのは、アベノミクスが新自由主義ではなく、典型的なケインズ主義、社会主義の左翼政策だったからである。政府が経済に手を突っ込みすぎて、市場の自由を奪ったからだ。

 いったい、岸田政権は日本をどこに導こうとしているのだろうか? 

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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