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デジタル「ワクチンパスポート」が発行できないと、日本はますます後進国化する!

山田順作家、ジャーナリスト
米国「CDC」のサイトより

 政府はこれまで、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種を2月半ばに始めると、繰り返し言ってきた。まず、医療従事者からスタートし、4月から高齢者、6月からは一般国民へという流れになると表明してきた。

 これは、先進国としては、絶望的に遅いもので、2月8日、共同通信は「日本のワクチン接種、際立つ遅れ 先進国中、未実施は5カ国」という記事を配信した。「『先進国クラブ』と呼ばれるOECD加盟国37カ国のうち、接種が始まっていないのは日本を含む5カ国にとどまっている」というのだ。

 しかし、問題はワクチン接種そのものより、接種が進んだ後の社会がどう正常化に向かうかにある。そのために、必要とされるのが、「ワクチンパスポート」(免疫パスポート)とされるが、日本ではこれがいつどのように発行されるのか、いまのところまったくわからない。

 ワクチンパスポートというのは、いわゆるワクチンの「接種証明書」だが、このデジタル版が、今後、社会生活の切り札になる可能性が高い。

 ワクチンパスポートという概念は、コロナ禍が始まった当初からあった。2020年2月、新型コロナウイルスのパンデミックが始まり、世界各国でロックダウンが行われた際、出口戦略のひとつとして提案された。当時は、ワクチンの研究開発が始まったばかりだったので、ワクチンパスポートとは呼ばれず、「免疫獲得証明書」といった概念だった。

 それが、いま、ワクチンが実用化され、接種が急ピッチで進んだので、重要度を増してきた。現在、PCR検査結果の陰性証明があるが、ワクチンの接種証明はそれよりもグレードが高い。なぜなら、ワクチンを接種することによって、コロナに対する抗体が獲得でき、ほぼ感染が防げるとされるからだ。

 つまり、ワクチンパスポートは抗体を獲得した証明である。これを政府などが発行すれば、それを提示することにより、行動規制が解除されることになる。職場復帰や社会的交流、旅行が可能になる。居酒屋だろうとライブハウスだろうと自由に行けるし、イベントにもパーティにも、スポーツ観戦にも行ける。元の日常に戻れるのだ。

 ただし、その反面、パスポート保有者と未保有者を社会的に大きく差別することになるので、差別を助長するとして懸念する声がある。また、接種するかしないかは個人の自由とされるので、その情報を開示するのは人権の侵害だという声も根強い。

 とはいえ、ワクチン接種が始まったいま、コロナ禍から社会を正常化するための解決策として、ワクチンパスポートは欠かせない。ほかに、政治的、現実的な解決策は見当たらないからだ。

 すでに、世界ではワクチンパスポートの導入に向けての動きが加速化している。アメリカでは、マイクロソフトやオラクル、ロックフェラー財団が支援するNPOコモンズプロジェクトなどの有志連合「Vaccination Credential Initiative」(VCI)が、世界共通のデジタル・ワクチンパスポートの開発を進めている。

 これは、スマホのアプリで、ワクチンの接種記録を管理し、飛行機の搭乗時などに提示するほか、イベントへの参加やスーパーでの買い物などにも利用できるようにするというものだ。

 アメリカでは、現在、1カ月に2000万人ペースでワクチン接種が進んでいるので、遅くとも4月までには、このようなワクチンパスポートによる人々の自由な交流、移動が開始されるだろう。

 EUでも、ワクチン接種者に域内を自由に移動できるオフィシャルなデジタル証明書を発行する準備を進めている。

 エストニアは、ワクチン接種証明書所持の旅行者には、検疫・隔離措置を免除すると発表し、WHOとの間でワクチン接種データを共有できるデジタル証明書を開発する契約に署名した。また、デンマーク、スウェーデンなどの北欧諸国は、独自のデジタル・ワクチンパスポートを3月までには発行すると表明している。

 すでに、ワクチンパスポートを発行した国もある。世界最速のペースで集団接種を進めているイスラエルでは、現在、ワクチンを2回接種した人とコロナ感染症から回復した人に「グリーンパスポート」と呼ばれるワクチン接種証明書を発行している。現地のメディアによると、すでに「グリーンパスポート」を持った人同士は自由に交流しているという。

 アジアでは、ワクチン接種に関してはインドが1月16日と早かったが、ワクチンパスポートに関しても先行しそうだ。インドは通称「アダール」という個人ID(インド版マイナンバーカード)が普及しているので、ワクチンパスポートはこのアダールにヒモ付けられる予定だ。

 韓国は、日本と同じようにワクチン接種開始が遅れているが、デジタル管理システムには関してはすでに構築を終えている。このシステムで、接種の予約を受け付け、ワクチンパスポートも発行するという。

 このように、世界中でワクチンパスポートの導入が進むなか、日本の動きは鈍すぎる。心配なのは、日本の悪い例として、検討や議論はするが、実際に実行されるのはずっと先になりそうだということだ。

 2月5日、衆議院予算委員会で、ワクチン接種に関しての質疑が行なわれた。これは、3日に成立した新型コロナの特措法で、感染者や医療従事者の差別防止に向け、国や自治体が啓発活動を行う「責務」が規定されたことによるものだった。質問に立った立憲民主党の岡本充議員は、ワクチン接種の有無による差別を明確に禁じる規定がないことを政府に問いただした。また、ワクチン接種が「Go Toトラベル」などの利用の条件になるかどうかも質問した。

 これに対して、田村憲久厚生労働相は、ワクチン接種の有無が、雇用や解雇の条件にすることは認められないと答弁した。「Go Toトラベル」に関しては、赤羽一嘉国土交通相が「想定していない」と答えた。

 要するに、ワクチン接種によるワクチンパスポートに関して、政府の姿勢はまとまっていないのである。河野太郎行政改革相は、海外渡航時に訪問先で接種証明が求められる可能性があることを指摘したが、その一方で「国内で国や行政が接種証明を求めることはいまのところ、想定しづらい」と答えた。

 関係者によると、現在、政府はワクチン接種の予約や証明ができる管理システムを構築中だという。したがって、日本版のワクチンパスポートは、このシステムの一環として発行されることになる。

 また、一方では、ワクチン接種証明書を、マイナンバーカードを使って、コンビニなどで取得する仕組みも検討されているという。現在、コンビニでは、マイナンバーカードを使って住民票の写しなどを入手できるが、これと同じ仕組みだという。

 となると、日本版ワクチンパスポートは、デジタルではなく、紙の証明書になりかねない。

 現在、海外赴任や留学の際に、相手国が必要とする疾病の予防接種をしたかどうかの証明書が必要になる。このとき、医療機関などで英文による接種証明書を発行してもらうが、それと同じことになるかもしれない。

 となると、その紙を私たちは常に持ち歩いて、国内を移動し、さらに海外に出かけたときは入国審査で、それを提示しなければならない。まさか、そんなことにはならないとは思うが、ありえなくもない。

 さらに、ワクチン接種が遅れれば、ワクチンパスポート保持者も増えない。それは、社会の正常化が大幅に遅れることを意味する。世界各国の人々がワクチンパスポートで自由に移動できる、ビジネストリップや観光旅行が自由にできるとなっても、日本人だけができないことになりかねない。

 国内に閉じこもって、いつまでも「自粛生活」を続けなければならない。そんなことは想像したくもないが、いまの状況ではそうなりかねない。

 ただし、最後に書き添えておきたいのは、まだ、ワクチン接種の効果が十分に確かめられていないことだ。被接種者が発症するリスクは低下するとしても、他人への感染を防ぐかどうかは明らかになっていない。そのため、WHOは、現状ではまだワクチンパスポートを支持していない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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