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コロナ封じ込め成功は国民の「自粛努力」の結果という“美しい嘘” 

山田順作家、ジャーナリスト
「日本モデルの力を示した」と言うが----?(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 発表からそろそろ2カ月になるというのに、いまだにアベノマスクは届かない。PCR検査数も増えず、いまも日本全体で1日2万件がせいぜい。これはニューヨーク州の1日の検査数より少ない。しかも、これまで、検査を受けられなかった患者が続出し、病院のたらい回しまで起こった。

 クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」では、明らかに検疫に失敗した。クラスター追跡もやったが、ITを使えず、電話とファックスという手作業。経済対策は遅れに遅れて、1人10万円を給付するのにトラブル続き。オンラインより郵送手続きのほうが速いという、世界のどこの国でもありえないことが起こった。そのうえ、いまだに、国民の半数に届いていない。

 それなのに、25日、「緊急事態宣言」を解除できるところまで、日本はこぎつけた。つい先日まで、「東京もいずれニューヨークになる」と言っていた人々は、この結果に、沈黙するほかなくなった。

 しかも、解除発表の記者会見で、安倍首相はこう言った。「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で流行をほぼ収束させることができた。日本モデルの力を示した」

 日本モデル? それは、いったいなにを指すのだろうか?

 どこをどう探しても、たとえば、台湾、韓国、アイスランド、ニュージーランドのような明確な「成功モデル」はないから、海外メディアは首を傾げる。ロックダウンまでやって封じ込めができなかったのだから、彼らから見れば、日本はユニークもユニーク、不思議な国にしか見えない。

 26日夜のNHKニュースは、そんな海外メディアの日本報道をかいつまんで伝えた。以下、その一部を引用。

 

《有力紙のワシントン・ポストは、日本独自の対策に注目し、「罰則を伴う強制ではなく、国民への自粛の要請や社会の圧力によってウイルスを封じ込める日本独特のやり方で、ある程度成功した」などと伝えています。》

《イギリスの公共放送BBCは、ヨーロッパやアメリカと比べて感染の拡大が抑え込まれた背景について「ふだんからかぜをひいたときにマスクをつけたり家で靴を脱いだりする日本の高い衛生意識などの要素が重なったためではないか」と指摘しています。》

《また、イギリスの有力紙、ガーディアンは「密閉・密集・密接」のいわゆる3密という言葉を紹介したうえで、「日本では国民が協力して『3密』を避ける努力をしたことなどによってウイルスの封じ込めに成功したようだ」などと伝えています。》

 27日の読売新聞も、「不可解・ミステリー…欧米メディア、感染者数伸びない日本に当惑」と題して、海外メディアの報道を紹介した。

 大筋はNHKニュースと同じだが、最後に、次のようなエピソードを紹介していた。

《日本式の取り組みを参考にする動きもある。米ニューヨーク市議会衛生委員長のマーク・レバイン氏は21日、日本政府が作成した密閉、密集、密接の「3つの密を避けましょう」というポスターを英訳版と共にツイッター上に掲載した。「これが日本が取り組んでいること。何が最もリスクが高いかを強調する上で良い方法だ」と紹介している。》

 当初は、日本をさんざん批判してきた海外メディア。その論調が変わったことを受けて、テレビの司会者、コメンテーターのコメントも変わった。

「(コロナ封じ込めに成功したのは)日本人が努力したおかげです。国民のみなさんの努力が実ったんです」「自粛要請でも日本人はそれを守った。日本人は真面目なんです」「みなさん、気を緩めなかったからです」「清潔好きの国民性のたまものです」「マスクをしよく手を洗う。それが大きかった」「やはり、『3密』がわかりやすくてよかった」など、どちらかと言うと“自画自賛”コメントがあふれた。

 しかし、日本がコロナ封じ込めに成功(いまのところ)した理由を、こんな「国民性」だの「努力」だののせいにしていいのだろうか?

 こうした理由には、科学的な根拠はない。

 努力の結果と言うなら、たとえば人口100万人当たりの死亡者数が0.3人の台湾人が日本人以上に努力したというのか? ベトナムにいたっては死亡者ゼロである。清潔好きな国民性と言うなら、人口100万人当たり500人以上も死んでいるイタリア人、スペイン人、イギリス人は、清潔好きではないのか。なによりも、欧米諸国は、自粛要請どころではない強制的なロックダウンをしたのだ。

 ニューヨーク市議会の衛生委員長が日本の「3密」を評価したが、ニューヨークなど「3密」以前に外出禁止で、街にはほぼ誰も出ていなかった。「8割削減」どころか、ほぼ「10割削減」だった。それで、日本の「3密」と「自粛要請」が感染防止の決め手になったとするには、論理的に破綻している。

 ニューヨーク市議会の衛生委員長は、単にポスター等が効果的と言ったにすぎない。「『3密』が成功したようだ」と言う英ガーディアンにいたっては、自国の死亡者数が3万7000人ほどと欧州一になったことで、頭がおかしくなったとしか言いようがない。

 いずれにせよ、「日本特有のなにか」が原因とする考え方は、日本人なら飛びつきたくなるが、単なる“美しい嘘”だ。というのは、人口100万人あたりの死亡者数を見れば、アジア諸国はみな圧倒的に少ない。日本以上なのはフィリピンだけ。あの中国ですら3人である。

 これまで、日本の“奇跡”(欧米から見た場合)の原因はいろいろ言われてきた。「BCGワクチン説」「欧米と日本を含むアジアではウイルスが違うウイルス変異説」「すでに武漢株によって集団免疫ができていた説」「キスやハグをしない文化の違い説」「マスク着用説」など、諸説があって、いずれも決め手を欠いている。もちろん、原因は複合的なものかもしれない。

 しかし、いずれにしても、「努力」や「国民性」で議論を終わらせてはいけない。今後は、なぜ日本がこんな状況で助かったか、国を挙げて全力で科学的に解明すべきだ。そうしてこそ、今後に備えられる。次に失敗をしないですむ。

 5月21日の朝日新聞が伝えるところでは、東大や阪大、京大など7大学の研究者と研究機関などが参加して、新型コロナウイルスの研究を進めるという。このプロジェクトには、日本医療研究開発機構(AMED)が研究資金を出し、国内の約40の医療機関が連携する。そうして、無症状から重症者まで、少なくとも600人の血液を調べ、遺伝子的な見地から、9月までに報告をまとめるという。

 はたしてどんな結果が出るのか? 期待したい。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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