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中国人が恐れるのは「米中貿易戦争の敗戦」ではなく「アメリカ人になれないこと」!

山田順作家、ジャーナリスト
中国人はアメリカ人になりたくてしょうがない(写真:ロイター/アフロ)

■富裕層になればほとんどが外国移住を

 中国の“新皇帝” 習近平主席は、「中国の夢」を実現させようとしている。「中国の夢」とは、ひと言で言えば「アメリカを超える」こと。2049年の中国建国100周年までに、あらゆる分野でアメリカを超える「超大国」(世界覇権国)になることである。

 しかし、本当の「中国の夢」とは、「アメリカ人になること」である。中国では、毎年1000万人近くの人間が国を出ている。また中国は、近代史において、もっとも多く移民を輩出している。

 中国人は、富裕層になると、ほとんどの人間が国を出て、外国に移住する。その筆頭がアメリカで、次がカナダだ。

 なぜ、そんなことが可能なのだろうか?

 それは、アメリカが「投資家ビザ」などによる移住を認める国であり、かつまた「出生地主義」を採用しているからである。簡単に言えば、カネを積むか、アメリカで子どもを出産すればアメリカ人になれてしまうのだ。

 ところが、元弁護士からも「人種差別主義者」と言われるトランプ大統領は、出生地主義を廃止しようとしている。

 これは、中国人にとっては、晴天の霹靂、まさに大ショックな出来事である。はたして、アメリカは本当に出生地主義を廃止できるのだろうか?

■21歳になれば親もアメリカ人にできる

 出生地主義と言われても、日本人にはピンと来ない。日本人は、両親が日本人ならばなんの疑いもなく日本人になる。つまり、日本国籍は出生地ではなく、血統に基づくものだからだ。しかし、出生地主義の国では、親が誰であろうと、その国の領土内で生まれれば、国籍が付与される。これを採用している国は、世界では30カ国ほどあり、カナダやフランスもそうである。

 そして、この出生地主義をもっとも利用してきたのが、中国人である。アメリカで生まれた中国人の子どもは自動的にアメリカ国籍保有者になり、成人して21歳になると、親に対して、アメリカの「永住権」(グリーンカード)を申請できる権利を得る。つまり、ファミリー丸ごと、アメリカに移住できてしまう。

■中国発アメリカ行き「出産ツアー」

 中国では、妊婦がアメリカに行って出産することを「赴美生子」(フゥメイションズ)と呼んでいる。北京などには、これを斡旋する「生育旅遊」(出産ツアー)業者が数多くでき、「赴美生子」は一大ブームになった。

 そのため、ここ10年ほどで、アメリカ生まれの中国人ベイビーは激増し、2017年には8万人に達した。お腹が大きい中国人の女性団体客が、ニューヨークにもロサンゼルスにもマイアミにも続々やって来て、マタニティホテルに宿泊し、子どもを産んで帰っていくのだ。

 しかし、この出産ツアーにはトラブルやモグリ(違法業者)も多く、最近、次々と摘発されている。昨年9月末には、ニューヨークの違法マタニティホテルで殺人未遂事件が起き、従業員と業者が摘発された。また、今年の1月末にはロサンゼルス郊外のアーバインで、コンドの部屋20室以上をマタニティホテルとして使っていた中国人が脱税とマネーロンダリング容疑で逮捕された。

 ただ、出産そのものは違法ではないから、「別件逮捕」である。

■「属人主義」と「属地主義」とは?

 トランプ大統領が出生地主義の破棄を表明したのは、昨年の中間選挙の最中だった。ネットメディア『アクシオス』のインタビューで、「アメリカは人間が来て出産するだけで、その子どもが85年間にわたりアメリカ国民としての恩恵を受けられる世界で唯一の国だ」と不満をぶちまけ、これを大統領令で廃止すると示唆したのである。(注:世界で唯一の国はトランプのフェイク)

 出生地主義は「属地主義」とも呼ばれ、対立する概念として「属人主義」がある。簡単に言うと、法律の適用を「地」(=領土内)にするか、それとも「人」にするかの違いだ。つまり、自国の領土内であれば外国人にも法を適用し、領土外なら適用しないというのが属地主義で、属人主義は、その国の国民なら領土外においても自国の法を適用するというもの。

 現代国家は、属地主義を原則としながらも、属人主義を併用しているところが多い。アメリカもまたそうで、アメリカは自国民が世界どこにいようと連邦税を徴収する。これは、属人主義であり、国籍のほうは属地主義というわけである。

■憲法修正14条第1節が認めた権利

 もともと、世界は属人主義だった。個人は、家族や部族や民族に属するもので、土地に属するものではないと考えられていた。しかし、欧州で近代国家が成立し、互いに領土や植民地をめぐって争う時代になると、領土を基にした属地主義が生まれた。

 国籍をめぐって出生地主義を最初に採用したのがフランスで、ドイツは長い間、血統主義を採用してきた。しかし、ドイツも近年は、移民を入れるために出生地主義の要素を取り入れるようになった。

 出生地主義でもっとも寛容、つまり無条件なのが、アメリカとカナダである。すなわち親の国籍および滞在資格(合法・非合法・永住・一時滞在)に関わらず、領土内で生まれた子どもには自動的に国籍を与える方式を採用している。

 なぜ、アメリカはここまで寛容なのだろうか?

 それは、1868年7月9日に採択されたアメリカ合衆国憲法「修正14条第1節」が、そのままいまも生きているからである。そこには、次のように書かれている。

《合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。また いかなる州も、正当な法の手続きによらないで、何人からも生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護を拒んではならない。》

 もともと、修正14条とは、南北戦争後に奴隷だった黒人に「市民権」を与えるための憲法修正条項であり、それまで人間として扱われてこなかった奴隷でも、アメリカで生まれれば一律に市民にするという意図で制定された。

 ここで言う「市民」(=Citizen)とは、厳密な意味では「市民権」を有する国民とは異なるはずだが、一般的にアメリカ国民、つまりアメリカ国籍保有者と受け止められている。したがって、奴隷を解放し、神の下に「すべての人間は平等」としたアメリカの基本理念がある以上、この条項は変えられないのである。

■大統領令だけでは憲法を変えられない

 しかし、いまや、アメリカでは中南米などからの不法移民が増加の一途をたどっている。その数は軽く1000万人を超えているとされている。まず彼らを追い出す、そしてこれ以上不法移民を増やさない、さらに、移民をほとんど受け入れないようにする。中国人などもってのほか、というのがトランプ大統領の考えである。

 そうしなければ、合法移民を含めて、次から次にアメリカ国籍を持つ子どもが生まれ、そして育ち、将来、アメリカは「白人支配国家」ではなくなってしまうからだ。トランプ大統領は、それを恐れている。言ってみれば、「将来恐怖症患者」なのである。

 じつはカナダも近年、この大問題に直面していて、すでに西海岸のバンクーバーは中国人の街と化してしまっている。とくに、バンクーバー近郊のリッチモンドは完全なチャイナタウンとなった。そのため、ブリティッシュ・コロンビア州では、保守党(野党)が、「親の1人がカナダ市民またはカナダ永住者でない限り、子どもにカナダ国籍を与えない」という法律を制定することを提唱している。

 しかし、アメリカでこうした法ができるだろうか?

 トランプ大統領が「出生地主義の廃止」を訴えてすぐ、法曹界から疑問の声が上がった。「憲法改正なしにそれはできない。修正14条の解釈変更は憲法違反に当たる」と、法曹界の重鎮がメディアに答えた。米自由人権協会(ACLU)も、この立場を取っている。

 となると、トランプ大統領が本当に大統領令に署名をしたら、人権団体から訴訟を起こされるだろう。そうして、アメリカ中を揺るがす大問題に発展する。

 はたして、トランプ大統領はどうするのか?

 中国人はいま、この問題の行く末を、固唾を飲んで見守っている。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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