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日米首脳会談の悪夢。トランプ流の平和条約締結で日本は大損する!

山田順作家、ジャーナリスト
何度同じポーズを見せられてきただろうか?(写真:ロイター/アフロ)

 北朝鮮の金正恩委員長がどう出てくるかまったくわからないなか、トランプ大統領がまた「軽口」を叩いた。7日(日本時間8日)にホワイトハウスで行われた安倍首相との「日米サミット」後の会見で、なんと北朝鮮と国交正常化(=平和条約の締結)する可能性があると述べたのである。トランプはこう言った。

 “Normalizing relations is something that I would expect to do, I would hope to do, when everything is complete.”

 いちおう、「すべてがうまく行ったら」という条件付きの言い方だが、ほとんどのアメリカのメディアがこの発言を見出しにした以上、金正恩がこれをメッセージとして受け取るのは間違いないだろう。

 そこで、北朝鮮と平和条約を締結し、朝鮮戦争を終わらせるということが、どういうことか考えてみたい。

 朝鮮戦争は64年前に「停戦」(ceasefire:撃ち方止め)、「休戦」(truce:戦争中断)となっている。「終戦」(end of war:戦争終結)ではない、あくまで「休戦協定」(armistice)が結ばれただけで、平和は達成されていない。休戦とは、お互いに戦争を終わらせることを目的として交戦状態を止めることで合意することだ。つまり、戦争を公式に終結させるためには、「平和条約」(peace treaty)を締結しなければならない。

 当然だが、アメリカは北朝鮮を国として承認しておらず、これは日本も同じ。したがって、平和条約を締結することとは、北朝鮮を国家として承認することになる。

 しかし、平和条約を締結するということは一筋縄でいかない。日本が連合国と締結したサンフランシスコ平和条約を見ても、条約締結国をどうするか? その条件をどうするか? 賠償金をどうするか? 領土をどうするか?などで、連合国全体が合意に達したわけではなく、アメリカ主導のダレス提案に対しては、制裁が緩いとしてイギリスやオーストラリアなどは反対した。中華民国、中国(共産党政権)は招聘されず、ソ連は調印を拒否した。また、戦勝国でもない韓国は厚かましくも参加を希望したがアメリカに拒否された。

 したがって、楽天的としか言いようがないトランプが思うように、簡単には平和条約は締結できない。まず、朝鮮戦争を戦った当事者を確定させねばならない。ちなみに、休戦協定の署名国は、国連軍(米軍)、北朝鮮軍のほかに中国の人民解放軍がいる。

 さらに、北朝鮮と平和条約を結ぶということは、北朝鮮の領土を確定させなければならない。38度線以北は北朝鮮の領土であると認めるわけだから、これにより朝鮮半島には2つの分断国家が永遠に存在することが、いったんは確定してしまう。

 サンフランシスコ平和条約では、日本の領土を確定させるときに、尖閣列島があいまいにされたため、これがいまでも中国との紛争の原因となっている。北方領土も同じである。

 とすれば、北も南も統一を諦めることが、平和条約締結の前提になるわけだ。

 歴史をふりかえれば、朝鮮戦争は休戦協定ですら、合意するまでに2年以上も要している。1951年4月、トルーマン大統領が原爆使用を主張したマッカーサー司令官を解任して休戦を決意したが、最終的に休戦協定が調印されたのは1953年7月である。

 ここまで交渉が長引いた最大の原因は、捕虜の帰還問題で、アメリカが人権を重視し、共産国側に戻りたくないという捕虜の送還を拒んだからだ。そのため、捕虜交換を強硬に主張したソ連のスターリンの同意がえられず、中国も北朝鮮も妥協しなかった。

 朝鮮戦争における国連軍(米軍)の全死傷者のうちの約45%、約12万4000人(死者は約9000人)は、休戦交渉が始まって以降の犠牲者である。

 結局、朝鮮戦争が休戦にこぎつけられたのは、1953年3月にスターリンが死んだからである。

 先の南北首脳会談では、両者は今年の末までに朝鮮戦争の「終戦宣言」をすると合意した。しかし、これはあくまで政治的なものであり、平和条約のような法的効力を持つ合意を意味しない。

 それなのに、トランプは、これまでの言動を見ていると、「満足な合意が得られなければ席を立つ」とは言っているものの、全世界向けに”ショー”として「終戦宣言」してしまう可能性がある。

 

 非核化と平和条約はコインの表と裏である。ところが、トランプは非核化なしに平和条約を結ぶ可能性まで考えられる。 

 北朝鮮が核開発とICBM開発を放棄するだけで、ほかはあいまいなまま、北朝鮮の体制を保証しし、平和条約の締結まで宣言してしまったら、日本はどうなるだろうか?

 日本としては、北朝鮮を承認せざるを得なくなるだろう。そうなると、北朝鮮とは2002年の日朝平壌宣言で、「国交正常化後の経済協力」を約束しているから、その請求書が回ってくる。

 その額は、拉致被害者が帰ってくるかどうかもわからないのに、少なくとも「3兆円」と試算されている。

 来年、消費税が10%になることが決まっているが、それに見合う税収が、北朝鮮の懐に入り、そのカネは北の国民のために使われず、金正恩のポケットに入ることになる。

 トランプの言葉がどれほどいい加減かは、「最大限の制裁」(maximum pressure)に表れている。この前、金正恩の親書持参の金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長と会談した後は、「この言葉はもう使いたくない」と言ったのに、今回は「(米朝首脳)会談後に多分、また使うかもしれない」(“Perhaps after that negotiation, I will be using it again.”)と言っている。

 こんな大統領といったいどんな約束(トランプ流なら“ディール”)ができるというのだろうか? また、北朝鮮のほうも、これまで何度、国際的な取り決めを破ってきたか?

 トランプは、いったんは会談をキャンセルする親書を金正恩に送った。すると、特大サイズの返事の親書が来た。これをトランプは、今回「すてきで温かい」(nice and warm)と述べた。金正恩と「ペンパル」になったことが、よほど嬉しいのだろう。

 ペンパルになると、いずれ本当に会わなければ気がすまなくなる。

 安倍首相は、トランプとの会談後、「早期に解決するため、私は北朝鮮と直接向き合い、話し合いたい。あらゆる手段を尽くしていく決意だ」と意欲を示したが、そんなことはしないほうがいいと思うが、どうだろうか?

 少なくとも、トランプが本当に席を立つかどうか見極めてから、そう言ってほしい。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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