Yahoo!ニュース

貴乃花親方は改革者なのか?今後どう戦うのか?独占告白後も消えない疑問の数々

山田順作家、ジャーナリスト
相撲協会と戦っていくという貴乃花親方(写真:Christopher Jue/AFLO)

 2月7日夜、「テレビ朝日」の特番『独占緊急特報!! 貴乃花親方すべてを語る』の放映があった。食い入るように見たが、見終わった後もなお、すっきりしない。これだけ言うべきことがあったなら、貴乃花親方はなぜ、そのときどきに主張してこなかったのか? なぜ、理事選が終わったいまになってから言うのか? なぜ、いくら弟子とはいえ、当事者の貴ノ岩を囲い続けて話させないのか? という疑問が残ったからだ。

 ただし、貴乃花親方の主張ははっきりしており、この点に関してはまさにそのとおりだと思った。とくに、九州場所中に八角理事長や鏡山親方らから被害届の取り下げを打診されたことを、「はい。そういうことです」と肯定したことで、彼が今回のことで取り続けてきた態度(沈黙を含め)の原点が理解できた。

 そうであるなら、インタビュアーの山本晋也監督に「協会に対して戦いを挑みますか?」と聞かれ、「気持ちは戦います」と答えたことには納得がいく。

 八角理事長以下、執行部の面々は、ともかく日馬富士暴行事件をなかったことにしてしまうか、あるいは最小限の不祥事にとどめて処理したかった。彼らは、“なあなあ”という「組織の論理」に生きる人々であったわけだ。

 これまで、ワイドショーをはじめとするマスメディアは、「相撲協会=悪、貴乃花親方=正義」という構図で、ずっと、この問題を報道し続けてきた。こういう対立構造がいちばん単純に物事を伝えやすいし、また、視聴者、読者を惹きつけるからだ。

 しかし、その結果、「貴乃花親方=正義」側にある数々の問題点はスルーされた。そのため、正義感の強い坂上忍氏のような司会者から落語家の立川志らく氏など数多くのコメンテーターが誘導され、みな“貴乃花擁護論”を展開してきた。

 もちろん私は、このことを冷ややかに見てきた。なぜそう見てきたのか? ここではその理由を整理して書き留めておきたい。

■貴乃花部屋でもあった「暴行事件」

 「スポニチ」が春日野部屋での4年前の暴行事件をスクープし、フジの「とくダネ!」が被害者の矢作嵐さんのインタビューを放映した。しかし、貴乃花部屋でも同じような暴行事件があったことは報じなかった。

 貴乃花部屋の引退力士・貴斗志が貴乃花親方に無理やり引退届を出されたとして、2015年3月、相撲協会を相手取り「地位確認等請求」「報酬の支払い」などを求めて東京地裁に提訴。この裁判の過程で、貴斗志は、なんと今回の日馬富士暴行事件の被害者・貴ノ岩から暴行を受けたと主張。さらに2人の元貴乃花部屋の元力士が証言台に立ち、貴ノ岩や同じく貴乃花部屋の現世話人である嵐望などから暴行を受けたと証言している。

 さらに、資料を当たればすぐにわかることだが、2012年に「週刊新潮」(2012年5月3・10日号)は、貴乃花親方からくり返し暴行を受けたという18歳の元弟子の告発を掲載している。このときは、当時、協会の危機管理委員会副委員長を務めていた八角親方が「貴乃花親方に事情を聴いたが、暴行の事実は否定していた。いまの状況で協会が介入することはない」として幕引きをしている。

『衝撃!貴ノ岩にも暴行容疑 元貴乃花部屋力士の訴訟で発覚「逃げ回る力士にエアガン」』(2017年12月28日 zakzak by 夕刊フジ)

■「裏金顧問」問題

 不思議なことに、この問題をテレビはほとんど報道しなかった。昨年12月28日、相撲協会は臨時理事会で、元顧問の小林慶彦氏(62)に1億6500万円の損害賠償請求の訴訟を行ったと発表した。この訴訟は、小林氏が相撲協会から金銭をだまし取ったことを告発し、その損害賠償を求めたもの。

 小林氏は、2012年に力士をキャラクターにしたパチンコ台制作を業者と契約交渉中、代理店関係者から500万円の裏金を受け取っていたことが2014年に発覚し、「裏金顧問」と呼ばれるようになった。そしてその後も金銭トラブルが跡をたたず、2016年1月に八角理事長によって協会を追放された。しかし、小林氏はこれを不当として、地位保全の裁判を起こし、いまも協会と係争中である。

 この小林氏は、故・北の湖理事長が連れてきたコンサルで、貴乃花親方と親しくなり、貴乃花一門のパーティーには積極的に参加していた。そんななか、八角理事長がまだ理事長代行だった2015年、小林氏がある会社の債券70億円分を協会に買わせようとしたとき、貴乃花親方は“援護射撃”を行った。さらに、小林氏が追放されたとき、貴乃花親方は協会執行部に「なぜだ」と詰め寄った。

『債券購入で援護射撃…貴乃花親方と裏金顧問の不適切な関係』(日刊ゲンダイ2018年1月7日)

『【貴乃花親方 反逆の真実】貴乃花親方と八角親方の確執深めた「小林顧問」の存在 パチンコメーカーからの「裏金疑惑」で協会は提訴 』(2018年1月15日 zakzak by 夕刊フジ)

■右傾化、極右思想問題

 “炎の行者”として有名な池口恵観氏に、自身の決意を吐露するメールを送っていたことが、「週刊朝日」によって明らかになった。

 このメールで、貴乃花親方は、自分を「大相撲の起源を取り戻すべくの現世への生まれ変わり」(原文ママ、以下同じ)とし、それが「私の天命」と言っている。また、相撲道を「角道の精華」と言い、相撲協会は「陛下のお言葉をこの胸に国体を担う団体」としている。そして、相撲教習所に掲げられている「角道の精華」の訓話を、「陛下からの賜りしの訓」とし、「陛下の御守護をいたすこと力士そこに天命あり」などとも言っている。

 もし、このような考えが実行されたら、相撲協会は右翼団体にならねばならず、力士はその構成員にならなければならなくなるだろう。残念だが、相撲教習所に掲げられている「角道の精華」は、陛下の言葉ではない。「大井光陽作」とちゃんと書かれている。貴乃花親方は、なぜか誤解していた。

『貴乃花親方が池口恵観氏にあてたメール全文』(週刊朝日 2017年12月12 日)

■新興宗教団体「龍神総宮社」問題

 貴乃花親方は、新興宗教団体「龍神総宮社」に異常とも言える“肩入れ”をしている。この2月3日には、京都宇治市にある「龍神総宮社」豆まきイベントに部屋の力士を大勢引き連れて参加している。この宗教団体の現祭主(代表)の辻本公俊氏は、2006年に『2012人類の終焉~太陽からの啓示』(ブックマン社)という本を出版しているが、貴乃花親方はこの本に推薦文を顔写真付きで寄せている。大阪場所で貴乃花部屋は龍神総宮社の施設を宿舎にしている。貴乃花部屋の相撲界初の双子力士「貴源治」「貴公俊」のしこ名は、「龍神総宮社」創始者である辻本源冶郎、現祭主の辻本公俊の名前と一致する。

 「龍神総宮社」のHPには、「龍神とは、神の世界の最高位の称号を現すもので、この大宇宙の中であらゆる問題を解決なされるお力をお持ちである神様のことを龍神とお呼びするのです」とあり、「ガンが消えた!大学病院もびっくり」「奇跡!!大津波が庭の直前で止まった 神様ありがとうございました」などの信者のコメントが載っている。

『2012人類の終焉~太陽からの啓示』Amazon

『龍神総宮社』HP

■音羽山親方の退職

 1月13日、貴乃花部屋付きの音羽山親方(元幕内光法)が退職した。音羽山親方の年寄株は借株だったため、元幕内北太樹(山響部屋)の引退に伴う年寄名跡の「玉突き」で、別の名跡を借りないと協会に残れない状況に陥っていた。しかし、貴乃花親方は株を用意できなかった。

 音羽山親方は、8年前、貴乃花親方が初めて理事選挙に立候補した際、自分の一門に造反して貴乃花親方に投票した恩人である。

■理事長選の2票の本当の意味

 2月2日の相撲協会の理事選の前に、貴乃花親方は一門の票はすべて阿武松親方に入れて欲しい、自分は自身の1票で構わないと発言したとされた。そのため、スポーツ紙、ワイドショーは他の一門からの“隠れ貴乃花票”を指摘し、票読み合戦を繰り広げた。

 しかし、蓋を開けてみると、貴乃花親方が実際に獲得したのはわずかに2票。阿武松親方の8票を加えても、基礎票の11票にすら届かなかった。貴乃花親方の2票は自身と高砂一門の陣幕親方の1票とされるので、他の一門からの票を集めるどころか、逆に一門内の2票が流出したことになる。

 こうした結果に、「今回は締め付けが厳しかった」と大方のメディアは総括したが、実際は貴乃花一門の票ははじめから阿武松親方に流れており、貴乃花親方は一門のなかでも求心力を失っていたとする見方がある。

 貴乃花親方派は山響親方の票を奪おうとしたが、山響親方はすでに執行部側に回っていた。しかも、貴乃花一門の親方2人の票は山響親方へ流れた。

■「二枚舌」疑惑

 「週刊文春」(2018年1月4・11日新年号、12月27日発売)は『貴乃花激白』という記事を掲載、「相撲協会は私を処分したいのならすればいい。被害者に非があったかのような言われ方は残念。私はこのままで終わるつもりはありません」という内容を伝えた。また、同時期の『週刊新潮』も貴乃花親方のインタビューを掲載した。しかし、これは貴乃花親方本人が周囲に語ったこととなっていた。

 これを問題視した相撲協会は、協会の聴取には協力しないのに「本人が話さず、周囲に話させるのはいかがなものか」と貴乃花親方を問いただした。すると、貴乃花親方は「一切、そういう人に話したことはないし、話すよう指示したこともない。週刊誌の取材を受けたこともない」と否定したと報道された。

 しかし、この否定は事実ではなく、実際は本人がインタビューに応じていた。というのは、相撲協会の処分が決まった後の「週刊文春」(2018年1月17日号、1月9日発売)では、『貴乃花を再び直撃』という記事が掲載され、「週刊文春に話したのは事実です。一連の経緯に納得はしていないが、貴ノ岩は必ず土俵に戻します」となっていたからだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

山田順の最近の記事