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本当に「フィリピンのトランプ」なのか?ドゥテルテ新大統領の素顔とは?

山田順作家、ジャーナリスト
ドゥテルテ氏にインタビューするケビン・クローン氏

フィリピンの新大統領ロドリゴ・ドゥテルテ氏(71)の日本での評判が悪い。「犯罪者は法の範囲内で殺害する」「私が大統領になれば、血を見る機会が増える」など選挙戦で過激な発言を連発し、「フィリピンのトランプ」と呼ばれたうえ、中国寄りの発言も目立ったからだ。「祖母が中国人だから中国と戦争しない」「南シナ海問題は多国間で協議する」などの発言は、尖閣問題をかかえる日本にとっては聞き捨てならない。

ただし、こうしたことは、すべて現地メディアの報道を見ながら日本のメディアや記者があおったことで、ドゥテルテ氏が本当はどんな人物で、なにを考えているのかはよくわからない。

そこで、ドゥテルテ氏本人に、選挙期間中に会ってきたケビン・クローン(越智啓人)氏(映画『ORIGAMI』監督兼プロデューサー、タレント)に話を聞いた。

−−−− なぜ、彼に会おうと思ったのか?

「以前から彼には興味があり、フィリピンの友人が彼の側近なので、その友人を通じて会ったわけですが、会ってみると本当にチャーミングなインテリ・ジェントルマンという感じで、過激発言とのギャップに驚きました。それに、英語のなまりが強くて最初はなにを言っているのかわかりませんでしたが、そのうちに慣れて打ち解けました」

−−−− 実際に会ってみて、どんな印象を持った?

「会ったのは彼が経営するカラオケバーです。彼はカラオケが大好きで、結局、自分の店をつくったというので、その店で待ちました。

驚いたのは、彼が入ってくるやいなやお客さんが『ドゥテルテ』の大合唱になったこと。それに笑顔で答えて席に着いて、彼の目を見ると、その目は本当に澄んでいました。ああ、この人は言われているのとは違うと、一発で思いました。インタビュー中もずっと目は澄んでいて、政治的な発言のときは特にそうでした。彼は、ダバオの市長として犯罪撲滅と闘い、貧困の解消をしてきたのですが、『ただ自分の仕事をしてきただけだ』と言うのです」

−−−−“大統領になれば、国民を不幸にする人間を皆殺しにする”などの過激発言が批判されましたが、それにもかかわらず、なぜ、フィリピン人は彼を支持したと思いますか?

「犯罪者に対するゼロトラレンス(徹底抗戦)の政治手法がアムネスティインターナショナルなどの批判にさらされてきたわけですが、彼自身は『それはフィリピンを知らない人間が言っていること』と言うのです。

実際、彼はフィリピンで初めて無料の救急センター911電話サービスを開始し、モールなど大型店舗には監視カメラを条例で設置。犯罪者を一切許さない強権なところを見せながら、女性の権利向上の条例を発布したりして、ダバオ市を住みやすい街にしてきました。それで、市長世界栄誉賞に選ばれたんですが、その受賞を断っています。その理由はやはり『仕事を仕事としてやっただけだから』です。

これを聞いて、元検事だけに、笑顔の向こうには、日本でいうところの“必殺仕事人”がいると思いましたね」

−−−−選挙期間中に、若い女性とデープキスしている写真がばら巻かれ、「レイプ殺人事件の被害者(オーストラリア人)は美しかった。私が最初にやるべきだった」と言って女性の反感を買った点については?

「じつは、スマホにその写真を入れていて、それをボクに見せてくれたんです。そして、『写っている人物は自分と違うだろう?』と聞くんです。たしかに違いましたね。レイプ発言は『単なるジョーク』とのことで、そのジョークが下世話すぎたということでしょう。

実際は逆で、現地では女性の人気がものすごくて驚きました」

−−−−一連の中国寄りの発言や母方の祖母が中国人ということで懸念されてきたが、あれは彼の本心なのか?

「彼は外交に関しては謙虚で、『世界中と仲良くやっていきたい。フィリピンは戦争などできる国ではない。だから、どの国とも、交渉で問題を解決していかなければならない。中国との間の南沙諸島問題も交渉の余地はあると思う』と言いました。

日本に関しては、『ダバオは昔から日本とは深いつながりがあり、20世紀初頭には2万人近くの日本人が住み東南アジア最大の日本人居住区だった。戦争の記憶も残っているが、私は戦後の日本の援助には感謝している。日本は大好きだ』と言うのです。

ダバオのあるミンダナオ島には鉄道がありません。それを言うと、『日本の技術で鉄道ができたら素晴らしい』とのことでした」

−−−−“フィリピンのトランプ”と言われていることに関してはなにか?

「これははっきり迷惑そうでしたね。『トランプは嫌いだ。彼がアメリカ大統領になったら世界は大変なことになりかねない。じつは、私がいちばん好きなのはサンダース候補だよ』と言うんです。これにも驚きました。最後に、『この選挙は私にとって政治家として最後の選挙。負けたら引退する』ときっぱり言いました」

選挙期間中、ドゥテルテ氏はジーパンとカジュアルシャツ姿で通したため、「庶民派戦略が功を奏した」と言われた。しかし、彼は、父は知事、母は教師の家庭に育ったエリートである。

外交、経済については未知数なところがあるが、平和主義者であるところは間違いないようだ。また、日本との関係も重視している。この5月16日は、各国大使のなかで日本大使に最初に面談し、18日はオバマ大統領と電話会談をした。その後、22日に行われたダバオ市での記者会見では、中国を意識しながら「われわれは西側諸国の同盟だ」とも述べている。

近年、フィリピン経済は年平均6%を超す経済成長を続けてきている。また、すでに一部で高齢化が始まっているほかの東南アジア諸国に比べると、人口ボーナスが当分の間続く「若い国」である。 

ドゥテルテ新大統領の下で、アキノ政権を踏襲した現実路線が続けば、フィリピンはさらに発展する可能性が高い。実際、ドゥテルテ氏の大統領就任が決まった後、「フィリピンは世界の成長センターの一つになる」とオックスフォード研究所はコメントした。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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