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格差拡大は政府のせい!異次元緩和がヘッジファンドを太らせ、上辺だけの好景気をつくっている

山田順作家、ジャーナリスト

■恐怖指数が20程度では危機ではない

アメリカがデフォルトするのではと、連日騒がれている。  

債務上限(debt ceiling)のタイムリミットになる17日が近づくにつれ、恐怖指数(Volatility Index)も上がってきた。しかし、まだ20台程度だから、じつは、それほど騒ぐようなことではない。 

なにしろ、2008年のリーマンショックのときは、直前が40ほどで危機後は90近くまで跳ね上がった。1997年のアジア通貨危機のときも40ほどだったのだから、現状では戦々恐々となるほどではない。

20台というのは、一部にデフォルトを予想してプットオプションを買っているヘッジファンドがいるということだが、大方のヘッジファンドは、デフォルトはないとして動いてないということである。もし、米国債が利払い不能となれば、それは史上初。だから、そんなシナリオは彼らのアルゴリズム取引の中に組み込まれていないのだろう。

実際、1993年以降、アメリカは17回もデットシーリングを引き上げている。だから今回も決着するのはほぼ間違いない。

■本当の問題はFRBがいつQE3を止めるか

したがって騒いでいるのはメディアと一部の市場関係者で、ヘッジファンドがいちばん気にしているのが、FRBがQE3を止めるかどうか? そして、止めるとしたらいつか? である。

なぜなら、これが決まればヘッジファンドの原資であるドルの供給が減るからだ。そうなれば、バブルになっているNY株価も不動産価格も下がる。となると、いまのポジションをどこでどう変更するかが、彼らの最大の課題になる。

次期FRB議長にジャネット・イエレン氏が決まったことで、ひとまず「出口」は遠のいたという見方もある。彼女は、ヘリコプターマネーをバラまくしか能がなかったバーナンキ議長の後継者だからだ。

しかし、そういう予想は裏切られる可能性もある。FRBは毎回、巧妙に「市場と対話して…」なんて、あいまいなコメントしか出さない。これがなにを指しているのか誰もわからないのだ。

■ヘッジファンドが動かす株式市場

ところで、こうしたアメリカの動きから見ると、日本の金融は「不思議の国のアリス」状態だ。ほとんどのメディアやエコノミストは、ヘッジファンドは自分たちの経済とは関係ないと思い込んでいるからだ。

しかし、いまの世界の金融は事実上ヘッジファンドが動かすリスクマネーで動いている。事実、日本株も6〜7割は「ガイジン」が売買している。実際、今年の5月に株価が1000円以上も暴落したのは、ヘッジファンドの売りのせいだ。

日本のメディアは株価が上がると、「景気がよくなる」と単純に思い込む癖がある。しかし、株価を上げたのは、アベノミクスで金融緩和が進むと判断したヘッジファンドだった。彼らは、昨年11月、円安政策を見込み、円を売ると同時に、日本株を買う戦略に出た。その結果、今年の5月まで「ガイジン」の買い越し額は9兆円を超え、日経平均は1万5000円台まで急上昇した。

■政府が刷ったドルがヘッジファンドの原資

ヘッジファンドがなぜ相場を動かせるかというと、現代の金融の主力がリスクマネーだからだ。20世紀までは、リアルマネーによる株や不動産投資が中心で、長期運用が基本だった。しかし、21世紀のいまは、レバレッジを駆使してデリバティブに投資するというようなハイリスク、ハイリターンの短期的な投資で金融市場が動いている。

日本の金融機関は巨額の株資産を保有しているが、その運用は長期が基本で、年間売買金額、売買の回転率は低い。これに対してヘッジファンドは資産規模が少なくても、投資銀行から資金を借り、さらにレバレッジを利かし短期で売買を繰り返す。したがって、年間売買金額は大手金融機関を凌駕する。

マッキンゼーの調査機関MGIの調査によると、2010年の世界の株式時価総額、債券発行残高、銀行などの貸出残高の合計は212兆ドルである。この額は、じつに世界のGDP総額の3.4倍である。しかし、リスクマネーはさらに膨らんで、ざっと700兆ドルではないか言われている。

いずれにしてもヘッジファンドがこれほど金融市場を動かせるのは、アメリカの投資銀行などが彼らにマネーを与えるからだ。この銀行のマネーは、政府がドルを刷ってつくり出したマネーだ。

■格差をつくり出したのは政府自身

これは、アベノミクスの異次元金融緩和とそっくり同じである。つまり、アメリカも日本もカネをバラまくことで、見せかけの好景気を演出しているだけだ。だから、マネーは資産に向かい、株価や不動産価格を上げるだけで、一般の国民には回ってこない。

しかも、国債の連発で国家財政が火の車となり、そのツケは増税となって国民に回ってくる。こうして、格差は開き、「1%対99%の社会」が進んでいく。

それなのに、本当に不思議なのは、日本の一部の経済評論家やメディア、そしてなんと経済学者までが、この状態を「新自由主義の失敗」「市場原理主義の間違い」「グローバル資本主義の弊害」などと言っていることだ。

間違っているのは政府の政策のほうである。こんなバカなことをしなければ、たとえ大不況になろうと、その後、市場は自律的に回復する。結局、政府自身が格差社会をつくり出しているのだ。

いまだに、日本では、量的緩和で金融機関に回ったマネーが、次に企業に貸し出され、それが設備投資に回り、その結果、景気がよくなると、唱えている方々がいる。

これは、旧態依然のケインズの政策だが、ケインズは1946年に死んでいる。彼の時代にはリスクマネーは存在せず、ヘッジファンドもなければ、コンピュータによるシステムトレーディングもなかった。

■次は円がヘッジファンドの燃料に

というわけで、こんなおバカな政府を持ったおかげで、私たち一般国民は救われない。今後はインフレと増税のダブルパンチが待っている。しかし、個人投資家はそんなことは言っていられない。

なんとか、この金融緩和バブルを生き抜かなければならい。いまわかっているのは、アメリカのQE3が終われば、世界的にドルは引き上げられることだけだ。ただそのとき、円だけが異常なバラまきを続けていれば、どうなるか?ドルの代わりに、今度は円がヘッジファンドの燃料になるだろう。

かつて日米の金利差が開いていたときは、円のキャリートレードが派手に行なわれた。また、そういう展開が来るかもしれない。

さらに、現在、議論が続いているヘッジファンドを規制するボルカールールがいつまとまるかも、投資家にとっては気になるところだ。

■ヘッジファンドに頼み込んだ日本政府

今年5月の日経平均暴落後、6月初旬に、世界中からヘッジファンドの大物が来日し、東京で3日間にわたり会合が開かれた。日本の政界関係者もこの期間中に、彼らと会談を持った。

暴落の直後だっただけに、日本政府としては「金融緩和を続けるから日本株をもっと買ってほしい。日本に投資してほしい」と頼み込んだと伝えられている。しかし、ヘッジファンドは絶対利益を追求している。

そのために、運用マネージャーは命がけであり、専用セラピスト、睡眠薬、メラトニンなどの精神安定剤が欠かせない。それでも、プレッシャーからか、3年ぐらいで顔ぶれはかなり代わる。

金融機関で給料をもらって資金を運用している担当者、シンクタンクで給料もらって市場予測をしているエコノミスト、あるいは国債金利を必死で抑えなければならない日銀の担当者、さらに現代金融を知らない政治家が、彼らの知略に勝てるだろうか?

個人投資家にとって悩ましいのは、株価などのリスク資産の上昇が本当に買い込まれているのか、次に売るための仕込みなのかわからないことだ。実際の売りとカラ売りを個人投資家が見分けるのは難しい。

アメリカのデフォルトは回避されるだろうが、本当の山場はその後、今年のクリスマスにかけてやって来る。11月末と12月末にほとんどのヘッジファンドが決算を迎えるからだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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