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豆乳の飲み過ぎで急性膵炎に!?

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

急性膵炎という疾患があります。膵臓内で活性化した消化酵素が、膵臓や周囲の組織を自己消化していくという恐怖の病です。アルコール多飲や脂質異常症など、生活習慣によるものが原因と指摘される中、このたび豆乳が膵炎の原因になるのではないかという報告があったので紹介したいと思います。

膵臓と膵炎

普通に生活していて、膵臓という臓器の名前を耳にする機会は少ないかもしれません。膵臓は胃の後ろあたりにある、15cmぐらいの臓器で、消化液を分泌したり、糖の代謝に必要なホルモンを分泌したりしています。消化液は膵液と呼ばれ、糖質を分解するアミラーゼ、たんぱく質を分解するトリプシン、脂肪を分解するリパーゼなどの消化酵素を含みます。この膵液は、膵管から十二指腸に送られ、食物の消化を助けているのです。しかし、これらの物質は人体にも含まれておりますので、必要以上に酵素が活性化してしまったり、周囲に溢れてしまったりすると、自己融解につながるのです。

原因として、胆石や胆管癌などで膵管狭窄を起こし、膵液が逆流してしまうようなものと、アルコールや薬剤、脂質異常症などで膵の組織障害を起こして膵炎に至るパターンがあります。急激な腹痛で発症し、周囲にどんどん炎症が広がるので、命を脅かす可能性もあります。例えば「チュートリアル」の福田充徳さん、「次長課長」の河本準一さん、「中川家」の中川剛さんら、お笑い芸人の方々も膵炎を患い、広く知られているのではないかと思います。

アルコールと膵炎

急性膵炎の2大原因は飲酒と胆石とされます。先述のお笑い芸人の方々はアルコール性膵炎ではないかと言われています。アルコールは膵液の分泌を阻害したり、酵素の活性化を起こしたりするのではないかという指摘がありますが、明確な原因はわかっていません。ただ、実際のところ飲酒による膵炎リスク上昇は数字に現れており、エタノール1日48g以上で、膵炎発症リスクは2.5倍になるようです[1]。1日24g以下ならリスク変わらずということなので、何事も程々が良いということですね。

なお、あまりアルコールをグラムで表現されることがないかもしれませんが、液体の容量にアルコール度数をかけて、アルコール比重である0.8をかけると、何グラム摂取したかを計算することができます。

アルコール摂取量(g)=液体の容量(mL)×アルコール度数(%)/100×0.8

逆算すると、48gのアルコールというのは、ビール1200mL程度になります。気をつけてください。

そのほか、脂質異常症も膵炎発症率が増加します。健康診断などで検査するTG(トリグリセライド:中性脂肪)が1000mg/dLを超えると急性膵炎発症率が増加すると言われております。あまり4桁の人は見かけませんが、お酒と一緒に、脂っこいものをたくさん召し上がると大変なことになるので、注意していただければと思います。

まさかの豆乳

今回着目した論文は、40歳代の女性が健康な生活をするために、毎日オートミールと2000mLの豆乳を飲んだところ膵炎になってしまったという、ニューヨーク州立大学ダウンステート・メディカル・センターからの報告です[2]。

毎日唐揚げとビール2000mLで膵炎になったと言われたら、そりゃそうかもなと思ってしまうのですが、タンパク質も膵炎リスクを上げてしまうとはどう言うことでしょうか。

豆乳で膵炎になった理由は、大豆にトリプシン阻害物質が含まれているからだそうです。トリプシンは前述の通り、タンパク質を分解する酵素です。常に消化作用を持っていると人体を溶かしてしまうので、消化作用は調節されています。トリプシンは前駆体であるトリプシノーゲンとして保存されており、トリプシノーゲンからトリプシンに活性化されて消化作用を持ちます。さらに、トリプシンを不活性化させるトリプシン阻害物質により、過剰に分泌されないように調節されています。

大豆にトリプシン阻害物質が入っているなら余計に膵炎にならない気もするのですが、トリプシン阻害薬を摂取すると、トリプシン分泌が逆に増えるんだそうです。人体にはやるなと言われたらやりたくなるシステムが備わっているようです(泣)。「絶対に押すなよ」に対する答えは「押す」なんですね…。こうして大量の豆乳摂取がトリプシン阻害薬として働き、トリプシン産生を助長してしまい膵炎になったのではないかと考察されています。

他に同様の報告があるわけではないので、豆乳を飲みすぎたらみんな膵炎になるかと言うと、証拠に乏しいところです。普通に飲んでいて膵炎になったという話ではないので、敏感になりすぎることはないと思います。何ごとも過ぎたるは及ばざるが如し。適量で楽しんでいただければと思います。

最後に、これだけは伝えておきますが、豆乳を推奨しないという話ではないですからね。ぜひ飲んでください。大量摂取がだめなだけだと思います。生しぼり製法の豆乳は、苦味や渋みなどが少なく、大豆のもつ甘やかさが前面に出た素晴らしい飲み物です。とれる量が少なくなりますが、少量をじっくり楽しむのも良いものだと思います。

参考文献

[1] Irving HM, Samokhvalov AV, Rehm J. Alcohol as a risk factor for pancreatitis. A systematic review and meta-analysis. JOP. 2009 Jul 6;10(4):387-92.

[2] deSouza IS, Lipsitt A. The soymilk diet: A previously unknown etiology of acute pancreatitis. Am J Emerg Med. 2021 Jan 27:S0735-6757(21)00058-9.

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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