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心肺蘇生ガイドライン2020発表

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
救命の連鎖をつなげましょう(写真:アフロ)

AHA(アメリカ心臓協会)の心肺蘇生ガイドラインが新しくなり、10月21日に全世界に公開されました。概要や重要な部分を抜粋したハイライト版は日本語訳されて公開されています。

心肺蘇生ガイドライン

ガイドラインそのものは日々の生活に馴染みがないかもしれませんが、倒れている人を見たら救急車を呼んで胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしよう、除細動器を装着して致死的な不整脈に陥っているなら早期に改善させようという、一般的な心肺蘇生(Cardio Pulmonary Resuscitation:CPR)の根幹をなす重要なものです。どうしたら救命率を上げられるかという命題に対して、科学的な裏付けが積み重ねられており、年々少しずつやり方が変わっていったり、より確実な方策が指摘されてきたりしております。

ガイドラインの歴史は意外と浅く、現在の心肺蘇生ガイドラインの原型ができたのは1960年になります。当時、米国のメリーランド医学会会議で、人工呼吸、胸骨圧迫、除細動の知識を統合し、一次救命処置(Basic Life Support:BLS)の原型として「The Pulse of Life」が提唱されました。その後1974年にAHAから蘇生の指針「Standards for CPR & ECC(心肺蘇生と救急心血管治療)」が公表され、1992年まで6年毎に改訂されます。1992年に国際蘇生連絡委員会 (ILCOR) が設立され、2000年についにガイドライン2000が誕生し、国際的に心肺蘇生が標準化されました。この国際ガイドラインは、その後5年毎に改訂がなされ現在に至ります。今年は現代心肺蘇生の夜明けからちょうど60年の節目の年となります。

何が変わってきたか

2000年のガイドラインでは自動体外除細動器(AED)を市民レベルで推奨することとなり、2005年には現在の30回胸骨圧迫して2回人工呼吸という手法が確立しました。2010年には、市民レベルでは意識のない人に対しては呼吸の有無をチェックすることなく胸骨圧迫を行う(小児や乳児は窒息の場合いが多いので人工呼吸優先、溺水の場合も人工呼吸優先)こととされ、胸骨圧迫の重要性が強調されました。また、心停止後の集中治療が救命の連鎖として重要であると追加されています。

2015年のガイドラインが現在広く周知されているものになります。こちらでは心停止を予防することの重要性が説かれている他、「呼吸をしているかどうかわからない場合や心停止かどうかの判断に自信が持てない場合でも、心停止でなかった場合を恐れずに、ただちに心肺蘇生と AED の使用を開始する」ことが強調され、良質な胸骨圧迫は「約5cmの深さと1分間に100~120回のテンポで絶え間なく行うこと」とされました。

病院で行うような、薬剤も使用する二次救命処置(Advanced Life Support:ALS)の内容も変化をとげてきましたが、このように市民レベルで求められるBLSも、近年着実に進化してきたわけです。

ガイドライン2020年のポイント

今回、手技の面で大きな変化はありませんでした。ひとつ、高度な気道確保後の補助呼吸の回数が

成人への補助呼吸 5-6秒に1回→6秒に1回

小児への補助呼吸3-5秒に1回→2-3秒に1回

と変更されています。医療従事者はチェックしておきましょう。

その他重要なポイントは、胸骨圧迫による侵襲は低いので、心停止が疑われる場合は即時心肺蘇生を開始することが改めて強調されました。救急医としてもぜひこの機に広めて欲しいところです。心停止に至った場合、何もされなければ刻一刻と救命率が下がります。周囲の人が胸骨圧迫をしてくれていたり、AEDを装着して除細動まで行ってくれていたりという状況では、確実に救命率が向上します。ぜひ命のバトンをつないで欲しいと切実に願います。

また今回はBLSに妊婦の蘇生が加わりました。普通に心肺蘇生を開始すべきで、AEDの使用を躊躇しないことがしっかり提示されています。妊婦では胎児がお腹を圧迫するので、下半身の血液が心臓に戻りにくいことが知られています。したがって、なるべくお腹(胎児)を左側に避けながら胸骨圧迫を行う必要があります。

さらに、女性の救命という視点での記載もあります。セクハラに当たるのではないかとか、何か言われるのではないかという恐怖から、若い女性が倒れた場合に適切な処置を行うことを躊躇する気持ちが芽生えがちです。胸骨圧迫の段階では必ずしも服を脱がせなくてもよいですし、AEDを装着する際の注意点など実践的なことを学んでおくと、身近な人のもしもの時に対応しやすくなるかもしれません。

自動車運転免許を取得する際にBLSを教わるなど、心肺蘇生法を学ぶ機会はあると思いますが、なかなか咄嗟の時の対応は難しいものです。これから各地で、新たなガイドラインをもとにした講習会などが開かれていくと思います。積極的に参加していただき、知識のアップデートをして、社会で救える命を救っていくムーブメントにつながれば嬉しいです。

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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