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大麻は危険?救急搬送されることはあるのか?

薬師寺泰匡救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長
大麻を吸うということはどういうことか考えてみましょう(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

俳優の伊勢谷友介さんが大麻所持で逮捕され、違法薬物の対応に関して注目が集まっています。今回は救急医の立場から大麻について考えてみます。

大麻の危険性

今回の件で様々な報道や情報をみていて、大麻の危険性が低いという旨の話をちらほら見かけました。まずは大麻と危険性についての話からします。

大麻(マリファナ)はアサの花冠や葉を乾燥させたり、樹脂化させたり、液体化させたものを指し、これに含まれる化学物質はカンナビノイドと言われます。実のところ、救急医療に10年以上携わっておりますが、大麻中毒で搬送されてきた人は見たことがありません。カンナビノイドをより強力に作用する形にした合成カンナビノイドを使用した危険ドラッグ中毒で搬送された方は何名か見たことがあるのですが、大麻そのものでの中毒例というのは経験がありません。大麻そのものは、急性中毒で重篤な状態に陥ることは少ないのかもしれません。では大麻は危険な薬物ではないのかというと、そうではありません。青年期に大麻を使用すると知能が低下したり、交通事故が増えたり、大麻を吸うことで肺癌のリスクが高まる可能性が指摘されています(N Engl J Med. 2014;370:2219-2227)。妊婦にとっては早産リスクともなります(JAMA. 2019;322:145-152)。また、覚醒剤など他の薬物への入り口になる可能性も指摘されています。

でもそれって飲酒や喫煙と同じじゃん!と思われるかもしれません。まぁその通りです。が、社会は飲酒運転を撲滅し、喫煙による健康被害を避けようと禁煙外来で背中を押すなどの活動をしております。日々肺炎患者さんや酔っ払いと戦う救急医としては、新たなリスクを呼び込むことを歓迎はできません。使用頻度が高まれば、確実に救急でお世話になる人は増えることと思われます。

大麻の依存性

大麻は依存性がないという話も見かけました。これはどうでしょうか?大麻の依存症発症率は9%程度で、10代から使用を始めると頻度が高まることが言われています(N Engl J Med. 2014;370:2219-2227)。日本のアルコール摂取者と依存症と考えられる人の割合を考えると、依存症発症率は4%程度ですから、ちょっと多いかもしれません。飲酒と比べること自体がナンセンスではあるのですが、依存症がないわけではないということです。実際のところ、大麻取締法での検挙者に占める再犯者の割合は平成28年で22.4%と、何かしらやめられない事情を推察させる状況になっています(厚生労働省HP:大麻を巡る現状)。これが依存症によるものなのか、社会環境によるものなのかは不明ですが、やってみて合わなければやめたら良いではないかというのは、安易な考えと思った方がよさそうです。

大麻の医療への影響は?

日本では厳しく大麻の使用は禁止されており、医療における使用についても原則できません。一方、てんかんの一種であるLennox-Gastaut症候群やDravet症候群への発作抑制効果を指摘する報告があり(N Engl J Med. 2017;376:2011-2020, N Engl J Med. 2018;378:1888-1897)、医療用大麻に期待する声が上がってきています。ただ、これまでの治療に比べ革新的、劇的に効果があるかというと、そこまでではないです。コクランライブラリには、効果が示唆されている様々な疾患(線維筋痛症、てんかん、認知症、統合失調症など)についてのシステマティックレビューがなされていますが、質の高い証拠はまだない状況です。抗がん剤治療の副作用の嘔気嘔吐についても、役立つ可能性があるとしながらも、他の制吐剤の利用などで代替され得ることが指摘されています。

大麻は禁止されている

現状のところ、危険性や依存性、他の薬物との関連、薬物の効果とその必要性などのファクターを天秤にかけて、法律で禁止されているという状況かと思います。激烈な中毒物質というわけではなく、治療薬としてのインパクトも強くない、少し難しい立ち位置の薬物という認識ですが、私としては法律で禁止している限りはそれに従って、他の嗜好品を楽しむ方針で生きています。

大麻取締法での逮捕は良いことか?

最後に違法薬物と、その犯罪性が判明したときの対応について考えてみます。法に反することをしている人をみたら、警察を呼ぶのが当然とは思います。一方で、救急医として薬物中毒の対応をしていると、様々思うところはあります。

急性薬物中毒で搬送されてきた方が使用していた中毒物質が、仮に違法薬物だった場合や、違法薬物が疑われる場合に、私達は二つの選択肢の間で悩むことになります。端的に言うと、チクるかチクらないかです。社会がスムーズに回る様に協力した方がよいのかなと思う一方で、我々医療人は目の前の患者さんの健康維持を第一に考えなければなりません。警察への通報が、そのまま再発防止につながれば良いなと思うのですが、警察の仕事は犯罪の取締りであって、依存症の治療ではないのです。法のもとに裁かれ罰を与えられたところで、再犯率も結構高いわけで。証拠隠滅を防いだり、捜査により入手ルートの解明や、他人に渡していたとしたらそのルートの解明にもつながったりするはずですから、逮捕がよくないことであるとは一概にはいえません。ただ、欲を言えば、再発することなく過ごせるよう、依存状態からの脱却につなげたいと常々思っているのです。今回の様に晒し者にしてしまうことが、どれだけみんなのためになるかは今一度考えたいところです。

薬物依存症が考えられる場合には、地域の精神保健福祉センターを紹介して相談に乗ってもらったり、対応に慣れている精神科医が近くにいれば相談に乗ってもらったり、「ダルク」のような民間薬物依存症リハビリ施設に相談するなり、社会全体で再発防止に取り組む入り口に導きたいのですが、現状すべてうまくいっているかというとそう言うわけではありません。大変申し訳ない限りです。今後の課題です。

大麻どうする?

今回は有名人ということもあり、大々的に報道されました。テレビ番組などでは大麻そのものについての情報も流れております。海外では嗜好品として認められているという情報や、医療大麻が使用されているという情報も流れています。有名人も使っているということから、青少年が大麻使用に興味を持ったり、危険性に対する認識が低下したりするかもしれないことを心配しています。「害の低いもので逮捕された」と庇う声や、「いっそのこと大麻を合法化してしまえ」などという、さらなる暴論も聞かれます。しかし、社会の問題を増やす、健康増進に寄与しないかもしれないことに諸手を挙げて賛成はできません。合法化、もしくは非刑罰化を求める声があるかもしれませんが、急ぐ必要はないはずです。禁止されている理由や、社会に対する貢献度などと向き合い、しっかり議論しましょう。伊勢谷さんが今後過剰にバッシングされたり、孤立化したりすることなく、健康に過ごされることを願っております。

救急科専門医/薬師寺慈恵病院 院長

やくしじひろまさ/Yakushiji Hiromasa。救急科専門医。空気と水と米と酒と魚がおいしい富山で医学を学び、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から家業の病院に勤務しつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にのめり込んでいる。ER診療全般、特に敗血症(感染症)、中毒、血管性浮腫の診療が得意。著書に「やっくん先生の そこが知りたかった中毒診療(金芳堂)」、「@ER×ICU めざせギラギラ救急医(日本医事新報社)」など。※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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