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性暴力問題は前進しているのか? 当事者たちの声を記録し続ける小川たまかさんの思いとは

Yahoo!ニュース 個人のサービス開始10周年を記念し、Yahoo!ニュース 個人の目指す世界観を、記事とコメントの両面から長年にわたって体現しているオーサー13名にYahoo!ニュース 個人「10周年オーサースピリット賞」を贈呈しました。そしてオーサー投票によって選出したYahoo!ニュース 個人「10周年オーサースピリット大賞」は、ライターの小川たまかさんが受賞しています。

2013年にYahoo!ニュース 個人に参加してから、ジェンダーや性暴力などの社会問題について発信を続けている小川さん。10年間で実に300本以上もの記事を執筆しています。

性暴力の問題をめぐっては、過去10年で社会は大きく揺れ動いてきました。

2017年には110年ぶりの性犯罪に関する刑法改正が行われ、世界的な規模で#MeToo運動が活発化。2019年には相次ぐ性暴力裁判の無罪判決をきっかけにフラワーデモが広がっていきました。そして、今年2023年に入り性交同意年齢の引き上げが決定するなど、社会的関心は高まり続けています。

10年間の活動を通して、ひたむきに問題と向き合ってきた小川さんにお話を伺いました。

「Yahoo!ニュース 個人 10周年感謝祭」で行われた授賞式での一枚。受賞スピーチでは10年の活動を振り返りながら感謝祭の開催地である下北沢との縁について語った
「Yahoo!ニュース 個人 10周年感謝祭」で行われた授賞式での一枚。受賞スピーチでは10年の活動を振り返りながら感謝祭の開催地である下北沢との縁について語った

10年間でインターネットの言論空間は変化している

――性暴力について発信するようになったきっかけは何だったのでしょうか?

2015年1月、とあるメディアのネットニュースで発信されていた、公共交通機関の女性専用車両に関する記事を読んだのがきっかけです。20~60代までの女性を対象に実施したアンケートに基づく内容で、「60代の女性のうち7割もが女性専用車両を必要だと思っている」と報告されていました。それに対して記事内で「痴漢も人を選ぶと思いますけどね」と書いてあり一部炎上していましたが、私もすごくひどいなと思って。

当時は、インターネット上で女性専用車両を茶化すような風潮もありました。痴漢に関して「それは冤罪かもしれない」とか、「女性が自意識過剰みたいだ」というふうに言われていることもあって。個人的には嫌だなと思っていたのですが、発信しても変な反応しか返ってこないだろうなと諦めの気持ちもありました。

しかし、これはネット掲示板の書き込みではなく、ニュースサイトが制作している記事です。私もインターネットで記事を書いているライターとして、嫌だと思ったことを発信したいと思い、「書いた方とお話がしたいです」とニュースサイトに問い合わせました。結局お話しすることはできなかったのですが、執筆したのはインターンの学生ライターで、その学生のSNSに飛ぶと、「(痴漢も人を選ぶと)書くセンスがすごいです」と友人たちにもてはやされていたりして、全然違う世界を見ていて、電車内の痴漢について実態を知らないんだろうなと思いました。

2000年代後半から2010年代前半あたりまで、インターネットの言論空間は主に男性の意見で構成されていた印象があるという。そのため性暴力の問題について、話をする土壌があまりなかったと感じている
2000年代後半から2010年代前半あたりまで、インターネットの言論空間は主に男性の意見で構成されていた印象があるという。そのため性暴力の問題について、話をする土壌があまりなかったと感じている

そこで自分のブログで、高校生のときに痴漢に遭遇したこと、同級生たちも日常的に痴漢被害にあっていたことを赤裸々に発信したところ、幼い頃から痴漢にあっていた人や子どもが被害にあって裁判をしたという人などから、たくさん反応があったんです。それから痴漢の問題を調べ始め、性暴力について発信するようになりました。

――この10年間で、インターネットの言論空間は変化していると感じますか?

時代は変わっていると思います。2014年に『共働き家庭の子どもは「かわいそう」ですか?』という記事を書きました。そのときは、「何を言っているんだ、子どもが可哀想じゃないか」「子どもが小さいときはお母さんがそばにいたほうがいいですよ」というメッセージがたくさん来ました。その記事がYahoo!ニュース トピックスに掲載され多くの人に読まれると、「あなたは女性差別があると思っているかもしれないですが、もうないですよ」というようなメッセージも来ましたね。一方でお母さんたちから「書いてくれて本当にありがとうございました」というメッセージもたくさん来て、当時は受け取られ方のギャップにびっくりしました。でも10年経った今は「女の人が子どもを預けて働くなんてわがままだ」なんていう人はもういないですよね。時代は変わるんだなと思います。

――最近ではジェンダーや性暴力に関する報道やSNSでの発信も多くなっているように感じます。10年間で課題解決へ前進しているように思いますか?

発信が増えることによって、関心を持つ学生が増えているという話も聞くし、問題を認識している人が増えたという点では、前進していると思います。一方で、女性や性的マイノリティの人の声が強くなることによって、それに対して「息苦しい」と反発する人の声も大きくなっているように感じます。

最後まで原稿を調整できるから当事者のそのままの声を届けられる

SNSなどネット上の差別的な発信は、社会の実態を表している部分もあり問題が可視化されている一方で、過激な人の意見が目立ちすぎているようにも感じるという
SNSなどネット上の差別的な発信は、社会の実態を表している部分もあり問題が可視化されている一方で、過激な人の意見が目立ちすぎているようにも感じるという

――小川さんはさまざまな媒体で発信していますが、その中でもYahoo!ニュース 個人で発信することはどのような意義があると感じますか?

他の媒体で執筆する際は、編集者の方がいて、スケジュールやタイトルは編集者の方が決める場合が多いです。私は性暴力被害にあった方を取材することが多いので、タイトルや見出しなど細かい部分や、内容についても最後まで被害者の方の希望に沿って「やっぱりこれは書くのはやめよう」と調整することもあります。Yahoo!ニュース 個人は最後に公開ボタンを押すまで自分で調整することができるので、すごくやりやすいと感じています。

――性暴力について発信するにあたって小川さんはどんなところに難しさを感じますか?

言葉の選び方がとても難しいです。性暴力に限らず、当事者運動は言葉を選び取っていく作業です。言葉一つに込められている思いがたくさんあるんです。例えば性暴力と性犯罪という言葉は使い分けられていて、性暴力のなかでも性犯罪として認められるものはわずかだから、包括的に見るために性犯罪被害者ではなく性暴力被害者という言葉を使うとか。

特に自分の専門外については、軽はずみに発言すると言葉選びを間違えてしまうことがあるのではないかと怖いです。Yahoo!ニュース 個人では、オーサーやコメンテーターは専門分野のことだけ執筆するというルールがあるので、すごくいい仕組みだな、大事なことだよなと思います。

――メディアが報道する際に気をつけるべきことはどんなことだと思いますか?

写真:イメージマート

日頃から性暴力の問題に関心を持って取材をしている記者さんが各新聞社に何人かずついらして、そういう方の場合は、記者会見や当事者取材の際に失敗してしまうことが、ないとは言いませんが少ないのではないかと思います。しかし、例えば芸能人や政治家周辺の性暴力に関する報道などで、普段は性暴力を専門としていない記者が取材をするような場合は、二次加害にあたる質問がされてしまったり、性暴力がエンタメのように消費される方向にいってしまったりすることがあります。そういった実態について細かく見て課題を分析することが必要だと感じます。

苦しんでいた「トナカイさん」に記事を届けたい

2020年からYahoo!ニュース 個人で有料記事の配信を開始し、配信した記事は120本を超えている
2020年からYahoo!ニュース 個人で有料記事の配信を開始し、配信した記事は120本を超えている

――小川さんはYahoo!ニュース 個人で無料の記事と有料の記事のどちらも執筆していますが、それぞれどんな思いで発信しているのでしょうか。

有料の記事については、「性暴力やジェンダーの問題について関心が強い人が読んでくれているはずだ」という希望があるので、本音も交えて、同じ課題感を持つ人と共通の話題について掘り下げていきたい気持ちで書いていることが多いです。一方で無料の記事は、問題を知らない人にもわかりやすい書き方を心がけていて、誤解を招かないように気をつけています。

――有料の連載「トナカイさんへ伝える話」というタイトルには、どのような思いがあるのでしょうか。

数年前にある地方のフラワーデモに参加した際に出会った、被害当事者の女性へ連帯する気持ちからこのタイトルをつけました。彼女は勤めていた会社で同僚から性暴力被害にあい、会社にも報告したものの二次被害にあって、結局相手ではなく彼女が退職せざるを得なくなってしまったそうです。彼女の会社は有名な企業でしたが、クリスマスパーティーで女性社員はミニスカサンタのコスプレをしなければならなかったそうです。彼女は口では嫌だと言えないけれど、反抗の精神からトナカイの着ぐるみを着て気持ちを示したといいます。その話を聞いた際に胸に込み上げるものがあって。彼女のような人へ届けばいいなという思いから、「トナカイさんへ伝える話」というタイトルにしました。

性暴力を少しずつでも減らしていくことを目指して

発信活動を通して、10年で世の中の認識は変わる部分もあると実感している。「変えられない部分もあるんだとは思いますけど、やっぱり『変えていけるはずだから』っていう気持ちでやっています」(小川さん)
発信活動を通して、10年で世の中の認識は変わる部分もあると実感している。「変えられない部分もあるんだとは思いますけど、やっぱり『変えていけるはずだから』っていう気持ちでやっています」(小川さん)

――発信を続けることで、どんな社会を実現していきたいと考えていますか?

性暴力の全てをなくすことは難しいかもしれませんが、減らしていくことはできると思っています。

痴漢の問題に取り組み始めたとき、その前から痴漢問題について発信していた漫画家の田房永子さんとお会いしました。その際、「性暴力を全てなくすのは難しいかもしれないけれど、電車内の痴漢に限った話ならなくすことができるんじゃないか」とお話しされていて。痴漢は多くの人の目がある場所で行われている犯罪なので、防ぐ手立てはあるはずだよなと思いました。全てをなくすことは難しくても、そのように課題を分解していけば減らせるのではないかと思っています。

携帯電話に例えると、昔はポケベルやガラケーだったのが、今はスマートフォンになっているわけですよね。時代は進化しているのだから、性暴力の対策や考え方という点でももっと進化できる部分があるはずだと考えています。

――問題解決に向かっていくためにも、今後Yahoo!ニュース 個人に期待することはありますか?

何者でもないライターの私に発信の場を与えてくださったことをすごく感謝していて、これからも媒体として続いていってほしいと思います。

今後、課題解決に向けたアプローチの一つとして、他のオーサーやコメンテーターの方とも交流していきたいです。例えばアスリート盗撮の問題だったらスポーツライターさんや元アスリートの方たちと、学校教育における性暴力の問題だったら教育の専門家の方とお話しできたら、私だけでは考えつかないような新しい解決方法が見つかるかもしれないと思っています。

小川たまか(おがわたまか)ライター

1980年東京都品川区生まれ。大学院卒業後、編集プロダクションを共同経営。2018年からフリーライターとして活動。2015年以降、性暴力に関する取材・執筆に注力して取り組んでいる。著書に『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)など。

▼これまで小川たまかさんが提供した「Yahoo!ニュース 個人」記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人「10周年オーサースピリット大賞」受賞記念として、編集部がオーサーにインタビューし制作したものです】

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