【PR】民間ビジネスのノウハウで社会を変える 「改革のシェルパ」が語る仕事術とは

『改革プロの発想&仕事術(企業戦略、社会課題、まちづくり)』

最近、官と民との垣根を越えたビジネスや社会問題の解決の成功事例が数多く生まれています。空港や水道などインフラ設備の委託やPPP、PFIと呼ばれる官と民の共同事業の仕組みも広がっています。

実は大都市の土地の2割強は自治体が持っており、自動運転や5Gを見込んだ遊休地の活用や民間と共同での低層ビルの建て替えなど、アセットやインフラを上手に活用した公民連携のビジネスモデルが次々と生まれることも見込まれます。

企業にとっては公共インフラの市場開放の流れは大チャンスである一方、行政にとって企業との協業は未知の世界。そんな両者に対し、例えるなら登山の「シェルパ」のように寄り添ってサポートをするのが、慶應義塾大学総合政策学部教授で、経営コンサルタントでもある上山信一さん。

元マッキンゼーのパートナーで大企業のリストラやM&Aを数多く手がけ、大学教授に転じた後に、橋下徹氏や小池百合子氏らのブレーンをはじめ愛知県や新潟市など全国各地の知事や市長の特別顧問を務めてきました。

さらに最近では、お寺やNPOの改革、村おこしなどもボランティアで支援されているという上山さん。そんな改革支援のプロフェッショナルである上山さんが自ら定義する「改革のシェルパ」とは、一体どういう存在なのか。

その変遷や、最近の行政と民間の協業の動きについてなど、じっくりとお話を伺いました。

単なるサポート役ではなく、責任感を持って共に歩む存在としての「シェルパ」

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――上山さんが自らを「改革のシェルパ」と称されているのは、どういう意味合いがあるのでしょうか。

上山:シェルパはもともとネパールの少数民族の名前です。そこから転じて、過酷な山々に挑む登山家たちのサポートを専門とするプロフェッショナルのことをいいます。

ネパールのシェルパは豊富な登山歴と周到な計画性、どんな困難にも立ち向かうメンタルタフネスを持っています。よく知られるとおり、彼らが数々のエベレストの登頂記録を陰で支えてきました。

企業の改革、M&Aの後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)、そして激しい選挙を経て当選した改革派の知事や市長が取り組む自治体改革は、険しいヒマラヤの山々へのアタックに似ています。簡単に攻略できるものではありません。

しかし、「これは数年前にサポートしたあの件のスキームを使えばいけそうだ」「ここから先は危ない。しばらく待とう」といった具合に、数多くの過去の体験をベースに戦略を練るのがシェルパです。

その際にはクライアントとなる知事や経営者の行動スタイルの見極めが大事です。ゆっくり考えてから動く人、動きながら考える人など、まさに千差万別。そして、それに合わせて登頂ルートやメンバー、ペースを設計するのです。

ともかくクライアントに寄り添って動く。そして運命を共にする。だから最近は僕はコンサルタントといわず、「シェルパ」と名乗るようにしています。

――アメリカでいう「チェンジエージェント」や「カタリスト」がニュアンスとしては近い存在になりますか。

上山:外からやってきて組織を刺激する第三者のことですね。私もそれはやります。というか、マッキンゼーの頃はそれが得意で、グローバルチームのリーダーもやった。今はむしろ孤独な経営者に向き合う比率が多い。年齢を重ねてきたせいもありますが。

シェルパの使命は、もちろん経営者が苦難の山登りの過程で力尽きそうな時にサポートし、99%のところまで奮い立たせること。一方で燃え尽きないよう、撤退のシナリオも常に考えておくことが大切です。

期間限定でありながら、事業の成功を左右する存在がシェルパです。そもそも、一緒に山に登ることで自分の命も賭けているわけですから。

そういう意味では厳然として社内の大勢とは真逆の方向を提示し、経営者の代わりに集中砲火を浴びることもある。行政改革では特に守旧派議員から目のカタキにされたりもします。しかしそれで問題のありかがあぶり出されるわけで、本望でもあります。

――なるほど。そんな上山さんのこれまでのキャリアについて、改めて伺わせてください。

上山:子供の頃から旅と鉄道が好きで、大学卒業後は旧運輸省(現国土交通省)で働き始めました。しかし、米国のプリンストンの大学院に行ったら、ちょうど航空規制緩和の時期で航空局の仕事がどんどんなくなっていった。おりしも日本も国鉄分割民営化(JR民営化)の時期で、「自分自身を民営化しよう」と考え、次の職を探すことにしたのです。28歳の時のことでした。

しかし、当時日本で転職はまだ珍しい時期です。元官僚だからビジネスセンスも未知数。でも親戚はみんな大阪商人で、僕も経営には前から興味があった。だから、たまたま知人が国鉄を辞めてマッキンゼーに行ったので、私も受けてみたんです。

当時はあの大前研一さんが支社長だったのですが、取り繕うこともなく思ったことをそのまま話してみたら、「面白い。ぜひ来なさい」となり、コンサルタントの修業を始めることになりました。これがシェルパの道への第一歩でしたね。

――マッキンゼー時代にはどういう仕事に携わっていたのでしょうか。

上山:メーカーから製薬、放送など内外の大企業の経営改革や戦略見直しに、14年ほど携わっていました。

官僚出身なので、外資系の世界もビジネスもまったく初めて。最初のうちは日々驚くことだらけでした。多角化、リストラ、グローバル展開など、当然一筋縄ではいかない仕事ばかりです。本当に毎日が山あり・川あり・谷あり、極めて充実していました。(笑)

そうこうしているうちに、5、6年もすると自他ともにどうもコンサルタントに向いているとわかってきた。お客さんもついてきて、成果が出て喜んでもらえると心底うれしい。でも好物と一緒で、同じことばかりずっと続けていると、進歩がなくなってくる。

最終的にはパートナーとして楽しくやっていたのですが、43歳の時に新しいことにチャレンジしようと決めました。ちょうどその頃、アメリカ発で世界中に「行政評価」「行政経営」という新しい波が生まれており、そこに着目しました。

行政改革に必要なのは民間のビジネスノウハウだった

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――いよいよ上山さんが行政改革に関わることになるわけですが、2000年頃の日本は具体的にどういう風潮だったのでしょうか。

上山:国も自治体も財政赤字が深刻化し、無駄な事業はやめたい。だけど政治的しがらみでやめられない。そういう時代でした。

国の動きは鈍かったのですが、自治体では三重県の北川知事や岩手県の増田知事ら改革派の首長が出て、これまでの「官」のやり方をがらりと変え、「民」の成功例やフレームワークを取り入れる動きが起きていました。

それで僕ら民間若手のコンサルタントも協力して、各地の県庁の改革が始まったのです。たとえば顧客起点のサービスデザインや「ロジカルシンキング」などは、企業経営では当時すでに当たり前になりつつあった。でも官では知る人ぞ知るといった程度のものでした。

たまたま私は公務員とマッキンゼーの両方を経験した。それで、「自分の新たなミッションは、官に民のノウハウを伝えることだ!」と思い立ち、2000年頃から逗子市を皮切りに福岡市、大阪市、横浜市、岩手県など多くの自治体改革に次々と関わるようになったのです。

――自治体の改革のやりがいや目指すところは、どういうところにあるのでしょうか。

上山:大阪がそうですが、長年改革に関わっていると目に見えて街が明るくなっていく。行政が率先して改革すると、企業も投資をし始め、地域全体にいい循環ができる。あわせて、改革の対象としての自治体の面白さは、水道から教育まで社会インフラや地域サービスに幅広く関われる点でしょうね。

難しさは民間とは違ってゴールが複雑なこと。自治体は、社会基盤を支えること自体がミッションです。しかしゴミ処理施設の建設など具体案件になると、市民の間で利害関係の対立も起きる。

一方で「公共事業」は事業である以上、企業経営に似た面も持っています。予算に見合った最適な成果が求められますし、納税者や利用者は顧客です。海外の大学院にはMBAと並んで「公共経営(MPA)」を教えるスクールもあるほど。

今までの日本は国民を統治の対象者とみてきましたが、国民、住民は本来は顧客、株主、そしてパートナーです。公共のあり方は、社会全体をみてもっとシステマチックに考えなければならないのです。

――官の改革は、民間企業以上に難しいのではないでしょうか。

上山:はい、10倍以上難しい。しかも、官の動きはとても遅い。DX(デジタルトランスフォーメーション)はもとより、どんなトレンドの波も、ベンチャー、大企業、NPOの順で、官が最後です。

また、行政の改革は利害関係者が多い。課題点のひとつひとつを検討し、軋轢を生まないように上手に進めていく必要があります。その段取り、道筋を描くのがシェルパの腕の見せ所です。

それが結果として住民の満足度向上や自治体の健全化につながる。さらに、東京、大阪、愛知など大都市の自治体の事業規模はマッキンゼーで扱っていた大手企業よりも大きい。非常にやりがいを感じます。

もちろん、自治体特有の難しい問題もあります。例えば、議会と首長の足並みがなかなか揃わない。あるいはいったん決まった計画をなかなか修正・見直ししようとしない。「行動の無謬性信仰」というのですが、なかなか間違いを認めようとしない。

――いかにも官、という印象のお話ですね……。そんな中でもわかりやすい具体的な改革事例があればぜひ教えてください。

上山:私が関わっていた件でいえば、大阪市の地下鉄の民営化。議会で2回否決されましたが、12年越しの議論を経て株式会社化し、収支も大幅改善しました。また、大阪城公園も民間委託で明るくなった。

もともとは市役所が管理し、赤字が発生していたのですが、2015年から公園全体の管理を民間委託に切り替えました。民間企業は空き地にレストランや店を建てる投資をし、駐車場も拡充。いつ行ってもにぎわう場所になったことで、インバウンド・来場者がさらに増え、商業収入も入り、雇用も産み出した。

思い切って全体を長期間、民間に任せることで自治体の資産がしっかり有効活用され、自治体も利用者も企業もハッピーというトリプルウィンが実現できました。どこの自治体も膨大な資産と人材を抱えています。それを有効活用するだけで地域全体の活性化につながるのです。

知識を知識のままとせず、自分の実とすることで閉塞感を打破する

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――2020年2月より配信開始の『改革プロの発想&仕事術(企業戦略、社会課題、まちづくり)』という連載シリーズは有料版となりますが、どのような情報を発信されていく予定なのでしょうか。

上山:普段は企業の経営者や官僚、自治体首長向けに「シェルパ」の仕事をしていますが、この連載では若い社会人を読者層とした発信を想定しています。

具体的には、今の職場に対してモヤモヤを抱えながら組織の改革や転職のきっかけがつかめない人、自主的に学習したい人、社会人大学院に通っている人など、30~40代の人が中心ですね。

「シェルパ」に関する説明でもお伝えしたように、組織や地域に関する課題解決のノウハウは、ある程度パターン化できます。そうしたノウハウを知ることで、成功確率はきっと上がる。それに役立つ着眼点を、この連載ではお伝えしたいです。

あと重要なのは、知識を知識のままとせず、自分の実にできるかどうかです。ビジネス本を読んだり研修に行ったりすれば、知識は増える。でも実際のビジネスシーンですぐには使えない、という場合もよくあります。

だからこの連載では、なるべく日常の「勉強のコツ」そして「自分の力にするキッカケ」をお伝えしたい。

そして、連載の中では私が日常的に行っている仕事のやり方や学び方も紹介していきたい。旅の仕方や本の読み方、お金の貯め方まで。全てシェルパの仕事術です。それを実践してもらえれば、成長の手ごたえが得られるのではないかと思います。

――想定する読者層がまさに「働き盛り」というタイミングだからこそ、大いに活用できそうな情報が発信されるというわけですね。

上山:仕事に対して実力が伴うようになると、根拠のある正しい自信も身に付いてきます。それによって職場全体の課題や経営者の悩みもわかるようになる。すると、フラストレーションの源泉となっている不合理なルールや上司のふるまいも、実はシステムが産み出す現象の一つだとわかってくる。

そうしたら次は、そのシステムをどう変えるか考える。それがシェルパの目標です。そうした視点でしっかりと学び、実力をつけることで、仲間や上司に対してソフトにでも論理的に説得できるようになる。そうやってシェルパはみんなを味方にしていくのです。

最近、ダイバーシティとよく言われます。もちろん男女の壁や国籍を取り払うのもいいことですが、私は、もっとシンプルに「人はそれぞれ、違うということを前提に仕事をしたほうがいい」と考えています。そんな新しい価値観を周りに働きかけながら作っていってほしい。

そういう働き盛りの人たちの助けとなるコンテンツを『改革プロの発想&仕事術(企業戦略、社会課題、まちづくり)』では提供していく予定です。ぜひとも購読してもらえればと思います。

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上山信一(うえやましんいち)プロフィール

専門:企業の経営戦略、政府・非営利組織の経営改革。経歴:旧運輸省、マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。1957年大阪市生まれ。京大(法)、米プリンストン大学大学院(修士)。兼職:大阪府市特別顧問、国交省政策評価会座長、愛知県政策顧問、ビジネスモデル学会理事、日本行政学会理事、大手・ベンチャー企業の取締役、監査役、顧問等。元東京都顧問。著書に『改革力』『大阪維新』『ミュージアムが都市を再生する』『行政の経営改革』等。これまでに世界117か国を旅した。

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【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の定期購読記事を執筆しているオーサーのご紹介として、編集部がオーサーにインタビューし制作したものです】