【PR】上原浩治はセカンドキャリアを模索中 「正解はない」という答えを伝えたい

『上原浩治の野球に正解はない!』

「雑草魂」が代名詞だった上原浩治さんは、巨人とメジャーリーグで20年もの長きにわたり、現役として第一線で活躍をされてきました。

プロ1年目の1999年にいきなり20勝をマークし、投手タイトルを総ナメ。その後も巨人のエースとしてだけでなく、アテネ、北京と2つのオリンピック、日本が「世界一」に輝いた2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)など、日本代表としても実績を残してきました。

2009年からのメジャー移籍後は先発から中継ぎ、さらにクローザーとあらゆるポジションをこなし、ボストン・レッドソックス時代の13年にはワールドシリーズの胴上げ投手として歴史にも名を刻みます。

球種は140キロ台前半のストレートと落差のあるスプリットのほぼ2種類でしたが、同じ腕の振りから放たれたボールに、屈強なメジャーの打者のバットは次々と空を切りました。

そして19年、惜しまれつつもユニホームを脱いだ上原さん。現役時代から正直な胸の内を明かす語り口には、同年代を中心に野球の枠を超えて多くの共感の声が寄せられていました。

そんな上原さんが、今回ヤフーニュース個人にて有料連載『上原浩治の野球に正解はない!』の配信をスタート。初めての試みという有料配信のコラムで、どんなことを記していくのか。近況と合わせ、お話を伺いました。

画像

――19年シーズン途中の引退決断には驚きの声も多かったと思います。

上原:18年に左膝を痛めて、オフに手術。そんな状況で一度は自由契約になったけど、巨人が19年も契約を結んでくれました。自分としては、春季キャンプは背番号なしのテスト生として挑む覚悟でしたから、本当に感謝しています。

だからこそ、何としても戦力になってチームのリーグ優勝、そして日本一に貢献したいと思っていました。手術翌日には松葉杖も使わずに退院し、回復も順調。オープン戦で復帰できたまではよかったですが、1軍に呼ばれることはありませんでした。

ただ自分が2軍の試合で投げるということは、これからの若い投手の出番を奪うことになるんですよ。だから、自分としては春先の3カ月が勝負と考えていて、そこで1軍に上がれなかったらスパッとやめようと思っていました。

――引退してからの日々は。

上原:最初は日本で少しゆっくりして、その間にお世話になった方々やスポンサーの皆さんに挨拶回りとかもしていました。

そこからは、日本と家族がいるアメリカを行ったり来たりの生活ですね。日本に戻る頻度は特に決めているわけではなく、仕事が入れば日本に帰ってくる、という日々です。

――どんな一日を過ごしていますか。

上原:野球をやめたら、何にもすることないなぁと思ってましたけど、本当にすることなくて。(笑)

アメリカにいるときは、だいたい朝の8時くらいに起きますね。目覚まし時計もかけず、自分で気ままにという感じです。

日中は家の掃除をしたり、現役時代の荷物を整理したりですかね。(メジャーで最初に在籍した)オリオールズのバッグが出てきたり、所属していた球団の帽子が出てきたりね。懐かしいなあ、と。

私は自分に興味がないというか、ユニホームとか帽子とかは基本的に人にあげてきましたからね。喜んでもらえるなら、そのほうがいいから。だから、自宅にはほとんどないんですよよ。ジャイアンツのユニホームもあげましたね。

あるのは(2013年のボストン・レッドソックス時代に制した)ワールドシリーズのチャンピオンリングくらいかな。

――アメリカの生活拠点は。

上原:いまはフロリダが中心ですね。息子が入学した学校があるんで、近くに住んでいれば会いにもいきやすいですから。

引退してからは体も動かしてないですね。ゴルフも年明けからしていません。トレーニングも引退してから全くしていないです。運動はしていないけど、体型は変わりませんね。筋肉は落ちたのかな。

――セカンドキャリアのご予定は。

上原:まだ見つからないですね。というか、探してもいないかな。指導者の道もいまのところはなんとも言えないですね。

日本と違って、メジャーで引退した人はあんまり監督かコーチとかやらないですよね。まあ、めちゃくちゃ稼ぎますからね、現役時代に。主に中継ぎだった俺なんかの年俸はかわいいもんでね(笑)。先発投手って、1年で20億円とか普通に稼ぐでしょ。

――新たにできた趣味などはありますか。

上原:もともと経済とかには興味があったので、長期で保有できるような株に投資してとかいうのはありますね。あんまりリスクの大きなものではなくね。

あとは競馬くらいかな。現役時代は勝ち運が逃げそうだったので、いっさい馬券を買わなかったんですよ。もともとは好きだったので、引退してからインターネットとかで馬券を買って予想しています。現役時代から気分転換にしていた読書も継続しています。

――野球界のことは気になりますか。

上原:プロ野球のキャンプ情報が飛び交っているんで、ニュースを見たりしますよ。現場にいないから、「あー、引退したんやな」って実感しますね。

オフは侍ジャパンが優勝した「プレミア12」の解説の仕事をさせてもらう機会がありました。引退してすぐだったので、ユニホームを着てプレーしている選手の姿がうらやましかったですね。

――野球解説者としての持論は。

上原:結果からさかのぼってというようなことは、あんまりしゃべりたくないという気持ちがあります。

なるべくなら、結果が出る前に試合展開を予想していけるようなスタイルがいいかなと。外れることも多いですけどね。そのときは自分が「こう考えていたけど、外れました。ごめんなさい」って謝ればいいやって。そのほうが「後出しジャンケン」にならないかなと。

もちろん、解説者はなぜこういう結果になったかを説明する仕事でもあるから、結果論で話すこともアリなんでしょうけどね。

画像

――引退後、初のコラムが有料配信『上原浩治の野球に正解はない!』ですね。

上原:現役時代にもいくつか雑誌とかでコラムは書いていました。自分で書いて携帯電話に打ち込んで担当者にメールしていたんですけど、文章を書くときって関西弁になるんですよね。そのほうが、リズムが出るというか。

あと、ブログとかもやっていて、YouTubeもスタートしました。オフには本も2冊出したりね。

――コラムのタイトルに込められた思いは。

上原:常々言っていることなんですけど、トレーニング方法とかって「こうだ」と決めつけている部分があるじゃないですか。でも、腕の長さも違えば、身長も体重もみんなそれぞれ違うでしょ。

これって野球に限らず、成功するためには、自分に合ったものを見つけていくことが大事だと思うんですよね。

誰でも結果を出せる「正解」があるのなら、その通りにやれば、野球で言えば、みんなメジャーリーガーになれてしまいますよね。そうじゃない。だからこそ、自分にできることは、選択肢を示していくことだと思っています。

成功も失敗も、あるいは一般の人がなかなか目にする機会がない舞台裏とか、いろんなことを紹介して。その中からヒントになること、モチベーションが上がるきっかけになることがあればいいなと思っています。トレーニングでも、まずは経験してみて、いいものだけ取り入れてみればいいと思っていますね。

もう少し具体的に話すと、メジャーの春季キャンプに参加したとき、練習メニューで意外だったことがあります。

バッピ(打撃投手)を務めたときなんですよ。日本の場合は、ピッチャーが打者のために投げるイメージでしょ。だから、回転の利いたボールをストライクゾーンに投げて気持ちよく打ってもらうじゃないですか。バッピってそういうものだと思っていたけど、アメリカに行ったら、ピッチャーが中心でした。捕手にサイン出しながら、打たれないように配球も考える。だから、バッターも10球連続で振らないケースとかもあった。

どっちがいいかではなくて、「正解はない」ってことなんです。

――上原さんがどんなことを感じ、自分の言葉で記していくのか。読者も楽しみにしていると思います。

上原:わざわざお金を払って読んでもらえるっていうのは、本当にうれしいことですよね。自分の引き出しを、このコラムでしか紹介しないようなことも、どんどん書いていきたいです。

あと、コラムの読者限定でプレゼントとかもしてみたいですね。野球グッズだけでなく、私物とかでも気が向いたらプレゼント品に出す、みたいな。楽しみにしてもらえるといいですね。

『上原浩治の野球に正解はない!』

画像

上原浩治(うえはらこうじ)

1999年、1浪して入学した大阪体育大から巨人にドラフト1位で入団。1年目に20勝をマークし、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率の投手主要4部門のタイトルを獲得し、新人王と沢村賞にも輝く。09年からはメジャーに移籍。13年ワールドシリーズでは日本人初となる胴上げ投手になる。18年から巨人に復帰。日米通算100勝、100セーブ、100ホールドの「トリプル100」を達成。19年5月に日米通算20年の現役生活に終止符。近著『OVERー結果と向き合う勇気ー』(ワニブックス)、『不屈の心』(ポプラ社)。

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の定期購読記事を執筆しているオーサーのご紹介として、編集部がオーサーにインタビューし制作したものです】