ロンドン発、ジャーナリズムの「スタートアップ」として~木村正人さんの【発信の原点】

ロンドン在住ジャーナリスト・木村正人さん

イギリスの首都ロンドン。EUからの脱退、相次ぐテロ、移民問題……激動の時期を迎えたこの地を拠点に、日本に向け発信するフリーランスジャーナリストがいる。政治家から企業経営者、市井の人々までさまざまな声に耳を傾け、欧州各地を股にかけて活動する木村正人さんだ。その取材現場にも密着し、遠い国から発信を続ける情熱の原点に迫った。

相手の懐にスッと飛び込む

ロンドン中心部にあるケンジントン宮殿。ダイアナ元皇太子妃がかつて暮らした場所として知られる建物の前には、彼女の命日を数日後に控えていることもあり、ひっきりなしに人々が訪れていた。そんな人の波をかきわけつつ、当たりをつけた相手に次々と直撃していく日本人がいた。木村さんだ。ちょっと大阪弁を感じさせるイントネーションの英語で、相手の警戒心を解きほぐしながらダイアナ妃への思いを引き出していく。20分ほどで3人のイギリス人からコメントを拾ったが、そのうち2人からは20年前の葬儀の様子など当時の貴重な話も引き出していた。

ケンジントン宮殿前でインタビューする木村さん
ケンジントン宮殿前でインタビューする木村さん

ーー取材相手への入り込み方が巧みですね。

木村:もともと日本で全国紙の記者を20年以上やっていて。その経験が生きていますね。やみくもに突撃するのではなく、勘というか嗅覚というか。言葉にするのは難しいんですが。

ダイアナ妃が亡くなった当時、ここにものすごい数の人が集まりましてね。自分のことのように泣いたり悲しんだりしたんです。イギリス人は人前で泣いたり悲しんだりするのは珍しいんですが、その時はイギリス中の人が哀しみに沈んだ。当時、エモーショナルなイギリスを国全体が体現したんです。そういうことを思い出しつつ、ダイアナのやさしさやヒューマニティというものに共感を覚えて、人々はここにやってくるんでしょうね。

ーー木村さんはどうしてイギリスに?

木村:新聞社時代の2007年に、ロンドン支局長として赴任したのがきっかけですね。渡英前は、イギリスという国にそこまで思い入れがあったわけではないですが、取材を重ねていくうちに、どんどん面白くなっていって。魅力にハマりましたね。妻ともロンドンで出会いました。

4年目に帰任するというタイミングで、妻が乳がんになって。彼女の治療を最優先に考えた時、帰国するという選択肢は私の中にありませんでした。ロンドンでフリーランスのジャーナリストになるなんて、それまでまったく考えていませんでしたが、「もう一度チャレンジする機会だ」と開き直りました。

難民問題から金融、カルチャーまで、木村さんの取材対象は幅広い
難民問題から金融、カルチャーまで、木村さんの取材対象は幅広い

最初は3PVだった

ーー取材力も筆力も経験は十分あったと思います。船出は順調だったのでしょうか?

木村:とりあえずブログを開設して記事を発信してみたのですが、もう酷いもので。最初は2PVとか3PVとかそんな程度でした。自分と妻ぐらいしか読者がいないという(笑)。まあ全部勉強だと割り切って、続けていくうちに少しずついろんなところからお声がけいただくようになりました。

日本では名刺が大切ですが、こちらでは会見や会議に何回出席したか、どういう質問をしたか、どういう知識を持っていて何に関心があるのか、といったことが重要になります。顔と名前を覚えてもらって、だんだん取材先や他のジャーナリストとファーストネームで呼び合う仲になっていく感じです。

積極的にいろんなところに顔を出して、交流し、自分がどういう情報を発信するのかというところをきっちり説明すれば、大概の人は取材に応じてくれます。日本では相手にされないようなケースでも、自分のサイトのPVが延べ1億近くある、といったような話をすれば、逆にぜひ取材してくれと言われます。所属する組織とか肩書きよりも、実績を重視してくれるカルチャーがあります。フリーランサーとしてやっていくにしても、日本よりは敷居が低いなと感じています。

フリーランスになってからは、ジャーナリストのたまり場になっている「フロントライン・クラブ」という施設で学ぶこともしています。ツイッターやフェイスブックを使ったリサーチの仕方、情報収集の仕方、ニュースサイクルの作り方など、いまも報道の一線でやっている人が教えてくれるので、とても勉強になっています。日々の取材もそうですが、こういった環境もあるので、新聞社時代より情報発信のスピードもクオリティも上がっている実感があります。カメラなど、使用する機材も新聞社時代よりいいものを使うように意識していますね。

「フロントライン・クラブ」の代表と話す木村さん
「フロントライン・クラブ」の代表と話す木村さん

ーー特に思い入れのある記事は?

木村:全部力を入れて書いているから、絞るのは難しいなあ(笑)。

あえて挙げるとすれば、妻のがん治療のいきさつも含めて書いた、「アンジェリーナ・ジョリーの選択」でしょうか。遺伝子検査で自分ががんの遺伝子を保有していることを知ったジョリーさんは、子どもたちに悲しい思いをさせないために乳房を全部摘出する選択をしました。乳房は再建できるかもしれないが、生命は戻ってこないわけですから。日本では、まだまだ遺伝子検査というものが知られていない時期でした。ジョリーさんの貴重な選択と、自分たちの体験を重ね合わせて発信できたので、思い入れはありますね。実際に記事を見て、がんの早期発見に役立ったという反響もありましたし。

イギリスと日本は似ているところもある

ーーイギリスの魅力はどこにあるのでしょう?

木村:一番は、多様性、多文化というものが生み出すエネルギーですね。特にロンドンというのはいろんな国の人、いろんな肌の人が集まってきて、いろんな宗教の人が集まってきます。そのパワー、ダイナミズムはものすごいものがある。もちろん、去年のブレグジットのように、そこから生まれてくる葛藤が悪い形に作用することもあります。ですが、依然としてイギリス、そしてロンドンが持つ勢いは衰えていません。そのインパクトや熱量を、是非日本の人にも伝えていきたいと思っています。

イギリスと日本は地球の正反対のところにある島国で、形もサイズも似通っている。立憲君主制という共通点もあるし、人の性質も日本に似ていると思います。保守的だし、伝統を重んじる。

ただ、イギリスには伝統を守るためにどんどん変化していくところがあります。王室も変化しているし、最初は屋根のない自然環境下で実施されていたウインブルドンテニスも、時代の要請に応じて屋根をつけるようになりました。

日本でも、皇太子と美智子さまのご成婚が、皇室と民間の結婚の先駆けとなりましたし、石炭から石油にエネルギーシフトが鮮明になったときには、いち早く炭鉱の閉鎖に動いたりしています。ただ、そういった時代に先んじた柔軟な変化やダイナミズムを失いつつあります。その点を再認識する意味でも、イギリスの息吹を伝えていければと考えています。

日本から見たイギリスのイメージは、エリザベス女王を筆頭とするロイヤルファミリー、ビックベン、衛兵交代式など、「古くから続いている国」という部分が強いと思います。その一方で、新しい才能やエネルギーを育てていくエコシステムの存在は見えにくいですよね。マーガレット・サッチャー以降、ブレア、キャメロンの時代に整備されてきたのですが、政府が関与して、スタートアップ企業に少しずつ下駄をはかせてサポートしていく仕組みが存在します。お金が無い起業家や開発者にシードマネーを入れていくシステムも整備されています。キャメロン政権下では、1年でスタートアップを20万社つくる計画がありました。日本人の20代30代の若者も、そうした環境に魅力を感じてロンドンで起業するケースが増えています。

ロンドンで起業した日本人のデザインエンジニア、吉本秀樹さんにも注目している
ロンドンで起業した日本人のデザインエンジニア、吉本秀樹さんにも注目している

ジャーナリズムのスタートアップとして

ーー今後の目標は?

木村:ロンドンには、夢を追いかけている人がすごく多いんです。そういう人がいっぱい集まってくる「引力」があるんですね。スタートアップ企業の支援もそうですが、ロンドンには夢を追いかけるエコシステムがあります。夢を追いかける人をサポートしてくれる人もいるし、そういうマーケットもある。日本人だけ見ても、量子コンピュータでノーベル賞を目指している人がいて、スポンサーを見つけて映画制作に邁進している人がいます。若い人が頑張っているのが目立ちますね。日本にそういうことを伝えられれば、可能性も示せるし、元気にできるんじゃないかなと。日本だと、夢を追いかけるより世間体を気にする人の方が多い気がします。

私自身は、ジャーナリズムを引き続き「スタートアップ」としてやっていこうと考えています。本棚、机も自分でイチから手作りして、ゼロからスタートするイメージですね。チャレンジしていく気持ち、自分がまず世の中をこうして行きたいという気持ちがないと何も始まりません。そういうエネルギーやアスピレーションを大事にして、イギリスから日本に発信していきたいと思っています。

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木村正人(きむら・まさと)

ロンドン在住ジャーナリスト。1961(昭和36)年生まれ。京都大学法学部卒。産経新聞大阪社会部、東京本社政治部・外信部を経てロンドン支局長を務めた。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。国際政治、安全保障、欧州経済に詳しく、現在、ロンドンを拠点に国際ジャーナリストとして活動している。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(ともに新潮新書)、『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)がある。

映像撮影・編集:中村真夕

写真撮影・Yahoo!ニュース個人編集部